第4話ナルシス様は天才でもある

ナルシス様の奇行にある意味で慣れているダリアからみても今の状況は受け入れられるものではなかった。


何せいい歳した大人が外で人目を憚ることなく全裸である。そんな変態としか言えない所業を自分の使える主がしているなど信じたくもない。しかも次期領主と目されてる立場であるカーナルにとって世間からの評判というのは何より気にすべきもののはず。ずっと抱えている悩みやらなにやらをこの時ばかり投げ捨ててダリアはおのが主人を諌めようと声を荒らげた。


「そんな興奮しないで落ち着いてくれよダリア」

「だ、誰のせいで私がーーー」


しかし対するカーナル様に気にする素振りは全く見られず、ダリアを宥めようとしてくる始末でダリアの怒りのボルテージは増々あがる。


「そんなに顔を赤くして。もしかして私の姿に見惚れてしまったのか。それを他人に見せたくないと。つまりは嫉妬だね!」

「全く違います!」


更には検討違いの納得を宣うカーナル様。確かにダリアは羞恥心で正面から見る事が出来ずに顔を赤らめてはいた。だが今ともなればそれは怒りからくる影響である。

そんな不毛なやり取りはしばらく続き。そろそろダリアの怒りが限界に達しようとしたところでカーナルは意味ありげに微笑んだ。


「冗談だよダリア。君が言いたいことは分かっている。私は別に露出癖に目覚めたわけじゃない。薬を手に入れるために必要だから服を脱いだそれだけのことだよ」


あろうことか反応が面白かったと笑うカーナルはようやくその真意を語る。

今回のカーナルの目的は流行病の薬の材料の一つを捕まえるというもの。


「それは本当ですか? マンゴドラがこの近くにいてそれを捕まえるために全裸になったと?」


カーナルの説明を受けてもダリアは半信半疑のままだった。

マンゴドラとは魔法生物の一種であり、植物型の魔物である。普段は土に埋まっていて見た目は野菜等と見分けがつかず間違えてそれを抜けば絶叫をあげる。その絶叫は人に様々な状態異常を引き起こす危険もある。ただその身は様々な治療薬の材料ともなるという。ダリアの知識としてもその程度は把握している。ただそれを捕まえるために全裸になるというのが意味がわからないのだ。


「なにやらまだ疑われているようだけど、本当のことだよ。根拠を示すとなればこれになるかな」


そう言ってカーナルが掲げてみせたのは一冊の本。ダリアも気になっていたカーナルが道中で何度か見直していた本である。改めてそれに目を向けて確かめることでダリアは気付いた、それに記されている文字が彼らが通常使っているものでは無いことに。


「カーナル様、それは古代文字では?」

「さすがダリア分かってくれるのか」

「読むことは出来ませんがそれがそうだと言うことくらいは分かります」


古代文字とはその名の通り過去にあったという古代文明で使われていた文字である。その文明は今より遥かに高度な文明であったとされているのだが遙昔に滅びており、その文字を解読出来る者は現在においても極わずかとされている。


「カーナル様は読めるのですか?」

「うちの書庫には古代文字で書かれた本があっただろう? 気になって仕方がなかったものだから勉強したんだ、少し大変だったかな。ちなみにこの本もその書庫にあったものだよ」

「本来は少しで済むものでは無いはずなのですが」


ダリアはカーナルが古代文字を解読出来ることをこの時まで知らなかった。本当に驚いて零れた疑問をいとも簡単に肯定されて、先程の奇行で受けた衝撃と同じくらいの戦慄を受ける。やはりカーナル様は優秀を通り越して天才である。


ただ今だその姿は全裸であり変態でもあるのだが。


色々と混乱を通り越して落ち着きを取り戻したダリアはそこであることに思い当たる。

そもそも古代文明の古代文字で書かれた本というのは貴重品である。何せ書かれてる情報が今より高度な文明よるもの。内容によってはそれこそ秘匿されるべきものもありそれらは国宝にも値する。

カーナルは先程何と言っていたのか。『家の書庫にあった本』とはつまり、領主屋敷の宝物庫に仕舞われていた本である。そんな超高級品を雑にあつかっているカーナル様。ダリアの顔が徐々に青くなっていくのも仕方がないことなのだろう。


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