4.「道」の存在論的理解(2)
さて、「道」の〈はたらき〉は万物の母胎、ありとあらゆるものを育む、と記しましたが、もっと具体的に言いますと、「道」の〈はたらき〉から、ぼくらが一般に世界と呼ぶものが生成していきます。
引用しましょう。
【「道」が一を生み出し、一が二つのものを生み出し、二つのものが三つのものを生み出し、三つのものが万物を生み出す。万物は陰の気を背負って陽の気を胸に抱き、この二つのものを媒介する沖気によって調和をなしとげている】[P140]
ここで「1」というのは、分節できない世界の実相そのものを指し、「2」というのは、前々回お話ししたとおり、二項対立的に分節されて理解し得る世界の在り方を指します。
世界そのものは「1」なのですが、たとえば電子(-)に対立して陽電子(+)があるように、「道」の〈はたらき〉から対立する「2つのもの」が生成されていきます。
ここで、「道」の認識論的理解のところで、世界の実相は「1」であるにも関わらず、人間がある種のメガネをかけており、そのメガネを通してしか世界を眺められないが故に世界が「2」に見える、と記したことを思い出してください。
ちょっと、矛盾しているように感じてしまいますね。
「1」である世界=「道」が、実体として「2つのもの」を生んでいるのか、あるいは、「2つのもの」が在ると見えるのはメガネによる錯覚なのか・・・・・・
じつは、ここに矛盾はありません。
『老子』には「前に向かって進むのではなく、あともどりをしてもとに返ってゆくのが、「道」の動きかたである」[P138]と記されていますが、「1つのもの」は「2つのもの」であり、「2つのもの」は、かつ同時に「1つのものである」、それが、「道」の在り方です。
仏教的な表現を用いるなら、一即多、多即一、と重なるところがあります。
メガネをして世界を眺めるなら、「2つのもの」はあくまで「2つのもの」であり、それらは実体的に対立しているように見えてしまいます、が、「道」というのは、「2つのもの」でありながら、かつ同時に「1つのもの」でもあるものです。
「あともどりをしてもとに返ってゆく」というのはつまり、
1⇒2
2⇒1
という往復運動を指します。
ちなみに、メガネ君には「2」しか見えていないのです。
さて、続けましょう。
さきほどの引用箇所は、1から2へ、という話だけでは済んでおりません。
「2から3へ」、という話がでてきます。
これ、結構重要です。
本稿ではない他のエッセイでもたびたび言及していることですが、たとえば、1が「個人」、2が「私とあなた」を指すとするなら、3は「社会」を意味します。
当たり前ですが、無人島に自分一人が暮らす場合、そこに社会はありません。
が、「私とあなた」という閉じた二者関係においても、そこに社会はありません。
「私とあなた」という、いわば水平的な二者関係に、第三項(第三者)が縦から侵入したとき、そこに社会は成立します。
この3番目の人、第三者、第三項を、長々と説明するのは冗長ですから、ここでは簡単に「法(ルールをもたらす人)」と呼んでおきましょうか。
第三者の眼差しは、裁きの眼差し、評価・判定の眼差し、つまりは「法(ルール)の眼差し」です。
「私とあなた」の閉じた(ルールなき)世界(あるいは特殊ルールの世界)に、(一般化・普遍化できる、誰にでも適用され得る)第三者的なルールが備わったとき、そこに社会が成立します。
詳しくは、今村仁司『排除の構造』(ちくま学芸文庫)がオススメです。話せば長くなるので、議論はそこへ譲ります。
さて、ここまで言ってしまえば、すでにおわかりになったことと思いますが、『老子』に何が書かれているのかというと、一つのものから、対立項(私とあなた、等)が生じ、それに第三項が加わって、社会的なものが生成されていく様相です。
とはいえ、何も『老子』の言う「1,2,3」というのは、人間社会のことだけを記しているのではありません。
世界についての記述でもあります。
「万物は陰の気を背負って陽の気を胸に抱き、この二つのものを媒介する沖気によって調和をなしとげている」とありますが、たとえば、物質の根本、原子について、「陰の気」を電子、「陽の気」を陽子と見るなら、ご存じのとおり、これだけでは原子は成立しません。
いわば媒介項としての「沖気=中性子」が加わってはじめて、原子は原子になるのですね。
ことほどさように、「1,2,3」あるいは「正、反、媒介項(第三項)」と記したほうがわかりやすいと思いますが、物質世界においても、人間世界においても、世界の成り立ちには、「3つ」のものが必要なのですね。
それでは最後に、「道」の人生論的理解に入りましょう。
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