第3話 ナルシス様はヘンタイである

 ナルシス様のいつも通りの宣言からの明くる朝。さすがに言葉だけで安心など出来るわけもなく、眠れぬ夜を過ごしたダリアはそれでも専属メイドとしての務めを果たすべくナルシス様の元へと訪れていた。


「おはようダリア! 今日もいい天気だね」

「おはようございます。今朝食の準備をいたしますのでお待ちください」


 テンションに落差のありすぎる二人。互いに挨拶を交わしたあと早速仕事にとりかかろうとしたダリアだったがナルシス様の姿を目にして手を止める。


「そのお姿は…。もしかしてお出かけになるところでしたか?」


 いつも通りの時間を心がけていたつもりのダリアだったがナルシス様はすでに外へと出かける身支度を終えた様子。


「朝早くのうちにしておきたいことがあってね、君が遅かったわけではないから気にしないでくれ」


「そうでしたか。前もって伝えて頂ければ私も早く起きましたのに…」


「君は少し混乱してた様子だったからね。大したことでもなかったから伝えなかっただけのことだよ。さて、早速出かけるつもりだが君はどうする?」


 問われた質問にダリアはすぐに『お供します』と返事をする。仕える主人に気を使わせてばかりではメイドとして失格である。考えることは多々あれどまずは自分の役割をこなすことが先決だと意識をようやく切り替えられたのだ。


「これはどちらへ向かわれているのですか?」


 宿から出て馬車に揺られることしばらく、気持ちこそ切り替えられたのは良いのだが目的を何も知らされなければ行動のしようがない。最初こそ目的地に着けば聞かずとも察することも出来るかと口を閉ざしていたダリア。だが馬車の進行方向にあるのは鬱蒼と木々の生える深い森のみ。話を聞かずとも主の行動を察してサポートするのが出来るメイドの行動だと奮起して考えを巡らしていたダリアだが、これでは予想のしようもないく、諦めてその真意をナルシス様に問う。


「到着してから説明するよ、見てもらうほうが早いからね。もう少ししたら馬車から降りて歩きになるから準備をしていてくれ」


 結局ははっきりとした答えは得られずじまい。しかし森の深くへと向かうことぐらいは分かった。現状で馬車に乗っているのはダリアとナルシス様の二人のみ。御者は一人いるのだがやり取りを聞く限り奥へと行くのは二人きりだけのようで。そうなれば護衛の問題やらいろいろ出てくるはずなのだが何でも少人数じゃないとダメとのこと。一応はここはダリアの地元。親が薬師をやっている関係で周囲の森の状況は話に聞いたことはあり、危険はそんなにないことは判断できていた。


 馬車から降りて二人きり森の山道をひたすらに歩く。まさか適当に歩いてるわけではないだろうかと疑いたくなってくるダリアだったが、ナルシス様の手元には一冊の本があり、覗いたページには地図らしきものが。どうやらそれを手掛かりに進んでいるいるようだ。


「そろそろ準備をするとしようか。条件にあてはまるのはこのあたりで間違いはない」

「ようやく到着したのですか? 特になにもなさそうに見えるのですが」


 ナルシス様が足を止めたのは少し開けた泉の湖畔。周りを見渡してみるも特に気になるものはない。


「本当の目的地はもう少し先だよ、ちょっと事前に準備が必要でね。ただ準備するのは私だけで良い。さすがに君にさせるのはどうかと思うからね、ダリアはしばらく休憩していてくれ」


 さすがにダリアも慣れない山道を長時間歩いた疲労困憊していた。手助けはいらないとの言葉を受けて近くにあった手ごろな石へと腰を下ろししばしの休憩をとる。

 一息つき、少し余裕が生まれたところでふと気が付く先ほどのナルシス様の言葉に気になる点があったことに。


「私にさせるのはどうかと思うとはどういう意味でしょう。何をする気ですかカーナル様…不安になってきました。少し森の中へと入ったようですが」


 ナルシス様の普段の行動を鑑みて不安に駆られたダリアはナルシス様の姿を探し始める。


「私は十分休めました、どちらにいらっしゃるのですかカーナル様?」


 声を上げてナルシス様の姿を探すダリア。何回かの声掛けでようやく反応が返ってくる。声の聞こえ具合からいってそんなに距離は離れていないようだったが。


「こっちだ! これで準備は万端だと言って良いだろう。こっちに来てくれてかまわないがあまり騒がないでくれよ」


 その言葉からしてダリアの不安はどんどん増してゆく。つまりは自分が騒ぐような何かをしていたと自白したようなものなのだから。一呼吸、心を落ち着かせて覚悟を決めてナルシス様の元へと向かう。


「さて、これからが本番だ。行くとしようかダリア!」


「…」


ナルシス様の気合の入った言葉に対してダリアは無言。いや反応を返せなかった。それは主の言葉を守り騒がなかったわけなどでは決してなく。


 ナルシス様の現在の姿をみたダリアは茫然自失状態。驚き、狼狽、混乱などの感情がごちゃ混ぜになってまさに気を失う寸前。


「どうしたんだいダリア? そんな顔を真っ青にして、まさか君も病気に?」


 不思議そうにこてんと首を傾げ見当違いの言葉を宣うナルシス様にたいして小さく震えるダリア。


「どーしたんじゃありませんよカーナル様! な、なんて格好をしてるんですか!もう一度自分の姿を見返してからおっしゃってください! 私がこんな状態になったのは病気とかではなくてカーナル様の姿をみたせいです!」


一拍の間をあけて彼女の感情は爆発する。それも仕方がないだろう、何故ならナルシス様の今のその姿といえば。


「なんで裸になってるんですか! 常識というものを考えてくださいカーナル様!」


 まさかの全裸。かろうじて大事なところはそこらへんから調達してきたと思われる大きな木の葉で隠してこそいるが、無駄にポージングを決めたその姿。


 深い森の中でダリアのほかに人目がないとはいえ、いやそうだったとしてもそれは間違いなくヘンタイの所業に違いはないだろう。





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