第3話
学友2人の姿がない。
「いつからだ!」
「陽がさっきおれに話しかけてきた時にはもういなかった」
「どうして俺に言わなかった!」
「トイレにでも行ったのかと思ったんだよ」
陽は葬の神経を疑った。
異常な空間に気づいて、仲間の異変に気づいて、それでも今の今まで言わなかった。黙っていた。なぜか……それはきっと……。
「陽。こんな状況になって言うのもおかしいのかもしれないけどさ」
「……なんだよ」
「やっぱおれ、興味が持てないわ」
「そうかよ」
葬にとって興味の持てない出来事だったから。陽からすれば冷たい奴だと思ってもしかたがないことだが、葬を知っているからこそ、こいつは嘘も偽りもなくただ『興味がない』と言っていることがわかってしまった。
「葬」
「なんだ、陽」
「いや、なんでもねえ。興味ねえんだろ」
「ああ」
それからしばらく沈黙が続いた。
ペタペタと床を踏む足音と、明かりだけ点いた教室が並ぶ。教室に入ってみたものの、特にこれといって出来事があるわけではなく、ただ窓の外が闇に塗りつぶされたように暗くて、開かない。なんとなくわかっていたが、閉じ込められた。
出入り口も見つからない。
陽は、自分がどうなってしまうのか不安になって、隣を歩く葬の顔を見た。
やはりいつもと変わらず、虚ろな表情をしていた。
こいつの表情が変わるのはいったいどんな時なんだろうか、と苛立ちとともに想像せずにはいられない。そんな状況が続いていた……。
「陽、前だ!」
葬の絶叫で、陽は意識を前方へ戻した。
白銀の尾を九本揺らしている人型の姿が見て取れた。服装は白の和装で女性のようだ。大きく三角に突き出た耳からして狼か狐。身体がうっすら光っていた。
「あ、あなたが怪異の頭領か?」
敬語混じりの陽は動揺しているようだ。
対して葬は、無言で双方を伺っていたが、陽から前方の異形へと視線を移す。陽の動揺が伝わったからではなく、陽がそうしたから自分もそうしただけだ。
「人間どもの言い方などどうでもよい……が、間違いではあるまいよ」
怪異の頭領は、袖で口を隠しながら喋ってくる。
「おまえたちもわらわの元で暮らしたいのかえ?」
「あなたに会ってみたかったのは事実だが……いざ目の前で誘われるとな」
不気味どころか神々しさを見せる異形に、陽は押され気味だ。それでもわずかな気力でとなりを気遣うと。
「陽……これが見たかったものなのか?」
やはり興味なさ気に虚ろな表情を浮かべる葬の姿。正気に戻った陽は、力が抜けた。
「これのどこに興味をそそられるのかさっぱりわからねえんだが」
「ちょ、おま!」
葬の無礼な物言いに慌てる陽だったが、しかし異形はむしろ上機嫌になった。
「ほう、わらべ。わらわを見て屈っせぬとは剛毅なことよ……ふふふ今宵はよきかな」
「なんかいいことでもあったんスか?」
「いやのぉ、わらわの元へ他にも大勢のわらべがやってきたのじゃ」
異形は袖を下ろして、高らかに響く声を出す美しい口を見せた。
「そらおまえたち、出てきて挨拶してあげなさい」
「こんばんは」「はじめまして」「ようこそ」「いっしょに行こうよ」などなど。
7人の子どもがそれぞれ発した。
その7人を見て、陽は愕然とした。なぜなら途中で消えた2人と、今回こられなかった連中だったからだ。どうやら先に拉致されていたらしい。
「どうやって……」
陽の口から自然とこぼれた。
「夢を見せてあげたまでよ」
「夢、だと?」
「そう……将来に不安を抱くことがなく、いつまでもわらわの元で暮らせる幸せな夢」
「本当にあなたの元にいることは幸せなのか?」
くつくつと異形は微笑を浮かべる。
「ええ……とっても素敵に過ごせるでしょう」
「……返してくれ」
「なんじゃと?」
「仲間なんだ!」
交渉を持ちかけたのはもちろん陽だ。葬はただ突っ立って様子をみていた。
「そなたがわらわの元にくればよいだけではないかえ?」
「それは、そうなんですが……本物を見てしまったからこそ人間でいたくなったのです!」
「脅えるのはたいへん結構。じゃが、言わんとしていることがわからぬな」
「俺は会いたいだけで手下になるつもりはなかったんです」
異形は先ほどまでの上機嫌がどこかへいってしまったように、表情を曇らせた。細くて綺麗な眉が波を打ち歪む。
「手下とは心外じゃ……みな自らの意思でわらわに尽くしてくれておるのじゃぞ?」
「俺にはそうは思えません。俺の仲間たちはみんな眼が虚ろで意識を乗っ取られているように見えます」
陽の発言を聞いて、葬はぴくりと反応した。
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