第33話 推測と秘密



 生徒会室には四人が集まっていた。葵衣は凛を膝の上に乗せながらほっぺたをフニフニしている。一方で良太は恋人の渚を葵衣と同じように膝の上に乗せて抱き締めている。渚も顔を赤くして俯いていながらも、頬が緩み切っているので嬉しいと言う気持ちでいっぱいになっているようだ。


 似たような行動をしている葵衣と良太。実は二人、幼馴染なのである。


 裕太たちと違って、互いの家に入り浸るようなことはない。疎遠になったこともない。今もなお仲はいい。昔は兄妹のように接していたらしいが、今は異性の親友として互いを見ているとか。


 この事から分かるように、裕太と優香の今の関係は幼馴染としての距離とは言えない。そのことを自覚さえすれば、何かが変わるかもしれないのに…………。


「「失礼します…………。」」


 裕太と優香が入ってきた。


「何この甘い空気…………。」


 裕太は思わずそんなことを呟いた。葵衣と凛はともかく、直人と渚に関しては裕太たちのよく知るバカップルと同じかそれ以上の甘い空気を放っている。その空気に当てられた裕太と優香はとてつもなく甘いものを無理やり口の中に突っ込まれたかのように口をもきゅもきゅとさせている。


 そろそろ慣れて来ていてもよさそうなほど、甘い空気を浴びている二人。本人たち曰く、慣れた時にはよりひどくなっているから追いつけないとのこと。


「二人ともそこに座って!」


 葵衣がドアから入って直ぐの所で固まっている裕太と優香に声をかけた。その声によって再起動する二人。


「さて、今日二人に来てもらったのは一つ聞きたいことがあったからなの。」


 葵衣たちが裕太と優香に来てもらったのはあることを聞くためだった。


「二人の関係って何?」


 葵衣がずっと気になっていた二人の関係。今回直人と渚に来てもらったのも、生徒会役員の中でも特に男女関係に詳しそうだったという理由からだ。


「ただの同級生ですけど…………。」


 裕太の言葉に優香も頷いて、同意する。嘘ではないけど、本当のことは言っていない。幼馴染であると同時に同級生でもある二人。関係性の中で一番怪しまれなさそうなものを選んだのだ。それ以外では、知り合いやら、他人やらと色々な案が頭を過った。


 それらは流石にどう考えても不審がられそうだと思ったので、すぐに頭から振り払ったようだが…………。


「ふ~~~ん…………。」


 葵衣は二人の言っている言葉を直に信じられず、半信半疑のようだ。疑いの目を向けられた裕太と優香は内心焦っている。本人たちからすれば上手く誤魔化せたと思っているのにだ。ただ単に初めて会った時、足蹴りをお互いに食らわせ合っていたのが原因である。


 その様子を見せられて、今更同級生と言われても信じれるはずもない。せめて、友人と言えばまだよかったのかもしれないが…………。初めて会った時のことを忘れてしまっている二人が悪いのだ。今後葵衣にそのことを告げられたら後悔することが容易に想像できる。


 結果的に葵衣は二人が友人以上の関係である断定付けた。もう絶対に誤魔化すことはできないだろう。今後、裕太と優香の本当の関係が葵衣にバレてしまう日が必ずやってくる。果たしてそれはいつになるのだろうか…………。


「まぁ、いいや…………。」


 これ以上の詮索がされないことを知って、ホッとした裕太と優香。これ以上問い詰められたら、誤魔化しきれないだろうなと思っていたようだ。もうバレる一歩手前になっていることを知らないのは幸なのか、それとも不幸なのだろうか…………。


「話は変わるけど、二人とも!」


 突然話題を変える葵衣。先程までの落ち着いた雰囲気とは打って変わって、かなりテンションが高くなっている。何がそこまで彼女のテンションを押し上げているのだろうか?


「私の弟と妹にならない?」

「「えっ?」」


 葵衣の突然の問いに裕太と優香は返答に困ってしまった。


「「「はぁ…………。」」」


 他の三人はそろって大きなため息を吐く。葵衣の突然の発言に対して呆れている。三年近く関わってきた凛には葵衣が偶に突拍子もない行動を起こすことを知っている。幼馴染である直人勿論のこと、他学年の中では関りを深く持っている方である渚も葵衣の性格は知っている。


 今まで何度もその正確に振り回されてきたからである。三人としてはもう少し自重をして欲しいところ。だが、変わることはなかったので気にしただけ無駄だと思うことにしたらしい。


「葵衣…………。二人が困っているよ…………。」


 凛が後ろに向き直って、呟いた。


「私昔から弟と妹が欲しかったんだぁ~~…………。」


 近距離から発せられた凛の言葉は葵衣の耳には全く入っていない様子。自分の世界に入り切っていることが原因だろう。


「居たのは同い年の幼馴染ぐらいだし…………。」


 良太へと視線を向けながら、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。葵衣には兄妹が居ない。一人っ子なのだ。長年、妹か弟が居ればいいなと考えていた。そんな折、裕太と優香のことが目に留まったのだ。


「どうかな! どうかな!」


 押しが強い。裕太と優香が本気であたふたしている。目を見合わせながら、視線だけでどちらが先に答えるのか争っていた。


(優香! 先に言ってくれ!)

(裕太が先に行ってよ!)


 そんな会話を目でかわしながら、葵衣への対応を互いに押し付け合っていた。果てにはこの空間にいる凛や直人、渚に目で助けを訴えている。


「こら! 葵衣!」

「んん~~~!! ひょっぺたひっぱりゃないで~~~!」


 凛は流石に困り良きっている後輩を放っておくことができず葵衣の暴走を止めた。葵衣のほっぺたを引っ張りながら、注意をしている。


「これ以上二人を困らせないの!」

「分かった! 分かったから! もう怒らないで~~~!」


 葵衣は自分の頬から凛の手を引き離しながら、反省していることを口にしている。凛は葵衣が全く反省していないことを察しつつもこれ以上注意しても意味はないと思い、諦めてしまった。


「はぁ…………。葵衣…………。」

「ちょ、ちょっと! 何でみんなかわいそうな人を見る目で私を見るの!?」


 ため息をついた凛は大人しくなった。もう怒られずに済んだとほっと一安心している葵衣。だが、別の対応を取られることとなったのだ。凛は直人や渚と共に葵衣を優しげな眼で見つめ始めた。その視線を向けられた葵衣は先程までの強気が何処に行ったのやら、動揺の色を露わにしてワタワタしている。


「神無月ってそこまで寂しかったんだなと…………。」

「うん、うん。」


 良太の言葉に渚も激しく頷き、同意する。


「あはは…………。」


 乾いた笑い声をあげる裕太と優香であった。







――その後…………。



 裕太と優香は葵衣の提案に対して、考えておきますとだけ伝えて帰っていった。そして、残った四人は彼らの関係について考えていた。


「二人の関係ってどうだと思う?」


 葵衣はみんなに問いかけた。真っ先に口を開いたのは渚だった。


「一見すると恋人同士にも見えますが…………。よく観察すると、そこまでの関係ではないように思えますね…………。」


 渚は直人と付き合う中で得た経験があったからこそ、その結論に至ったのだ。ここに居る生徒会メンバー以外であれば、そのことすら推測できていたかったことだろう。二人の変人と二人の鈍感では…………。


「う~~~ん…………。そっか…………。凛はどう思ったの?」

「…………。」


 葵衣の膝の上に座っている凛は顎に手を当て、無言で考えている。


「もし坂上さんの言う通りなら、仲の良い幼馴染っていう線が有力かな…………。」


 渚の考えを踏まえて、凛は自分自身の予想を語った。その予想は見事に的中しているのだが確かめる方法がない。たとえ聞いたとしても絶対にはぶらかされることだろう。


「本人たちに聞いても教えてくれないよね…………。」


 葵衣も同様の結論に至っていた。二人の様子からして、関係を隠していることは明白。その秘密をわざわざ自分から明かすことは絶対にないと言っていいだろう。


 葵衣もある大きな秘密を抱えている。だが、誰にも明かしていない。それ以上にその秘密があることすら誰にも言っていない。彼女は来るべき時までその秘密を隠し続けるつもりだ。そう、あの子たちと再会するまでは…………。


「いずれ分かりそうだから、まぁ、いっか…………。」


 葵衣は何となくそんな予感がしていた。これから遠くない先の未来にて、二人の秘密を知るきっかけが待っているのではないかと…………。


「また猫でも飼おうかな…………。」


 こころの声がつい口から漏れ出た葵衣。彼女は高校入学以降、一人暮らしをしている。家にいる時はいつも独りぼっちなので、寂しいのだろう。


「神無月。お前一回も猫飼ったことないだろ?」


 葵衣の呟きが耳に入った直人は首を傾げている。実際、葵衣は猫を飼ったことなど一度もない。


「それに動物すら飼ったことないのに突然どうしたんだよ…………。」


 しかも動物すら飼ったこともない。なのに何故『また』と言ったのか分からなかった。もしかしたら寂しさのあまり頭がおかしくなってきているのかと心配している。渚も直人の考えていることが分かったのか彼と同様、葵衣へ心配そうな視線を投げかけるのであった。


「あっ、そうだったね。」


 自分の思い違いを指摘された葵衣は苦笑いを浮かべている。その様子に直人と渚は余計に心配になってきた。何とかしたほうが良いのではと二人が思い出していると、今まで黙っていた凛が口を開いた。


「葵衣…………。私は猫じゃないからね…………。」

「そ、そんなことぐらい分かっているわよ!」


 凛は認めたくはないが、葵衣は自分を猫のようだと思っていることを知っていた。それで猫を飼ったことがあるような気がしていたのではないかと思ったのだ。


 葵衣はすぐに否定したが、指摘を受けた時の慌てようから凛の予想が当たっていると考えてよさそうだ。


「あぁ、なるほど…………。神無月はよく明石を愛でているから、猫を飼った経験があるように勘違いしまったんだな…………。」


 現在の葵衣の様子を見て、納得のいった直人。


「明石先輩。できるだけ、猫のような行動をしないように気を付けて下さいね? このままだと神無月先輩がおかしくなってしまうかもしれないので…………。」

「う~~~! 頑張ってみる!」


 凛は葵衣に猫のようだと思われないよう頑張るらしい。




 その頑張りが実るかは別の話だが…………。









<あとがき>

 急な話ですがこれから忙しくなるため、二週間ほど更新出来ません。楽しみにしていただいている方々、本当に申し訳ありません。九月の三週目からは更新再開する予定です。どうぞこれからもよろしくお願いします。


 話は変わりますが、本サイトにて「幼馴染と幼馴染」という作品を投稿中です。完結までは書き終えているので毎日更新しています。ぜひ読んでみてください。


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