第31話 シスコンな二人



 朝早く、裕太の部屋に優香と理華がやってきた。


「二人ともおはよう。」

「おはよ~~…………。」


 目元をこすり、まだ眠たそうにしながら優香は普通の返事をした。


「むにゃむにゃ…………。」


 朝に弱い理華は寝ぼけているのか、奇妙な返事をしてきた。返事と呼ぶに値するものなのかも定かではない。裕太が実家に居た時はこのようなことがよくあったので、二人共理華の返事や様子に特に反応もせずにスルーしている。


 こういった天然さこそが裕太と優香がシスコン気味になってしまった原因であったりするのだが、兄や姉がシスコンになること自体は悪いことではない。むしろ親としては兄妹仲がいいことに越したことはないだろう。


「もう少しでできるからちょっと待ってくれ。」


 裕太が今作っているのはハムエッグである。ジュ~~~という音と共に食欲をそそる匂いが鼻孔をくすぐる。それによって先程まであった眠気が吹き飛んでしまった優香。


 ご飯ができるのを今か今かと待ちわびているらしく、チラ、チラと目だけを動かして裕太の様子を窺っている。それに気が付いている裕太は苦笑いを浮かべながら、朝食の準備をしている。一方、理華はというと…………。


『パタン…………。』


 やたらと眠たかったのかテーブルに突っ伏し、うとうとしている。そして、眠ってしまった。理華は昔からいつも起きて来たら、ご飯が出来上がるまでこの調子なのだ。そのため晩御飯や昼ご飯の時は手伝ったり自分一人で作ったりしているものの、朝ご飯の時だけは全く何もしていない。


 一度は頑張ってみたらしいが作っている途中で立ったまま眠ってしまったため、諦めたらしい。家族的にも危ないので止めて欲しいとのこと。当然と言えば当然のことである。


「優香~~! 少し手伝ってくれ!」

「は~~い!」


 朝食を作り終わった裕太は優香に手伝いを頼むことにした。待ちわびていたご飯ができたことが分かった優香は嬉しげな声音で答えた。


「ほら、理華。ご飯だから起きて。」


 立ち上がった優香は理華の肩を叩いて目覚めさせる。


「うん…………。」


 理華が目を開いたことを確認すると軽い足取りで優香は裕太の下へと向かった。


「これを盛りつけてくれ。」

「分かった。」


 二人仲良く協力して、盛り付けをしている。ただの幼馴染のはずなのに、何故か夫婦に見えてしまうのは、以前と比べ物にならないほど仲がよろしくなっているからなのであろう。


「んんん…………。」


 目をこすりながら、むくりと立ち上がった理華は洗面所へと向かった。いつもの様に顔を洗って眠気を覚まそうと思ったようだ。その間に裕太と優香がテーブルに食器を並べていく。


「ご飯! ご飯!」


 先程とは打って変わって、テンションが高くなっている理華が洗面所から帰ってきたごろにはもう並べ終わっていた。三人が昨日の夜と同じ位置に座った。


「「「いただきます。」」」


 三人は揃って、手を合わせた。







 三人が朝食を取り終わった後、食器の片付けをしている裕太。


(本当に仲がいいな…………。)


 テレビを見ていた二人を眺めながら、ふとそんなことを思った。


 小学生時代の裕太と優香が仲が良かった一方で、優香と理華はあまり仲が良いとは言えなかった。その頃の理華は自分の兄を優香に取られてしまったように思っていたのだ。裕太に甘えたくても優香が居るからできない。ちょっとした嫉妬心が理華の中にはあった。


 だが、年齢が上がるにつれてそれは段々と改善されていった。裕太が自分も優香も同じように接してくれていることを察していったからだ。そして中学生時代になって裕太と優香の仲が悪くなっていくのに反比例するように、優香と理華の仲はより良くなっていった。


 そう、まるで本当の姉妹の様に…………。今は三人とも仲良くやっているようだが、本当に仲が良いかと言われればそうではないのかもしれない。人の心ほど複雑で単純な物はこの世に存在しないと言っていいだろう。


「昼ご飯は食べてから帰るのか?」


 片付けを終え、リビングへとやってきた裕太はこれからの予定について理華に尋ねた。 


「うんん。もう少ししたら帰るつもりだよ。」


 裕太の問いに対して首を振る理華。それを聞いた優香は少し残念そうに肩を落とした。もう少し一緒に居たかったようだ。ただ彼女の場合、理華をナデナデしたいと言う意味合いが強いようにも感じられる。


「そうか…………。」


 裕太も優香と違って行動に出てはいないが、少し残念そうにしている様子ではある。


「明後日からもう学校だしね。」


 本当は明日まで居たかったが、少しだけまだ宿題が残っているので帰ってしなければならない。もともとは日帰りのつもりだった。それを宿題の大半を急いで終わらせて、無理やり一日分の時間を空けたのだ。


「よし…………。それじゃあ、私はもう帰るね。」


 寂しげな雰囲気を漂わせている理華はそう呟いてから立ち上がった。彼女も二人と話していたいのは山々だが、これ以上話していては帰る気が失せてきてしまうと思ったのだ。


「待って、理華!」


 優香は理華を背後から抱き締めて、自分の膝の上に座らせる。返ろうとしていた理華をギュッと抱き締めて、引き留めたのだ。


「? どうしたのお姉ちゃん?」


 理華は首を傾げながら、背後の優香の目を見た。寂しさのあまりに引き留めてしまったようにも思える行為。だが、優香の真意は違った。


「最後にナデナデさせて…………。」


 ぼそりと呟いた。どうやら優香は最後に理華を甘やかしたいらしい。それを聞いた理華は…………。


「えっ!? やったぁ!」


 すごく喜んだ。許可が下りた優香は早速理華をナデナデし始める。優香にとっても理華にとっても至福の時間のようだ。


「えへへ…………。」


 理華は幸せ過ぎて、とろけてしまっている。昨日、裕太に撫でられた時も同じような表情をしていた。超が付くほどのブラコン、シスコンな理華であった。






 帰りの準備を済ませた理華は玄関に居た。裕太と優香は彼女の見送りに来ている。


「二人とも仲良くしてね。」


 理華は裕太と優香の顔をじっと見つめながら、子どもに言い聞かせるように強めの口調で言った。もしかしたら自分が帰ったすぐ後に喧嘩をしそうだと思ったようだ。


「分かってるよ…………。」

「心配しなくても大丈夫だからね。」


 苦笑いを浮かべて、返答する裕太。理華の頭を撫でながら、微笑みを浮かべる優香。


「じゃあ、帰ったら連絡するね。」

「うん、またね。」

「またな。」


 理華を笑顔で送り出す二人。その笑顔の裏では、引き留めたいと言う気持ちを必死に抑えていた。


「バイバ~~イ!」


 理華が二人に向かって手を振りながら、扉を開けて外に出ていってしまった。


『バタン…………。』


 理華が去っていった後の玄関は静寂で満たされた。


「帰ったな…………。」

「うん…………。」


 最初に声を発したのは裕太だった。裕太の呟きにいつもよりも元気なさげな声で同意する優香。


「寂しいのか?」

「少しだけ…………。なんかあっという間だったね…………。」

「あぁ…………。嵐のように過ぎ去っていった感じだったな…………。」


 裕太と優香がのんびりしていたら突然現れ、三人で仲良く話しているうちに帰ってしまう。一日にも満たないと言う短い時間であったのもあり、本当に嵐のようであった。早くも理華という嵐が恋しくなってきている裕太と優香。


「ところで、裕太ってシスコン?」

「優香には負けるよ…………。」


 当たり前のことを裕太に尋ねる優香。逆に優香よりはシスコンでないと言う裕太。どちらも同レベルのシスコンである。


「…………。」

「…………。」


 無言になってしまう二人。互いにシスコンであると言う自覚はあるらしい。ここに引っ越す前はここまでひどくなかったのに、離れているうちにシスコン度が増してしまったのだろう。


「「はぁ…………。」」


 二人同時に深い溜息を吐く。そんな中で優香は自分も誰かに甘えたい気分になっていくのであった。









〈おまけ〉


 理華はゆっくりとした足取りで近くの駅へと向かっていた。電車を使って自宅近くに最寄りの駅まで帰るのだ。


(帰ったら宿題かぁ…………。)


 勉強はできるが、苦手な理華。ほとんどの人間が勉強など嫌いだろう。


「はぁ…………。」


 深いため息をついてしまう。今までの楽しい時間とは真逆の苦痛な時間が待ち受けているのだ。さっさと終わらせてしまいたいと思う理華であった。


(今度会えるのは夏休みに入ってからかな…………。)

(楽しみだなぁ…………。)


 夏休みのことに思いをはせ始める理華。まだまだ先の話ではあるが、理華にとってそれは待ち遠しいものであった。


(そのためにも勉強、頑張ろっと!)


 そんな決意をした理華はふと辺りを見回した。それによって公園のベンチ座って、何やらぶつぶつと呟いている人間がいることに気が付いてしまったのだ。


(何だろうあの人…………。)


 悪い人ではなさそうだが、不審な人のような気がした理華。耳を澄ませてみると、少女の声が聞こえてきた。


「どこにいるんだろう…………。」


(人探しでもしているのかな?)


「あの人は…………。」


 人探しをしているのなら、一緒に探してあげたほうが良いのかなと思う理華。悩んでいるうちに発せられた少女の呟きによって理華の気持ちは決まることとなった。


「いつも見守ってきたのに…………。」


(あっ、絶対に関わったら駄目な感じの人だ。)


 その言葉を聞いた瞬間、そう悟った理華はそそくさとその場から走り去っていった。


「一輝君…………。」


 そこにはうっとりとした表情で空を見上げながら、呼んでもない誰かが来るのを待つ美少女が居続けるのであった。果たして、彼女の待ち人はいつやってくるのだろうか…………。もしかしたら、居場所を探し当てて突撃するやもしれない…………。


 どうやら、一輝には裕太の予想通り前途多難な日々が待っているようだ。その日々は彼に何をもたらすことになるのだろうか…………。


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