3.「道」の存在論的理解(1)

 次に、存在論的観点から「道」について考えてみます。


 「道」とは、世界の実相であり、ズバリ世界の在り方そのものを指しますが、この世界はデタラメな成り立ちをしているのではありません。

 そこにはある種の〈はたらき〉があると考えられています。

 あるいは、べつの言い方をするなら、世界はある〈方向性〉をもっている、ベクトルがある、そちらへと向かう流れがある、と言うことができます。


 ただし、この〈はたらき〉や〈方向性〉をなかなか言葉で説明するのは難しい、というか、そもそも『老子』は「道」を言語化不可能なものだととらえており、言葉による論理的な説明を嫌います。


 しかし、よく読んでみると、比喩を使って言及されています。

 具体的には、たとえば「水」にたとえられています。

 引用しましょう。


【最高のまことの善とは、たとえば水のはたらきのようなものである。水は万物の生長をりっぱに助けて、しかも競い争うことがなく、多くの人がさげすむ低い場所にとどまっている。そこで、「道」のはたらきにも近いのだ】[P35]


 水は、生きとし生けるものを育みます。水なしでは生きられない。

 同様にして、「道」は万物の母胎であり、ありとあらゆるものを育みます。一切は「道」の胎内において在る、あるいは「道」の〈はたらき〉により万物は生かされている、もっと言うと「道」の〈はたらき〉を分有している、と言ってもよいかもしれません。


 もっと具体的に述べてみましょうか。

 水は、障害物があるとそれを避けます。避けて、より低い方へと流れていきます。ここに老子は「争いを避ける」という特徴を見ています。


 「道」の〈はたらき〉には、万物の生成を育むものであると同時に、他に、衝突や争いを避けてより低い方、具体的には引用文にありますとおり、みんなが好まないところへ(下へ)と移っていく、という性質があるわけです。

 

 さらにさらに具体的に言いましょう。

 たとえば、動植物の繁殖について考えてみましょう。

 自分たちの種にとって、そこにライバルがいた場合、繁殖の邪魔となるライバルがいた場合、自然界ではなにが起こっているのでしょう?

 そこは避けて、新天地を目指するのが普通でしょう。無理に争うのではなく、それは危険ですから、むしろまだ未開の地である場所を目指し、そこへ向かって足を延ばしていく。そして、そこで繁殖する。


 ちなみに、古い古い人類の祖先たちもそうでした。ライバルがいた場合、あるいはそこでの生活が困難になった場合、無理な争いを避け、新天地を目指しました。

 おおよそ自然界では、そのような事態が生じています。植物の繁茂についてもそうです。ぶつからず、衝突は避け、争うよりは、たとえそこが僻地だろうとニッチな新天地を目指していく。


 このような運動は、水の運動です。

 自然界の繁殖は、戦って奪い取るのが常道ではなく、争いを避けて新天地での繁栄を目指すのが通常であり、それが「水」の性質、もっと言うと「道」の在り方とも合致するわけです。


 それが自然、というわけです。


 そうであるから、「道」に沿った(争いを避ける)生き方をする種は絶滅を免れて繁栄し、「道」に逆らった(争いを好む)生き方をする種は逆に絶滅の憂き目に当たったりするわけです。

 「道」に沿うこと、あるいは「道」に反することが、繁栄または絶滅となって具現します。なぜなら、この世界の母胎は「道」であり、「道」の〈はたらき〉が世界を満たしているがゆえに、「道」に逆らうと、当然のごとく世界内では生きていけなくなるのですね。


 余談ですが、この「道」の〈はたらき〉、「水」のような〈はたらき〉、ぶつからず、ニッチなところへ拡散していくような〈はたらき〉は、物理学でいう「エントロピー増大の法則」を彷彿とさせるところがありますね、個人的には。


 要するに、世界の実相=「道」は、デタラメなものではなく、「水」に似た〈方向性〉=〈はたらき〉をもっている、ということです。

 

 1:それは万物の生成を育み、

 2:ニッチなところへ拡散していく、


 ということです。


 また、【「道」はからっぽで何の役にもたたないようであるが、そのはたらきは無尽であって、そのからっぽが何かで満たされたりすることは決してない】[P25]とも語られています。


 「からっぽ」というのは何を意味するのでしょう?

 シンプルな話です。

 「道」というのは実体ではなく、〈はたらき〉だ、ということです。何か詰まったような実体ではなく、物体ではなく、〈はたらき〉であるが故に「からっぽ」であり、〈はたらき〉であるが故に、その〈はたらき〉は止まることをしらず、無尽なのですね。

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