第32話 天秤




「「「「ガヤガヤ…………。」」」」


 昼休みも終わりに差し掛かっていた。まだ昼食を取っている者や友人と会話を弾ませている者などそれぞれが自由に過ごしている。そんな中、裕太は一人自分の机に突っ伏しながら仮眠をとっていた。一人で食べた時は基本的にいつもこの調子である。


 身内や友人、特に優香とはよく話をする裕太。中学生以降、わざわざ積極的に友人を作るようなことが面倒になっていたのだ。


『ガン!』


 裕太の机に同じクラスの男子が衝突して来た。ぶつかってきた男子は何も言わずにその場から去って行く。裕太はその衝撃によって浅い眠りから覚めてしまう。


「う…………。」


 顔を少しだけ上げ、目を薄っすらと開ける。見渡してみるが、周囲には誰も居ない。


「はぁ…………。」


 溜息を吐く。また、誰かがぶつかってきたのだと察した裕太。昼休みという、みんなが騒ぐような時間であればこのような事はよく起きることである。数日前にも裕太は同じ目に遭っていた。


(どうするかな…………。)


 時計を見る。昼休みはまだ十分もある。だが、もう一度仮眠を取り直すにしては微妙な時間ではあるが、これからすることも特にない。


「…………。」


 不意に立ち上がった裕太は残りの時間を校舎をぶらりと回りながら、潰すことにした。その過程で、何か飲み物でも買って帰ろうかなとも思う。


「ん? あれは…………。」


 教室の外へと出た裕太は何かを見つけて足を止めた。その視線の先にはあったものは…………。






 優香と見知らぬ男が話していた。男は三年生の大木。運動部で、校内でも有名なイケメンなのだとか。顔だけ見れば優香と釣り合いそうではある。優香と仲の良い人にとっては、視界の端にも映らないような人間だったようだが…………。


 以前、優香に一目ぼれしたとして告白し、振られた。そう言ったことにあまり興味のないと言うこと以上に優香が人間嫌い、人間不信気味なのも大きな原因かもしれない。ちなみに裕太も優香と同じく人間嫌い、人間不信気味である。


 二人がそうなってしまった原因は本人たちですらよく分からないそう。家族や長くから付き合いのある友人、感覚的に大丈夫だと思った人は信用しているし、好きだと言うことだ。


「宮間さん。」


 真剣な表情で優香のことを見つめる大木。少し前に振られたのにも関わらず、少し話したいことがるとして優香の下にやってきたのであった。


「大木先輩…………。」


 優香は何の感情も浮かんでいない、冷たい視線を向ける。学校では基本的に感情を表に出すことなく、相手が冷たい印象を受けるように行動している。信頼している人であったとしても学校の外で話すときよりも冷たく接するように心がけているとか。


「僕は諦めないから…………。」

「…………。」


 大木は冷たい視線を向けられながらも、特に気にした様子もなく真剣そうな表情で話す。優香はただただ、黙って聞いている。


「一度は振られていしまったけど、僕は君に見てもらえるよう頑張っていく…………。」

「…………。」


 優香はいまだ一言もしゃべっていない。大木が一方的に話している状態である。


「だから、宮間さんも僕を見ていてくれないかな?」

「…………。」


 先程から一切表情の変化がない優香。感情の変化すら起きていない。大木が何を言ったところで無意味な気もする。


 






 裕太は柱に隠れるようにしながら、優香たちの動向を見続けていた。裕太お得意の直感で見ている方が良いと判断した結果である。


「裕太、気になるのか?」


 裕太が物陰から、優香と三年生の男の会話を覗いていると背後から話しかけられた。その声の主は裕太の友人である涼介であった。


「あぁ…………。なんかあの男のことが引っかかってな…………。」


 彼の視線には何かを警戒するようなものが含まれていた。彼は見知らぬ男が危険だと認識しているようだ。何故かはわからないが、警戒しておかなければならない。そう思ってしまったのだ。


「ふ~~ん…………。そうなんだ…………。」


 チラリと三年生の男のことを見る涼介。寒気がしたのか、腕を摩り始めた涼介。男に対して、嫌悪感を覚えてしまったようだ。


「俺も何か気になることがあったら伝える。裕太もそう言ったことがあったら言ってくれ。」

「もちろんだ。」


 裕太と涼介は男へ最大級の警戒心を向けるのであった。






 今は大木が一方的に話して、優香が何も言わずに聞き続けると言う状況になっている。そんな状況を


「すみませんが、邪魔なのでいなくなってもらっても良いですか?」


 直球過ぎる言葉を吐く由華。かなり失礼なことを言っている。由華自身もその自覚はあるが、どうやら生理的に受け付けないらしく嫌悪感を感じているらしい。それなら、まぁ、致し方ないのかもしれない。


「気が付かなくて、すまない。」


 避けて欲しいとだけ言われたと思った大木は、道を開ける。


「あっ、由華…………。」

「誰かは知りませんが、これから私たちは大切な用事があるので帰って下さいね?」


 由華はにっこりとした笑みを浮かべてはいるものの、優香と同じく一切の感情が乗っていない。というのも心の中では…………。


(帰れ帰れ帰れ帰れ…………。)


 そう連呼していたからである。よほど、大木のことを嫌っているようだ。由華は涼介とある少女のことを病的な程に愛しているし、その二人からも同等かそれ以上に愛されている。つまり、三人は共依存状態になっているのだ。


 だからと言っていいのかわからないが、基本的に由華は男嫌いである。裕太や歩など例外的な面々はいるようだが…………。どのような基準で判断されているのか全くの謎である。ただ一つ言えるのは大抵の場合、由華が男と接する時は優香以上に冷たい対応になることだけだろう。


『ガン…………!』


 由華は自分が伝えなければならないと思ったことを伝え終えると、大木の返答も聞かずにドアを閉める。何のためらいもなくだ。


「えっ? あっ、ちょっと…………。」


 大木の顔に動揺の色が浮かぶ。何故閉められてしまったのか分からないご様子。由華的には自分の胸に手を当ててよく考えてみろとのことのようだ。だが大木が存在しているからという理由なのでどうやっても分からなさそうである。


 流石に自分がイケメンだと思っている人間が、そんな風に誰かに思われているなんて考えもしないだろう。実際、大木はイケメンと言うことでモテてはいるようなので致し方ない。


「すみません。」


 流石にこのままにしておくわけにはいかないと思った優香はドアを開けようとしたがチャイムが鳴った。優香はこれ以上大木と話すのを断念して、謝罪の意味を込めて窓越しに頭を下げる優香。そんな彼女に気にしなくていいと首を振る大木。


 由華と遠くから眺め続けている涼介から発せられる殺気を感じたのかどうかは分からないが、大木はすぐに帰っていった。


「由華…………。いきなり扉を閉めるのは先輩に失礼でしょ?」


 優香は背後に立っている由華に向き直って、注意する。行動のことに対しての注意である。言動に対しても注意しなければならないような気もするが、優香はその点に関しては何にも問題がないと思っているのだろうか?


(いやいや、優香。そこだけじゃないから! 言動に対しても注意しなさいよ!)


 一方、教室の中で優香たちのやり取りを盗み聞きしていた親友の真理はこころの中で突っ込みを入れている。この気持ち、優香に伝われ!と念じているようだ。


「あんなのに失礼も何もないよ…………。」

「あんなのって…………。」


 真理の気持ちは一切伝わっていなかった。落ち込んでいる真理を慰める歩の姿があったのは言うまでもない。


「あの男、わたしを品定めするような目で見てきたんだよ? あぁ、本当に気持ち悪い、気持ち悪い。」

「あはは…………。」


 大木、優香たちにとことん嫌われてしまっている。こんなこと、どうでもいい話ではあるが…………。優香は由華の言いように苦笑いを浮かべている。流石にどれほど嫌いでも、口には出さないほうが良いのではと思っているのだ。


「帰ったら涼介たちにいっぱい甘えよっと。」


 そんなことを呟く由華。それを聞いた優香は…………。


(私も少し、裕太に甘えてみようかな…………?)


 と考えていた。料理が成功するまで甘えるのを我慢しておこうかと思っていた優香。どうやらそこまで待ちきれそうないらしい。今日帰ったら、頭を撫でてもらおうかなと思い始めている。優香の頬が段々緩くなってきている気がしないでもない。


 いつも学校ではツンとした感じを演じている優香も根は甘えたがり屋なのだから、仕方ないことである。ここ最近、誰かに甘えることなく自分一人でどこまでやっていけるのかと試している優香。心の限界が来なければいいのだが…………。


 余談だが、裕太は優香の性格を知っているので、いつか必ず甘えに来るだろうと思っているとか…………。


「優香は…………。」

「?」


 由華はふと何か思い、優香に尋ねることにした。何を聞かれるのかなとびくびくしている優香。答えずらい疑問をぶつけてきそうだと思っているのだ。


「あんなやつと話してて楽しい?」

「楽しいと思うほうがおかしいんじゃない?」


 どう考えても答えずらそうな疑問だが、優香的にはそうでないらしい。互いににっこりと笑い合う二人。優香と由華、やたらと気が合う様だ。何故かはわからないが、二人の笑みには毒が混ざっているようにも感じる。危なそうなので、触れないでおこう。


「そう言えば優香って好きな人とかいないの? その人と付き合えば、告白されることも少なくなりそうだし…………。」

「え~~っと…………。好きな人は居ないかなぁ…………。」


 由華はヤンデレである。もしかしたら優香も由華と同じように本当はヤンデレなのかもしれない。



 例えそうだったとしても、優香がヤンデレ化しないことを切に願う…………。







<あとがき>

 「幼馴染と幼馴染」という作品を投稿しています。ぜひ、そちらも読んでみてください。


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