第30話 仲良し姉妹
―その日の夜。優香の部屋にて…………。
優華よりも先にお風呂に入り、出てきていた理華が壁にもたれかかりながらベットの上で座っていた。電気が消え、暗闇に包まれた部屋でカーテンの隙間から夜空を眺めている。
「お姉ちゃん…………。」
ぼそりと呟く。何故、理華は今ここにはいない優香を呼んだのだろうか。
「あれ? まだ起きてたの? 電気が消えていたからてっきりもう寝てるのかと…………。」
すると少ししてから、お風呂から上がってきた優香が寝室の中に入ってきた。
「お姉ちゃんと話したいことがあったから待ってたの…………。」
理華はそう答えた。買い物に行ったときに裕太とは二人きりで話したいことを話すことができたが、優香とはまだできていない。元々優香とは寝る前に話すつもりだったので、予定が変わったわけではない。今の方が話したいことが増えてしまっているので、結果的にこれでよかったのだろう。
「ごめんね。待たせちゃって…………。」
優香は理華に対して謝罪の言葉を口にしながら、彼女の隣へと腰を掛けた。
「うんん。全然気にしなくていいよ…………。」
特に気にしていなかった理華は首を横に振った。
「そう…………。良かった…………。」
もう少し早くお風呂から上がっていればよかったかもと、後悔し始めていた優香は理華の言葉を聞いて少しだけホッとした。雰囲気から怒っている様子はなくても、不機嫌にはなっているのかもと思っていたのだ。
「ねぇ、お姉ちゃん…………。もう一回確認するけど、お兄ちゃんとは本当に仲良くやれてる?」
理華の少し過剰ともとれる心配様に目を丸くしてしまった優香だが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「ふふっ…………。心配してくれてるの?」
裕太と同じくシスコン気味の優香はいい子過ぎる理華を撫でまわしたいと言う衝動にかられた。理華との距離を少しだけ詰めはしたものの、必死にこらえて実行まではしなかった。
「もちろんだよ! 私だってお姉ちゃんの幼馴染なんだから…………!」
優香には幼馴染が裕太だけでなく、理華も居る。理華には小さい頃から仲のいい友達が複数人いたため大半は裕太と優香の二人で遊んでいた。だがそれ以外の時はほとんどが、三人一緒だった。
「それに…………。二人は中学生の頃仲が悪かったんでしょ? だから…………。」
枕を強く抱きしめる理華。二人の相談に乗ってあげていれば、あんな風にはならなかったのかもしれないと最近考えるようになっていたのだ。優香はそんな彼女の頭をポンポンと撫でた。
「ふぇ…………?」
気の抜けたような声が理華の口から漏れ出た。強張っていた体から程よく力が抜ける。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ? あの時から本当に仲が悪かったわけじゃないし…………。」
「そうなの?」
理華は聞き返す。当時の様子からはそんな風には思えなかった。
「うん。幼馴染って言っても、男の子と女の子であるのは変わりないじゃん? だから、少し距離感が掴めなかっただけだよ…………。お互いに…………。」
確かによくある話ではある。異性の幼馴染は年齢が上がるにつれて、段々と疎遠になっていくと言うのは。
だが、裕太と優香の場合は少しだけ違った。ただ疎遠になるのではなく、仲が悪くなっていったことで疎遠になってしまったようにも見えたのだ。本当は特に喧嘩をしたわけでもなく、どう話していいのかわからなくなってしまったことでお互いに冷たく接していただけであった。
「今は昔と同じように仲のいい幼馴染だから安心して。」
むしろ昔以上に距離が近いようにも思える。まるで、今まで離れていた時間を取り戻すかのように…………。それが意識的な行動なのか、無意識的な行動なのかはどうも判断を付けられない。ただ一つ言えるのは、二人の関係が良くなるのは喜ばしいことであると言うことであろう。
「幼馴染、か…………。」
隣にいた優香にも聞こえないほど小さな声が理華の口から零れた。その言葉の中に含まれた彼女のこころのうちは何なのだろうか…………。
あれやこれやとあって、今理華は優香に抱き締められながら横になっている。優香が理華を抱きしめて離さなくなってしまっていたという以上に、理華がまんざらでもなさそうな顔をしたのも原因の一つである。
だが、理華はお兄ちゃん、お姉ちゃん大好きっ子なのでこのような行動をとってしまうのも致し方ないともいえるだろう。
ちなみに元々は理華が優香のベットで寝て、優香は布団で寝る予定であった。ただ、これには優香がいつの間にか理華を抱き枕にしていた可能性が大いにあったのだが…………。すでに理華は優香の抱き枕になっているので、指摘するだけ無駄だろう。
(二人は否定してるけど、ただの幼馴染があんなに甘い空気出すとは思えないんだけどなぁ…………。)
理華の疑問は至極当然のものである。どう考えてもあの二人はただの幼馴染とは思えない。今までにも同じ疑問を持った人は複数人居た。その中でも二、三人が指摘してみたことはあったが圧をかけられながらの全力で否定を受けてそれ以上何も言えなかった。それ以降は考えるのを放棄したとか…………。
(まぁ、二人のこれからがどうなるのか分からないけど…………。)
二人の関係がこれからどうなるのかは本人たちですら分からないことだ。このままなのか、恋人へとなるのか。それとも犬猿の仲になってしまうのか…………。でも…………。
(お兄ちゃんの隣にお姉ちゃん以外の誰かが居るなんてことは想像できないんだよね…………。)
理華にとってはこの二人が他の誰かと結ばれるような未来は想像することすらできなかった。例え想像できたとしても、それは理華にとって歪で二度と頭に思い浮かべたくないような醜い光景だったかもしれない。
一度は疎遠になってしまった二人が、再び仲良くやっているのだ。今は誰かが間に入る隙間なんてどこにもない。むしろ入ろうとする前に二人によって消されるやもしれない。そうして時が経っていく中で二人は…………、と何故か理華は思ってしまった。
(これは私の我が儘、なのかな…………。お姉ちゃん以外をお義姉ちゃんだなんて呼びたくないっていう…………。)
理華にとっての姉は優香ただ一人。それ以外の人間を姉だなんて思いたくもないらしい。我が儘だと分かってはいても、そう考えてしまうのだ。
(私は二人にどうなって欲しいのかな…………。)
理華は二人への想い、そしてそれ以上に自分自身の気持ちがよく分からなかった。裕太と優香が一緒になり、幸せになって欲しい。そう願うと同時に自分が兄と一緒になりたいとも思ってしまった。いつのまにか理華は裕太のことが家族としてではなく異性として好きなのかもしれないと思うようになっていたのだ。
その気持ちの正体が見えてくるきっかけはもしかしたらとんでもなくしょうもない出来事なのかもしれない。それほど簡単で難しいものなのだ。今の彼女の曖昧になってしまった気持ちというものは…………。
(今、気にしてもどうしようもないから寝よう。)
今ここでやめなければ、いつまでも考えてしまいそうだと思った理華は大人しく眠ることにした。優香の腕の中で寝返りを打って、彼女の方へと向き直る。理華は優香と向かい合って寝るのが好きらしい。優香と理華が一緒に寝るときはいつもこの体勢で寝るとか…………。
「ふにゃあ…………。」
優香は寝ぼけて奇妙なことを呟きながら理華の頭を胸元に持ってきて、抱き締めなおす。ご満悦な表情をした優香は気持ちよさそうにして、再び眠りについた。
(いい匂いがする…………。)
理華は優香の胸元に顔をうずめ、ふとそんなことを思ってしまった。優香に包まれながら、ゆっくりと理華は眠りへと引き込まれていくのであった。
理華はもう少し我が儘になってもいいのかもしれない。それが自分自身の答えを出せるきっかけになるかもしれないのだから…………。
二人が完全に眠りについた頃、裕太は…………。
『裕太~~~! 助けて!』
英一に助けを求められていた。今は十時半。本来は十一時に眠るようにしているが、やることもなかった裕太はもう寝ようかなと思っていた。だが、突然英一から電話がかかってきたのだ。何かあったのかと思って出てみれば、詳しい説明もなく助けを求められることとなってしまった。
「何があったんだ?」
また何かに巻き込まれたんだなと思いつつ、取り敢えず聞き返す。今までも英一は数多くの厄介ごとに巻き込まれているので、そのたびに相談を受けていた裕太にはよほどのことでない限り驚くことはない。
『女の子と同棲する羽目に…………。』
英一の返答を聞いた裕太は…………。
「そうか。良かったな。お休み。」
すぐさま電話を切ろうとする。やはりというべきか、裕太の予想通りの答えが返ってきたのだ。恋愛関係に自分は口出しできるほど経験がないと思っている裕太にとってこの相談は受けることのできないものなのだ。
『ま、待って! 見捨てないでくれ!』
英一の必死な声に思い留まってしまった。的確なアドバイスはできなくとも、何か力にはなれるかもしれないと思ったからだ。それに、こんな状況で親友を見捨てるのは気分が悪い。
「はぁ…………。なら、詳しく教えてくれ…………。」
話だけでも聞いてあげることにした裕太。そして、英一はこれまでの成り行きを話し始めた。
『えっと…………。実は最初は一人暮らしだったんだ…………。』
『でも、その部屋には引っ越した時からおかしなところがあったんだよ…………。』
その時から英一は裕太に相談したいなと思っていたものの、色々と忙しかったのもあって放置し続けた。早めに相談していればこんなことにはならなかったのでは?と思ってしまった裕太。全くその通りである。
『開かずの待っていうのかな? そういう怪しい部屋があったんだ…………。それで一応、両親に確認したんだけど気にしなくていいよとだけ言われてはぶらかされて終わり。』
おそらく、英一の両親は事情を知ったうえで本人に話さなかったのだろう。逃げ出しそうだと思ったのかもしれない。
『まぁ、時間が経つにつれて僕も気にしなくなっていったんだけど突然ある女の子が「英一君…………。今日は添い寝してもいいかな?」…………。』
聞きなれない女の声が電話の向こう側から聞こえてきた。英一の言葉に半信半疑であった裕太もこれには驚いてしまった。そして思った。これはすごく面白いことになっていそうだなと。
「…………。」
無言ではあるが、笑いを噛み殺している裕太。親友に彼女(?)ができたのを喜ばしく思いながらも、面白そうな事情が気になっているのだ。あちらがこんな状況になったのには深い訳があるようだが、ここでは触れないでおこう。
『西井さん!?』
電話の先で大慌てになっている英一。
『「ねぇ…………。お願い…………。」ちょ、ちょっと、待って!』
何やら、電話の向こう側では面白そうなことになっているようだ。流石の裕太も何を聞かされているのかなと思ってしまった。
「まぁ、その、頑張れ。英一。」
裕太はその一言を英一に残して、電話を切ってしまった。部外者が口を出さないほうが良いだろうと思ったのだ。眠くなってきた裕太はあくびを噛みしめる。
「眠い…………。」
瞼が重くなってきた裕太は寝室へ向かい、布団の中に潜り込むのであった。
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