第3話 初デート

「ごめんね。待った?」

「大丈夫だよ。女の子は準備に時間が掛かるものだからね」


 わたし達が付き合い始めた次の週末。早速デートへとおもむいた。

 中身は女の子であるアキラさんに女装男子のわたしがフォローされるとちょっと複雑な気持ちだ。


「洋服を買いたいって言ってたけど普段はどんなお店に行くの?」

「今までずっと通販だったんです。中身は男だし、もし性別がバレたら怖いなって。でも……」

「中身は女の子のが居れば安心?」

「……はい」


 わたしの言いたいこと、言いにくいにを察知して言葉にしてくれる。

 性別を超えたイケメンに対して小さく頷いた。


「こういう時、男装の方が気が楽かもね。男ものって女の子でも着こなせるし。僕は普通に買いに行くよ」

「それは羨ましいかも。通販だと胸の部分がぶかぶかだったりするので」


 どんなにサイズを細かく見ていてもブランドによって体に合う合わないがある。

 せっかくの可愛い服もいざ手にしてガッカリしたことが何度もある。


「その悩みなら僕が解決できるかも」

「え……もしかして」


 胸は揉むと大きくなる。そんな都市伝説を耳にしたことがある。

 だけど俺は生物学的には男だ。いや、しかし、アキラさんとならあるいは……脳内にぐるぐると妄想が駆け巡る。


「ごめん。マスミちゃんが想像してるような方法じゃなくて……期待させちゃった?」

「ととと、とんでもございません! ついの中の俺が出ちゃいました」

「ふふ。一人称が男になってるよ?」

「あわわわわ! わたしったらいつもこうなんです。完全に女の子になりきれてないというか」

「それってつまり、僕を女の子として見る瞬間があるってことかな?」


 アキラさんの顔が至近距離まで迫ってきた。あともう一押しがあれば唇が触れてしまいそうだ。

 目の前にいるのはどう見てもカッコいい男子。それでもこの距離まで近づくと唇の質感や髪の毛から漂う香りが自分とは全く違う性別であることを教えてくれる。


「なーんて。少し意地悪だったかな? マスミちゃん、中身は男だと思うとイジりたくなるんだよね」

「もう! 今のわたしは女の子なんですよ!」


 口では怒りつつ、内心は性別を超えて接してくれるアキラさんに感謝しかない。


「あっ! あそこかな。マスミちゃんが行きたがってたお店」

「そうです。自分が男だと思うとどうにもハードルが高くて……」


 ゴシックフェアリー。都内屈指のゴスロリファッション専門店だ。

 メルヘンな外装と客層。ただそこに存在しているだけで男を遠ざけている。

 まさに女の園と言っても過言ではないファンシーさとキュートさに溢れていた。


「あはは。僕でもここはちょっと敬遠しちゃうかな」

「アキラさんだって顔が小さいし肌も綺麗なんだからこういうのも似合うと思いますよ」


 現に背の高い外国人モデルもこのショップブランドを着こなしている。

 つややかな黒髪とのギャップがよりメルヘンさを引き立てて可愛いというのがわたしの見立てだ。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今日の主役はマスミちゃんだよ」


 アキラさんは私の手を取ると駆け出した。さっきまでスピードを合わせて歩いてくれていたのに、その長い脚はどんどん前へ進んでいく。


「ちょっ! 待って!」

「あっはっは。困ってる顔も可愛いよ」


 普段のクールな王子様は作り物で、わたしを困らせて楽しんでいる顔が本来のアキラさんなんだと思う。

 わたしはそう信じたいし、そうであってほしい。わたしが本当の自分をアキラさんの前で出せるのと同じように。


「へえ、まるで舞踏会だ」


 アキラさんが店内を見ての第一声はこれだった。わたしもそう思う。

 陳列されている商品もさることながら、お客さんがすでに煌びやかなゴスロリに身を包んでいる。


「なんだか緊張する」

 

 おそらくこの店内に居る男はわたしだけ。

 見た目だけで判断するならアキラさんの方が緊張していそうなものだけど、当の本人は興味深そうに店内を見ている。


「あ、あの。アキラさん。わたしから離れないで」


 彼女を守る彼氏のようなセリフだが中身は真逆。心細くなった自分のそばにアキラさんが居てほしかった。

 アキラさんが急に走り出してわたしを困らせないように袖をギュッと掴む。


「安心して。ずっとそばに居るから」


 耳元でささかれて俺の外側にいる女の心臓がキュンとした。

 それと同時に、自身が彼女にときめいてしまった。

 だって彼女の視線の先には……。

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