第2話 ダリアと流行病

 ある日のこと、ダリアはとても憂鬱だった。


 普段ではしないようなケアレスミスを繰り返すこと数度。その姿にカーナル・シスバニアは驚きを隠せない。何故なら彼付きの普段の彼女はスーパーメイド、家内を仕切る家令長ですら舌を巻く完璧人間だったからである。


 自分の体調が悪かった時ですら気づかれることなく業務をこなし、彼がそれを気付けたのは『昨日まで調子が悪かったのですがようやく治りました』という自己申告の後という始末。




「ダリア何かあったのかい? 私が甘いモノ好きといってもこれは多すぎると思うのだよ」


「あっ―――すみませんカーナル様」




 朝直後のお茶の時間、ダリアが出してくれた紅茶に入ったのは山積みの角砂糖。いくら甘党のナルシスさまでも多すぎである。慌てて片付けるダリアにナルシスさまは心配そうな視線を向ける。ダリアの頑固さは承知の上、今正にミスをした瞬間だからこそ問い詰めることができた。




「母君が病気の可能性があると」


「はい…ですが私はカーナル様付きのメイドです。可能性だけで休むわけにはまいりません」




心配なら休めば良いと言っって返って来た答えにナルシス様は思わず苦笑する。彼女の頑固な所は相変わらずだと。




「立派な心がけだと思うけどちょっと思い違いをしてないか?」


「…思い違いですか?」


「そうだよ!このカーナル・シスバニア、そのくらいのメイドの願いを無下にするような器量の狭い人間だと思われてたなんて心外だね!」


「そんなつもりで言ったわけでは――」


「はいはい、御託は良いから罰として自宅謹慎。期間は未定ね。はい決定」




 無理矢理だと分かっていながらも勢いで押し切る。正論の掛け合いではダリアに勝てるわけもないナルシス様の苦肉の策。




「分かりました、ありがとうございますカーナル様」


「うんうん、君が休みでも私はどうにかしてみせよう。何せ私はカーナル・シスバニアだからね!」




ナルシス様の考えなんてダリアにはお見通しで、それを分かったダリアは深くお辞儀をして早足でその場を去る。やはり彼女も母親の事が気になって仕方なかったのだろう。




「変わらないなあダリアは―――さて私も動くとしようか」




その後姿を見送ったナルシス様、その足は真っ直ぐととある場所へと向かう。






 ナルシス様から謹慎を言い渡されてから数日後、ダリアは彼女の生まれ故郷に帰っていた。幸いに彼女の母であるターニャの容体は落ち着いており、逆に突然帰ってきた娘に驚いていたくらいである。




「カーナル様には悪いことをしてしまいました。でも気になることもありますからしばらくはお言葉に甘えさせていただきましょう」




 落ち着いているとはいえまだ寝たきり状態の母親に代わり仕事をこなしながらダリアは考えに耽る。今のところ快方に向かっているように見えるターニャだったがその症状に気になる点があったからである。




「薬は手に入りましたが、最後の一個とは思っていませんでした。願わくは私の予想が外れていること祈るしかないでしょうか」




 村の薬屋へと向かい、お目当ての薬を買うことができたダリアだったがその顔は優れない。彼女が手に入れたのはとある流行病の特効薬。十数年前に国内で猛威をふるった病であるが今では薬さえあれば命の危機には至らないといわれている。




「母さんの初期症状は話に聞いていたものと一致しています。母さんは大丈夫、薬が手に入ったので万が一の際でも助けることは出来る。でもこれが最後の薬なら今後を考えると不安です」




 薬屋の店主に聞いた話によるとダリアの母と同じような症状が表れている人が何人もいるらしい。そのせいで村の薬屋にあった在庫は全て売れ、ダリアの手に入れた薬が最後の一個。まだ確定したわけではないがもし本当にあの流行病だとしたらこの後に出てきた患者はどうすればいいのか。入荷できる予定もないらしく薬屋の店主も不安そうな顔をしていたのだ。




それから数日後、ダリアの献身的な看病のかいもありターニャは快方に向かっていた。そろそろ一人で寝起き出来そうなことからもダリアは仕事への復帰も考え出していたのだが、前々からの懸念が当たってしまったことから二の足を踏んでいる。




「最悪です。やはり流行り病で間違いなさそうです。この周辺だけでも何人も発症してしまっている。母さんが治ったからといって故郷の危機を知りながら仕事に戻るのは、私には出来そうもありません。でもどうしたら…」




日々悪化していく現状にも打てるすべもなく、ただ頭を悩ませるダリア。買い物に向かう途中にも考えを廻らせているとすぐ近くで馬車が止まる。




「やあやあダリア久しぶりだね、元気にしていたかい」




 馬車からかけられた声は彼女にとって最も聞き慣れている人物のもの。思考に気を取られ周囲に注意を払えていなかったダリアは慌てて声の主へと顔をむける。




「えっカーナル様!  声をかけられるまで気づかないなんて申し訳ございません!」




 そこいたのはやはり彼女の仕えるカーナル・シスバニアその人で、しかも馬車もまた彼女がよく知る紋章を掲げている。己の失態に慌てるダリア、それに対して彼女の主はいつもの微笑みを浮かべたまま彼女を見返していた。




ナルシス様の突然の来訪にダリアは混乱するばかり、彼女を馬車に乗せたあと馬車はダリアの自宅へ向かった。何でもナルシス様がターニャを見舞いたいとのこと。それにはダリアもターニャも恐縮するばかりである。




「見舞いのつもりだったのだけど、逆に気を使わせたようだね」


「いえ、母も驚きはしたと思いますが喜んでいたと思います。ありがとうございますカーナル様」




病み上がりのはずのターニャに接待されてしまったナルシス様は考えが浅かったと少し反省、早めに見舞いを切り上げてこの日の宿へと向かう。


ナルシス様からは来なくても大丈夫と言われたダリアだが「そういうわけにはまいりません」と宿に同行していた。ターニャからも強く勧められたこともあるのだが何よりナルシス様の突然の来訪の理由が知りたかったのだ。




宿と到着後、一息つきナルシス様と二人きりとなったところでダリアは話を切り出す。




「カーナル様、改めてお見舞いありがとうございました。このあとのご予定をお聞きしてもよろしいでしょうか、 他にも用事があるのですよね?」


「いや見舞いのために来ただけだが。それと君に会いたくなってしまったからでもある!」


「…ありがとうございます。でも御冗談ですよね?」




ウィンクしながら返ってきた答えに何とか返事を返すダリアだが内心ではしどろもどろしてしまう。このナルシス様、正真正銘の領主の跡取り息子である。メイドに会いたいからとホイホイ遠出して良い立場では決してない。


それくらいの分別はあるとダリアは考えていたが「もしや?」とも思ってしまう。しかもその会いにきた相手が自分ともあらば反応に困る。


それに対し内心を見透かしたかのようにフッと笑ったナルシス様。




「『だけ』というのは冗談だ。君に会いたかったというのは本心だがね。この村で気になる事態が発生しているようだったからその様子見といったところかな」




冗談めかした前半の言葉とは打って変わり真面目なトーンで話し始めるナルシス様にダリアは身構える、それはダリアがここ最近で最も懸念していたあの話。




「君の母上も罹ったと思われる病気何だが、どうやら『ドゴニア病』の疑いがある」




外れていてほしいという願いは届かず、ダリアの予想が当たってしまった。続けられる話しもまた予想通りのもの。薬の在庫が現状で全く足りていないというもので、この先の未来を思えばダリアは目の前が真っ暗になる。


しかし、ふとダリアは気付く。国としてすら危機が及ぶかもしれない話しをしているはずなのにナルシス様の雰囲気に緊迫感などがないことに。




「ーーーというわけで最悪の事態になりそうだから、それを止めるために私は来たのだよ」




いとも簡単に止めるというナルシス様。それにはダリアは理解が追いつかない。今自分で薬がないと言ったばかりのハズなのにどうやって止めるというのか。混乱するダリアの思考は泥沼に陥っていく。




「まさかと思いますがまだ被害者が少ないうちに元凶をすべて消し去ってしまうおつもりですか?」


「随分と過激な思考になってるな」




 思いつけた手段といえば封じ込める策くらい。大を救うため小を切り捨てる、つまりこの村を犠牲に滅ぼしに来たのかという考えにすら飛躍していた。


そんなことは考えてなどいなかったナルシス様。ダリアの発言に面喰いながらも今度ははっきり言い直す。




「そんなことはしない。私は全員を救うために来たんだ。任せておきなさい何たって私はカーナル・シスバニアだからね!」




―――いつもの名乗りを宣うその姿はいつもと変わらないナルシス様だった。


 

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