がんばるナルシスさん

虎太郎

第1話 頑張るナルシスさん

「フッ、今日も私は美しい」


ある片田舎を治める辺境貴族の一人息子、カーナル・シスバニアは悪い意味で有名である。

彼の親であるシスバニア男爵は穏健な性格であり、領民達からの評判も良く、豊かとは呼べないまでも平穏な統治が行われていた。だからこそだろうか、男爵の後を継ぐであろう一人息子カーナルに民達は注目し、そして不安を覚えていた。


「坊っちゃま! こんな往来の中で突然に変な大声ををあげるなどお止めくださいませ!」

「ふむ、何をいってるのだダリア。私は変な大声などあげていない。ただ見たそのままを口に出しただけであろう」


このカーナル、特段横暴が過ぎたり悪事に手を染めたりといった問題行動を起こしているわけではない。民に対する態度は寛容であり、仕事もそつなくこなす。評判の良いシスバニア男爵家の跡取り息子として十分な能力を持っていた。


「往来で自画自賛の声を、しかも大声で叫ぶなど十分に奇行でございます! 何度言えば分かってくださるのですか!?」


ーーーだがそれを帳消しにするほどの奇行が目立っていたのである。


大声ををあげたせいか肩を大きく上下させているカーナルの専属メイド・ダリアは全く懲りた様子のない己の主の態度をみてもう何度目になるかも分からないため息をつきたくなった。


「あら、坊っちゃんは相変わらずだわねー」

「悪いひとではないんだけどね、悪い人では…坊っちゃんの相手をするダリアちゃんも大変だ」

「もう町の名物と言って良いんじゃないあの二人のやりとりは」


二人を遠巻きに眺めながら囁きあう町のご婦人方の声が耳に届いた。ダリアは顔を真っ赤に染めると恨めしそうにカーナルを見つめる。


「ふむ、たくさんの視線を感じるな。これも美しすぎる私の美貌ゆえか…」


ギザったらしく前髪をかきあげながら明後日の事を呟くカーネル。先ほどのご婦人方のやりとりが聞こえてなかったのか、それとも意味を正しく理解できなかったのか。ダリアといえどカーナルの頭の中を疑いたくなってしまう。

領民達の間で自分が何と噂されているのか己の主人は分かっていないのだろうかーーー名前とその行動から呼ばれる彼の渾名、その名前は「ナルシス様」である。



ナルシス様、その名で呼ばれるカーナル・シスバニアの容姿は悪くない。悪くないどころか褒め称えるに遜色ない美男子である。

彼の両親は若い頃は宮廷の花と呼ばれるほどの美貌を誇っていたが目立つことがあまり好きではないのか普段は地味な装いをしている。その息子である彼が抑えることをしないのなら当然の結果かもしれない。

彼のナルシストぶりは徹底している。自分に対する絶対の自信、だが彼は自分の容姿を鼻にかけて他人を見下す事はしない。誰にも公平に穏やかな接し方をする。ただ自分の事になると歯止めが効かなくなるほど愛を語る。故にその評価はだいたいが「悪い人ではない、だけど…」というような微妙な評価になるのである。


ナルシス様の専属メイド・ダリアの朝は早い。夜が明ける前から朝食の準備、整理整頓など慌ただしく動き回る。普段であれば男爵家全員で食卓を囲むのだがこの日はちょっと違った。カーナルが所用で自室で朝食を取りたいと言い出したのだ。準備を終えてワゴンに乗せた朝食をカーナルの自室へと運ぶ。勿論それはダリアの仕事である。

実は専属メイドという仕事は一般的な物ではない。普通であれは家内の仕事を取り仕切る執事がいてその下にメイドを取り仕切るメイド長がいる。個人ではなくその家に仕えるというのが本来の形でなのだ。一応立場上はメイド長の下に位置するダリアであるが、専属メイドの名の通り何よりカーナルの命令が優先されるのである。彼女がこんな特殊な立場に置かれるようになったのには過去のとある事件が切っ掛けとなっていた。


「ふぅようやく仕事も慣れてきた。カーナル様が自室で食事を取りたいなんて珍しい。いつもの悪いくせじゃないといいんだけど…あの頃のカーナル様はかっこよかったのになあ」


その切っ掛けを思い出しながら一人愚痴るダリア。自分の主に対する複雑な感情をもて余しながら。彼の自室へと到着する。


「失礼します。朝食をお持ちしました」

「良いタイミングだ。入ってくれたまえ」


ノックをしてカーナルの返事を確かめたダリアはドアノブを回して扉を明けるーーー。


「おはようございますカーナル様…ーーー!」

「やあ、おはようダリア。今日も素敵な日になりそうだね」


一度扉を開けたダリアだが中にいたカーナルの姿を見るなり言葉を無くしそのまま勢いよく扉を閉める。


「うん、突然扉を閉めるなんてどうしたんだいダリア?」

「ご自分のお姿を確認してから仰ってくださいカーナル様」

「ふむ…私の姿?」


ダリアは己が見た物を信じたくなかった。扉を開けた彼女がみた物、それは姿見の鏡を前に上半身裸で謎のポーズを決める主の姿だったのである。しかもその表情は恍惚に染まって…そこまで考えて彼女は思考を停止する。


「何をなさっていたのですか? カーナルさま?」

「そんな怖い顔をしないでくれダリア。可愛い顔が台無しだよ?」

「かわっーーー! 今は私のことはどうでもいいのです! 」


返ってきたカーナルの思いがけない言葉に一瞬動揺するダリア。その頬はうっすら赤く染まっていた。だがそれも一瞬であり、すぐにカーナルへの追求に戻る。


「そうだな、確かに君とはいえ女性の前で上半身裸でいたのは不味かったかもしれない。見とれて倒れられても困るからね。以後は気を付けよう」

「そ、それもあり得ないとはいいませんが、それだけの理由じゃありません!」


カーナルの一見馬鹿げた発言、だが確かにその姿には芸術作品にも似た美を感じられる側面もあった。返す言葉が少し言い訳染みたものになってしまったが一番の問題はそこではない。


「今日まで我慢して来ましたがもう限界です! はっきりと申し上げますカーナル様、ナルシストもいい加減程々にしていただくようお願い申し上げます! いつもいつもところ構わず自讃を口にするのはお止めください!」

「…ナルシスト?私がかい? 私は思ったことをそのまま言ってしまうことこそあるがそこまで―――」

「周りから見たら十分にそう見えるのです! そのせいでご自分がどんな謂れもないうわさを流されているかどうかご理解ください!」


 婉曲な言い回しでは伝わらない。ダリアは自分が処分されることも覚悟した上でカーナルへと進言した。いつかは誰かが伝えなければならなかったこと、カーナル自身の事を思えばそれは早ければ早い方が良い。カーナルは容姿だけが優れているわけではない、それを抜きにしても他に十分に才能がある。それは彼に過去に助けられたことのあるダリアが一番良く知っている。カーナルのためであるからこそ、彼がそれに激高してここで処分されたとしても良い。そんな思いを込めた強い視線で彼を真っ直ぐにみつめる。

 その視線に少し目を見張ったカーネルは―――すこしさびしそうな笑顔を浮かべたあとではっきりと頷いた。


「そうか、君がそこまでいうのならばそうなのかもしれないね…そうか私はみんなからそんな風にみられていたのか。自分では分からないものだよ」

「カーナル様…」

「そんな私でも君が考えていそうな事くらいは分かる。主人である私に対する進言、君は処分を覚悟していたね。…私にはそれが少し悲しい」


 ダリアは正しく理解して貰えた事に安堵し、そして続けられた言葉に困惑する。処分を覚悟していたことを悟られたことに対する戸惑いではなく、カーナルがそれを『悲しい』と表現したことに対して―――。


「あれが君が私を心配したからこそ出た言葉だってさすがに理解できるよ。そんな君を処分しようなんて言うわけがないじゃないか」

「ですが私は使用人でカーナル様は主人です。それに逆らったのだから処分は当然の事かと―――」


 カーナルの言葉は言いえぬさまざまな感情が含まれているように思えて。続けられた言葉をはっきりと理解できることもなく。


「君は気づいているかい。その『進言』が君が私の専属メイドになってから初めて言った『お願い』。だってことに。出来る事ならそれは『私のため』ではなく『君自身のため』であって欲しかったのだけど…これも私の不甲斐なさが招いたこと。せめてもだ、君の進言確かに聞き入れた。外見が唯一の自信だったのだけど…今後は気を付けるとするよ」


「…お聞き入れ頂きありがとうございます」


 いつの間にか身支度を整えて正装を整えたカーナルにダリアが返すことが出来たのは当たり障りのないお礼の言葉だけだった。

 何かに急かされるように朝食の準備に追われ準備を整えた後に更なる準備のためにいちど退室しようとするダリア。その寸前でダリアはカーナルから何かの紙の束を渡される。


「父上に渡してくれないか。頼まれていた領内の流通に関する報告書がようやく整ったんだ。これのせいで今朝は朝食が一緒に取れなかっただけどね。ついでにその謝罪も伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 了承の意を返して部屋を退室したダリアだが、渡されたその書類の束を改めて目にしたとき、少しの驚きを表に出してしまう。『領内の流通に関する報告書』それは先ほど口頭で聞いた時には気づけなかったがつい先日にカーナルに任されたばかりの仕事であり、この短期間で簡単にまとめられるようなものではないはず。それが軽く目を通す限りは完璧にまとめられていた。日中にほぼ共にいるダリアはカーナルのナルシストな奇行こそ見ることがあったが仕事をしているところなど見ていない。つまりダリアが一緒にいない夜間やわずかな合間だけで仕事をこなしていたことになる。やはりダリアの主人であるカーナルのその実力は天才の域に達しているのだ。


 それが『少しの驚き』で済んでしまうのはダリアが『彼の真の姿』を知っているからなのだろう。




それから数日後、これまで毎日欠かさずダリアの頭を悩ませてきたカーナルの奇行はピタッと止まっていた。それはもう見事なほどに回りの人々の方が違和感を感じてしまうほどだった。


そんな状況に最初こそ涙を流すほどに喜んでいたダリアだったが、半月ほど経過したあとでどうにも困った状況に出くわしていた。


「なるほど。作物の実り具合も問題なしと…昨年までと同じくらいの見積もりで問題なさそうだね」

「はい、坊っちゃん。…あの坊っちゃん、どこか調子が悪いわけではないですよね?」

「みんなが同じような事を訊くね。私は至って健康だよ」

「…それならいいです」


例の流通に関する書類を取りまとめたことで、更なる仕事を任されることになったカーナルは、農家・商会関係を中心に聞き取りに動き回っていた。だが、その行く先々で健康の心配をされたのである。当のカーナルは健康そのものであり、当惑する他なかった。その理由が何であるのか外回りに同行しているダリアはすぐに知ることになった。


「…ちょっといいかねダリアちゃん?」

「どうしたんですか?」


カーナルと訪れた商会の主人が商談をまとめているうちに、後ろに控えていたダリアに話かけてきたのは商会のおかみさんだった。声を抑えての呼びかけに何事かと思ったダリアは質問の中身を聞き当惑する他なかったな。


「え?カーナル様がご病気じゃないかですか…いえ特にそのようなことはないですよ」

「本当かい? 私ら領民に心配をかけまいと嘘を言っている訳じゃないのかい?」

「はい。なぜそのような噂話がーーー」

「なぜって最近の坊っちゃんの姿を見ていれば誰もが不安に感じるよ」


理解できなかったダリアは詳しいことをおかみさんに確認したあとで頭を抱えたくなった。


ーーー曰く、例のナルシストな奇行が無くなったことで逆に領民達が不安を覚えているというのだ。あれだけ毎日見てきたナルシスト発言、それの突然変化したのだ戸惑いを覚えるのも当然のことなのかもしれない。だがそれは良い変化であるはずなのに、質問を投げ掛けてくる人くる人、みんながマイナスの変化として受け取っているようだった。


「ダリアちゃんと坊っちゃんのやりとりはもう風物詩と言って良いほどの見ものだったし、それが無くなってみて何だか寂しく感じるようになったのよ…」

「え、そんなーーー。皆さんカーナル様の態度に不安が残るって言ってらしたじゃないですか?」

「あの頃はね…確かに今の坊っちゃんの仕事ぶりは素晴らしいわ。でもそれは前も同じだったって気づいたのよ。言動こそあれだったけどそれも他人に迷惑がかかるものではなかったし…勝手で悪いんだけど、私らの態度が原因なら謝っててくれないかね?」


領内の至るところで同じようなやり取りを繰り返したダリアは頭の中が真っ白になっていた。カーナルが変化した直接の理由が自分自身なのである。一体いまさらどうしたら良いのかが分からない。


「どうしたんだいダリア?」

「あっ、カーナル様」


 落ち込んでいたダリアに話しかけてきたのは、事の張本人であるカーナルだった。彼女を心配するかのようなその問いかけにダリアは慌てて取り繕うように言葉を返そうとして―――ようやく気が付いた。


「カーナル様? どうなさったのですか…どこか無理をしているように感じられます」


 ここ最近カーナルへ立場を弁えずに進言をしてしまった事が尾を引いて正面から彼の顔を見ることが出来ないでいた。それが偶然とはいえ正面から彼の顔を見たことでようやく気が付けたのである。常に共にいたダリアでなければ分からないだろう変化。彼はその内に悲しみを隠している。


「ははっダリアに嘘はつけないみたいだね。別に病気とか体調が良くないわけじゃないんだ」


 肯定のその言葉にダリアの胸の内は後悔と不甲斐なさに埋め尽くされた。ただ唯一の専属メイドでありながらその不調を見抜けなかった、今の今まで気づかなかったなど言語道断。自分に対するあらゆる罵詈雑言を胸の内で浴びせながら今から自分が出来ることはないかと模索する。


「でしたら何があったのですか? このダリアに聞けることでしたら何でもおっしゃってください!」

「うん、ダリアになら言ってもいいかもしれないね。実はちょっと自信を無くしたんだ。君に進言されてから自分を律するように気を付けてみたんだ。そうすると周りが良く見えるようになって、今まで自分がどれだけ視野が狭かったんだと思い知らされてね」


 その原因は自分が言った言葉。だがそれで自信を無くすということが理解できない。ダリアが見る限り彼の行動は完璧でけちのつけようもないはずだった。


「それ自体は良いことだよ。ただその気づくことが出来た周りの反応がね…どこか遠慮するような態度で。今までベストとは言えなくてもそれなりの行動は出来ていたと思っていたけど。もしかしたら今までも同じような事があっても私が気づいていなかっただけだったのかとね。君の言うとおりだった。私は何も見えていなかったんだね」


 どこか懺悔するようなその言葉。とっさに言葉を返そうとするがそれが一言も浮かんで来いない。領民たちの声を直接聞いたダリアだからこそわかる。彼のその受け止め方が間違っているだけ。領民たちは今も昔も本音では彼を慕っていたのだと。間違っていたのはある意味でダリアだったのだと。その勘違いを正したくても彼女には解かってしまった。今の彼には何を言っても通じないことが―――。


「すまない。今聞いた話は忘れてくれ。さて次で最後だ、もう日暮れも近いしはやく済ませてしまうとしよう」

「わかりました」


 結局何の言葉を返すこともできなかったダリアは彼の後ろを大人しくついてゆく。心の内ではただただ答えを探して迷いながら、それは暗闇の只中を宛てもなくさまよっている心地に似ていた。


 答えが出ることもなく到着したのは最後に立ち寄ることを約束していた商会。夫婦と二人の子供達で経営する小さな商会だった。予定はあらかじめ伝えており、ここに来るまでの店ではすでに出迎えが待っていたのだが。目視できる位置までやってきたのに反応がなくひっそりしている。


「やけに静かだが・・・予定は伝えているのだろう?」

「はい。それは間違いなく――――どういうことでしょうか?」


 ここまで気づけば多くの間違いを起こしていたダリアだが表の仕事、連絡の不備などはしていない。一瞬考え込んだが返信の手紙も確かに到着していたので間違っていたことはない。不審に思いながらも店に近づくとその扉には『CLOSE』の文字が。


「閉まっているのか?」

「少々お待ちください。鍵は閉まっていないようですね。カーナル様はここでお待ちください。中へ入って確認してまいります」


 カーナルをその場に待たせて店内へと入る。声を掛けるも反応は返ってこない。店頭は薄暗いが奥の方からは明かりが漏れている。


「こんにちは、誰かいらっしゃいませんか?」


 迷ったものの人の気配は確かにあったので奥へと進むことにした角を曲がり部屋の奥まで見通せる位置まで来たところで―――――


「こんにちは――――やっぱりいらしゃったんですね。勝手に入ってきてしまい、すみません―――え?」


 確かに人はいた、事前の情報通りの商会の一家が―――ダリアの謝罪の声は途中で止まってしまう、何故ならその四人の姿は猿轡をかまされ両手両足を縛られた状態だったから。

 四人のうちの一人と視線が合う――――まだ生きている様と安心すると同時にその視線が後ろへと誘導するように見えて――――ダリアは後ろからの重い衝撃を受けて意識を失った。



 気を失ったのはどれくらいの間だったのか。目の端で捉えた時計の針はそこから少しの時間しか経ってないことを示していた。だが身動きは取れそうにない。彼女のその身も気絶させられる前にみた商人一家同様に縛られ動けなくされていたのだ。


「――――何だもう起きたのか? 何者だてめぇ?」

「貴女方に名乗る名はありません。はやく開放しなさい!」


 目覚めたダリアは声を掛けてきた男をみて即座に状況を理解する。三人組の屈強な男たち、手には凶器を持っていて背後には店内の荷物を詰め込む途中の大きな袋。間違いなく強盗の類だった。


「はっ強気な女だ。こんなタイミングで来なければ死ななくて済んだものを…消すのは面倒だから必要以上に殺すつもりはなかった…顔を見られたからには話は別だがな」


 素顔を隠す様子の無い男たち、犯行を見たものはひとり残らず根絶やしにするつもりのようだ。それは自分の腕に相当な自信がある証。事実それなりに腕はたつように見受けられた。

 貴族に使える使用人としてそれなりに腕のたつダリアだが、現状で男たち三人を相手にするのは分が悪かった。捉えられた際に隠し持っていた武器は取り上げられており、行動を制限するようダリアは厳重に拘束されている。ダリアが実力者であると見抜かれたとうである。こうなると捕まる前に対処できなかったことが悔やまれる、只々自分の不甲斐なさに憤るばかりだ。


「おい、さっきまでの威勢はどうした? その割には諦めた様子には見えないのが気に食わないんだが?」


 黙り込んだダリアを恫喝する男。先ほどから喋っているのはただ一人そいつが主犯格の男だろうと目星をつける。他の二人に関しては手練れであり油断できない相手だと思えても違和感があり端的に言って意思の疎通が出来そうにない。

 

「気に食わない・・・こいつから殺すか。おいやっちまえ」


一体どんな輩であるのか。ダリアにはゆっくり相手を観察する余裕があった。男の言うとおりダリアは諦めてなどいない。というか諦める必要などない―――なぜか。


 主犯格と思われる男の指示で動き出した男の腕が大きく唸る。その手に武器はなく、いや必要なく。異様に肥大化した筋肉が唸りダリアの命を奪おうと振るわれる。致死の攻撃を前にダリアはただ静かに笑った。


「うちのダリアを殺されるのは困る」


 聞きなれた声、致死の一撃はダリアに届くことなく、滑り込んできた人影によって男は吹き飛ばされる。聞きなれた声、見慣れたその姿。彼女の主たるカーナルがいつもと変わらぬ姿で現れていた。


 突然の乱入者に、浮足立つ男たち。だがその乱入者が誰かを分かったと同時に落ち着きを取り戻した。


「誰かと思えば領主の息子様じゃないですか。ビビッて損したぜ。あんたの噂は聞いているぞ。奇行の目立つバカ息子だってな!」

「うん、それについては否定できないことは否定できないな」


 カーナルの情報を知っていた…カーナルの噂話を知っていた男は、今起きたことに目を向けずあざ笑う。その姿にダリアは小さく「愚かな」と呟いた。噂は噂、カーナルの真実を知る者は数少ない。ダリアは知っている。彼が影でどれだけの努力を重ねてきたのかを―――寝る間を惜しみあらゆる技術の向上に努めてきたのかを。この男程度がカーナルとぶつかったなら、結果はもう見えていた。


「かっこよく登場したところを悪いが――――まずはお前から死ね!」


交差する男たちとカーナル。ただそれだけ、それだけですべてが終わった。ダリアに見えたのは銀の一閃、それは美しいまでの一閃で―――瞬く間に男たちを両断しその命を奪った。


 カーナルの実力はもはや規格外の領域に達している。だが彼の実力はほぼ知られていない――――それは何故か。別に彼は実力を隠し続けているわけではない。ただ純粋にその姿をみたものが少ないただそれだけ――――それは彼の美学故に。


 彼が求めるのは『己が美しさ』のみ。努力も智謀もそのためだけに鍛えた、彼の自己評価は他者とは大きくずれている。自身の無さは彼の内では本当の事。


「はあ―――もう我慢できない! 今の太刀筋良かったと思わないがダリア!やはり私は美しい!」


 危機は去り、囚われていた商人家族の安否の確認。後処理は連絡して駆けつけてきた衛兵たちに任せてダリアとカーナルは帰途につく。


「カーナル様。ありがとうございました。また助けていただきましたね」

「何気にすることはない。当然の事をしただけだ。――――ただ、最後に興奮して発症してしまったアレはわすれてくれよ?」


 ダリアは自分の間違いを認める。彼は彼で、彼の奇行も含めカーナルなのだと。それを周りで抑えたことこそ間違いだったのだと―――己の非を認め彼に進言したあの時と同じように見つめる―――あの時以上の思いを込めて。


「カーナル様、新しいお願いしても良いですか?」

「もちろん良いぞ!」

「ではお願いです。前の私がお願いする前のカーナル様に戻ってください!」


 この願いは彼のためでなく、彼女のために。ナルシス様は今日も頑張る!


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