第15話 PPM管理 前編

「材料のマンドラゴラが足りない?」


 俺が鸚鵡返しに訊くと、親方は頷いた。


「最近冒険者のクエスト失敗が多くて、ポーションの原料になるマンドラゴラが不足していてなぁ」


 クエスト失敗なのか。

 マンドラゴラの不作じゃないんだな。

 おっと、マンドラゴラは前世の知識で知っているつもりになっているが、この世界のマンドラゴラが同じだとは限らないな。

 品質管理としてあるまじき失態だな。


「マンドラゴラってどんなのでしょうか?」


 そう質問すると親方が加工前のマンドラゴラを持ってきてくれた。


「こいつだ。土の中にある根の部分が人間のような形をしているんだが、抜く時に叫び声を上げるんだよ。抜く奴は100回に1回は運悪く死ぬな。今回は運の悪い奴が続出して材料が足りなくなったんだよなあ。何やってんだか」


 親方はそう言って後頭部を指で掻いた。

 「何やってんだか」って台詞にこの世界の命の軽さがあるな。

 徹夜で選別させられる品質管理担当者よりも扱いが酷い。

 1%の確率で死んじゃうとか怖い。

 今どきはPPM管理だぞ。

 PPMとはパーツ・パー・ミリオンの略で1/1,000,000の事だ。

 現在の製造業ではそれくらいの不良率が求められている。

 目標が5PPMとかなのに、不良を出すと怒られるのは不思議だけどね。

 目標値以下ならいいじゃないかと思ったけど、マンドラゴラと一緒で、低確率で死ぬのを許容できないよねってなるから、不良の目標はあくまでも0だ。

 そんな前世の知識があるので、1/100の確率で死んでしまうようなマンドラゴラの採取はごめんだ。


「アルト、行ってくれるよな?」


 とんでもないことを言いだすジューク。

 人の命を何だと思っているんだ。

 命は地球より重いんだぞ。

 品質と納期よりは軽いけど。

 あれ、じゃあ行かないとか。


「俺一人で行くのは流石に危険じゃないですなね。パーティーを組んでじゃないと」


 冒険にでるなら仲間が必要だよね。

 ソロでも作業標準書のスキルで一通りはできるけど、不意討ち食らったりしたらひとたまりもない。


「確かに、マンドラゴラの群生地は迷宮の地下15階層だから、一人じゃ危険だな」


 親方が顎に手を当てて考え込む。

 地下15階層とかはじめて聞いたよ。

 鉄等級では地下10階層まで到達出来るかどうかだから、地下15階層ともなると青銅等級か黄銅等級くらいの実力が必要になる。

 そんなところに品質管理を一人で行かせないでほしい。

 モータープールでの選別より危険じゃないか。


「シルビアなら丁度いいんじゃないか?なんか、最近はもっと強くならなきゃって言っていたし」


 全くもって余計なことを言うジューク。

 何でジュークの尻拭いに俺が命を賭けて、シルビアと一緒にマンドラゴラを採りに行かなきゃならないんだ。


「確かにシルビアなら元銀等級の冒険者だし、適任だよなあ。おい、シルビア呼んできてくれ」


 親方が部下に指示を出した。

 若い男がポーション製造部の外へと走っていく。

 工場内で走るのは禁止だよ。


 しかし、これはもう逃げられないか。

 シルビアは性格はともかく、実力は申し分ないからな。

 一緒に迷宮に行くのはいいかな。

 これが新規立ち上げのプロジェクトだと、実力があっても性格の悪い生産技術とか設計が出てくるときついけど。

 もっと酷いのは、性格の悪い購買だな。

 購入部品で何度酷い目にあったことやら。

 シルビアはそこまでじゃないと思う。

 たぶん。

 自信は無い……


 暫くしてシルビアがやってきた。

 俺の顔を見るなり不機嫌になるが、親方とジュークの説得でマンドラゴラを採取するとこに納得した。


「今から行くわよ」


 シルビアが顎で俺に指示する。


「もう午後ですよ」


 俺は抗議したが、シルビアに胸ぐらを掴まれた。


「今から採りに行かないと、マンドラゴラが無くなりそうなんでしょ。冒険者が今日迷宮からどれだけ持って帰ってくるのかわからないんだから、今から行くべきよ」


 シルビアは鼻と鼻が当たるほど顔を近づけてきた。

 言ってることは尤もなので、俺は今から出発することを承諾した。

 了解しなかったのは社会人としての矜持である。


 シルビアは冒険に使う道具を取りに行く。

 俺はそれを見送った。


「アルトは準備しなくていいのか?」


 ジュークが訊いてくる。


「運搬人に教えてもらった収納魔法で必要なものは常に持ち歩いているからいいの。ほらね」


 俺は水袋を出してジュークに見せた。


「それって簡単に出来るのか?」


 ジュークは目を丸くした。


「作業標準書に従えばね」


 そう答えたが、今のところ作業標準書スキルは俺にしか効果がない。

 誰もが同じ作業が出来るようになるのが作業標準書の存在理由だ。

 それが出来ない作業標準書に存在価値はあるのか?

 ないよな。


「ちょっと、アルトまだ準備してないの!」


 ジュークとはなしていたら、戻ってきたシルビアに怒られてしまった。


「いや、もう出来ているよ。収納魔法で常に持ち歩いているからね」


「ふん、それならそうと早く言いなさいよ」


 シルビアは踵を返してズカズカと冒険者ギルドの入り口のドアに向かって歩いていった。

 今からこれだと、先が思いやられるな。


「それじゃあ行ってきます」


 俺はジュークと親方に一礼して、小走りでシルビアを追いかけた。

 工場内じゃないからいいよね?


「待ってくださいよ」


「遅れる方が悪いのよ!」


 シルビアは一顧だにしない。

 そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか。


「アルトじゃない。どこに行くの?」


 ふと声をかけられてそちらを見ると、声をかけてきたのはスターレットだった。


「これからシルビアと一緒に迷宮にマンドラゴラを取りに行くんだ」


「二人で!?」


 俺の言葉に彼女は驚いた。


「危ないわよ。それに抜くときに叫び声を聞いたら死んじゃうって話だし……」


 スターレットは泣きそうな顔になった。


「大丈夫。死なない方法を考えるから」


 俺だって死にたくはないから、現場を見て考えるさ。

 尚もスターレットが何かを言おうとした時


「置いていくわよ!!」


 シルビアがこちらを倪視した。


「ごめん、また後で」


 スターレットに手を振り、シルビアを追いかけて、冒険用のアイテムを鬻ぐ邑犬群吠ゆうけんぐんばいの間を走りぬけた。


(ここもいつかは手を打たないとな)


 未だ手のつかない冒険者の失敗防止策が頭をよぎる。

 工場内を歩いている時の、慢性不良が出ているラインを通過する時の用な感覚だな。

 手がついていないのが後ろめたい。

 そこを通り過ぎて、迷宮の入り口までやってきた。


「よう、シルビア。今から迷宮か?」


 入口を守備する兵士がシルビアに声をかけた。

 どうやら知り合いらしい。


「マンドラゴラが不足していてね。今からでも行かないと、冒険者ギルドのポーションの材料が無くなるわ」


「そいつぁご苦労なこったな。後ろのは新しい男か?」


 兵士が軽口を叩くと、シルビアはその胸ぐらを掴んで地面に投げ倒した。

 顔からは怒気が漏れ出している。

 気密試験なら間違いなくNGだ。


「次に同じことを言ったら、二度と喋れないように舌を斬るわよ」


 どすの効いた声で脅したが兵士は気絶しており、残念ながら理解はできてない。


「気を失ってますよ……」


 シルビアに声をかけたら睨まれた。


「そうね。余計な時間をかけてしまったわ。さっさと首をはねておくべきだったわね」


 まだ怒りの収まらないシルビアは、倒れて気絶している兵士を一瞥すると、迷宮の中へと入っていった。

 俺もそのあとを追って迷宮に入る。

 さて、いよいよ冒険だ。



用語解説


・PPM

 製造業においては不良率は%ではなくPPMで管理される。数字が大きいほうが危機感が大きくなるかららしい。自分の訊いた話では海外から日本に輸入された管理方法なんだとか。大量生産する自動車にピッタリの考え方だが、自動車は大量生産されないものもある。マイナー車種でのPPM管理の本音と建て前が難しいですね。


・モータープール

 完成車両が置いてある場所。ここでの選別は神経をすり減らす。既に販売を待つだけなので、傷をつけたら買取になるからだ。僅か1000円にも満たない部品の不良で、完成車両を購入しなければならないとか辛い。せめて車両組付け時に発覚する不具合にしてください。それでも辛いけど。


・工場内は走らない

 危ないから走るのは禁止。フォークリフトがガンガン走り回っているので、とにかく危ない。あと油で滑る。でも自転車に乗って工場内を見回っている人がいるので、それはいいのかと言いたい。教育不足の作業者が、客先の工場での選別で走ってしまったときには、客よりも勢いよく怒ります。先手必勝。

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