第4話
陽の発言を聞いて、葬はぴくりと反応した。
いままで何に対しても興味の持てなかった葬だが、はじめて興味というものの端っこに触れた気がしたのだ。
大きく目を見開いて逆鱗に触れたと思わせるほどの声を飛ばす異形に、葬は興味を持った。そして陽に替わり立ち向かった。唐突に訪れた感情は、言うなれば焦がれに似ている。
「陽……楽しいじゃねえか! おう、これ楽しいぞ!」
「葬? なにを言って?」
にやりと異形に向かって不適に笑う、葬。
「狐の姉ちゃん」
「なにかしら? びっくりするほど反応がなかったわらべちゃん?」
「いやいや、すまん。自分ってもんがわかってなかったわ……」
「…………」
陽は、葬が何を言っているのかわからなかった。
突然、葬の性格が変わった、と表現するのが一番しっくりくるだろうか。じっとりと手に汗をかきながらその場を見守ろうとした。すると、葬がちらりとこちらに視線を送る。
「陽、わりぃな。おれ、明日から学校こられねえかもしんねえや」
「どういうことだ!」
「たぶん……こういう、こと!」
光が生まれた。
最初に陽が異形を見た時と同じ光。
葬のお尻からは九本の堅そうな雄々しい尾が生えている。頭には三角の耳が2つ突き出していた。混乱気味の陽がどう考えても同種だった。
「葬……おまえ」
「ま、狐の姉ちゃんが待ってるからちょっくら待ってろ」
葬は陽に向かってそう言うと、異形に向かって歩み寄っていく。葬も、もはや異形だが、友として味方であってほしいという期待が上回る。
「待たせたね、怪異の頭領……の候補さん?」
「まさかまだわらわ以外に生き残りがいたとはのぉ……」
「おれはそんな大したモンじゃねえと思うぞ」
「ほうほう、ならばその姿はいったいなんなのじゃ?」
「さあな。親父かお袋に血縁でもいたんだろ」
葬は、なぜ今まで何に対しても興味を持てなかったのか感覚的に察していた。自分に興味が持てないからだ。自分とは何だったのか。それは人間なのか、異形なのか、狭間で揺れていてわからない。人間なら人間の社会で生きるべきだし、異形も同じことだと、葬は考える。だから、人間の社会で生きることに、ことごとく興味を持たなかった。
そして、今はまだ人間でも異形でもない葬のとった行動はひとつ。
両方やる、だった。
陽のような立派な人間と、目の前の怖い異形のように両方だ。わがままな性格と取られるかもしれないが、葬にとってはじめてやってきた自分への興味。抑えられるものではなかった。
「わらわと一戦交えるというのかえ?」
「いやいや、さすがにセンパイにゃ勝てんでしょ」
「ではどうすると?」
「一戦なしってことで、うちの連中を今回は見逃してくんない?」
「それだけで飲むと思っているのかえ?」
「他の子どもがどうなろうとおれにゃあ関係ねえってこと」
「くっくっく……わらべのくせに悪よのぉ……」
「怪異っつったら、普通は悪じゃねえの?」
不敵に笑う異形の葬。
対して陽は、葬と入れ替わるように黙って後ろで見守っていた。話している内容までは頭に入ってこなかったが、葬が仲間を取り戻してくれると信じている。気づかずに、にぎり拳を作っていた。
「よかろう、此度はおぬしの言を飲んでやる」
「助かるぜ、狐の姉ちゃん」
九本の尾を持つ異形は、そうして葬と陽の元を去っていった。
翌日になり、さらわれていた仲間たちの無事も確認できたのだが、彼らからは記憶がぽっかり抜けている様子だった。
ちなみに葬は異形の姿から人間に戻っている。
陽は戦慄を、葬は興奮を覚えつつ、2人で口の端を持ち上げて微笑する。
「なあ、陽」
「なんだ、葬」
「興味深かったな!」
「ああそうだなこんちくしょう(人間として:小声)トモダチでいてやることに感謝しろ」
おれ異形かもしれないんだけどな、という葬の弾んだ小声を陽は聞かなかったことにした。
葬と陽の冒険は続く。
興味の持てなかった男の子が興味を持つようになるお話 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます