第29話 妹のご飯
「「ただいま~~~!」」
買い物を済ませてきた二人が帰宅してきた。
「二人共お帰り。」
出迎えに来た優香はリビングから顔を出し、二人に声をかけた。
「何買ってきたの?」
優香は理華の作るご飯を食べるのは初めてなので、気になってしまったのだろう。優香の様に食べられないものができることはないので、その点は安心だ。
「秘密!」
口元に人差し指を当てる理華。優香にはできた時にメニューを知って欲しいと思っているのだ。裕太も理華の気持ちを察してか出来るだけ想像しないようにしていた。
「できるまでのお楽しみだよ!」
ご機嫌な理華は二人に向かってそう答えた。
「理華の料理、楽しみだね!」
「うん。」
優香の言葉に大きく頷いた裕太。ここに引っ越す前日に裕太は理華の料理を口にしている。だが、今の理華の自信ありげな様子を見たことで大きな期待をしているのだ。
「はぁ…………。私も料理できるようになりたいなぁ…………。」
優香はぼそりと呟いた。彼女は小学生の頃は何度も料理の腕前が上がることを願って練習を続けていた。だが、変わらなかった。どんなに頑張っても結果はいつも同じ。そして、中学校に上がる時にはもう彼女の心は完全に折れてしまっていた。
「俺がしっかりと教えてやるから安心しろ。」
優香の顔を直接見ることなくそっぽを向いたまま、素っ気なく返す裕太。
「ふふふ…………。ありがとう、裕太。」
優香は裕太の冷たげにも見える様子の奥に隠れている優しさに気付き、柔らかな笑みを裕太へと向けた。
「お礼を言うのはまだ早いと思うけどな。」
肩をすくめる裕太は自分の心の内を見抜かれてしまったことに恥ずかしさを覚えている。
裕太も最初はどうやって優香に料理を教えることなく、今の状況を打破しようと考えていた。そうして、考え付いたのは彼女に料理を作らせることで自分の腕前が絶望的だと再認識してもらうと言うものだった。そうなれば、優香も料理を作ろうだなんて思わなくなると思ったのだ。
その後の食事なんかは優香に料理を作ってくれるような人、つまり恋人ができるまでは面倒を見る。
そんな計画だった。だが実際のところ、裕太は心のどこかで彼女が諦めるなく何度でも挑戦しようとすることを望んでいた。
今の彼女の実力ではかなり多くの失敗を重ねてしまう。その中で心が折れてしまう可能性だってある。だからこそ、優香を試す目的で自身の良心を痛めながらも実行したのだ。そして裕太は望んだとおりの結果を得られたことで、優香に料理を教えることを決意したのであった。
「そうかな?」
優香はにっこりと笑いながら、こてんと首をかしげる。裕太が教えてくれるのであれば何の心配もしなくて大丈夫だと思っているようだ。
「料理が上手くなれるかどうか今の現状では何とも言えないからな…………。」
「そう、だよね…………。」
目をそらしていた現実を突きつけられてしまった。いくら料理の上手い裕太に教えてもらったとしても必ずしも上達するとは限らない。肩を落として、俯く優香。でも、彼女はすぐに顔を上げ宣言した。
「でも、絶対に作れるようになって見せるから! 美味しい料理を! だから、その時にお礼の代わりとして料理を作るね。」
優香はもう折れることなく何度でも裕太と一緒に練習を重ねていくだろう。裕太に美味しい料理を食べてもらうために…………。本来の自分一人で生活できるようになるためという理由ではなくなってしまったが、こういった誰かのための方がより頑張れるものだ。
「一緒に頑張ろう…………。まぁ、いつになるかは分からないがな…………。」
「それってどういう意味?」
ポロリと本音を漏らした裕太の言葉に瞬時に反応した優香。冷たく冷え切った目を向けている。
「あっ、いや、その…………。優香が料理が上手くなるなんてことが想像できないなと思って…………。」
しどろもどろになる裕太。突然向けられた絶対零度の視線に恐怖してしまったようだ。視線を彷徨わせ、優香とは目を合せないようにしながら本音を吐いた。怒られそうだと冷や汗をだらだらと流している裕太。
「む~~~! 頑張るもん!」
頬をぷくりと膨らませ、不機嫌なご様子。怒られずに済んだ裕太はホッとしながらも…………。
(その顔はずるいだろ…………。)
優香の可愛さによって顔を仄かに赤く染めてしまった。裕太は幼馴染と言うこともあってか、彼女を可愛いと思うことは余りないようなのだが優香は世間的にはかなりの美少女なのだ。いつもは大丈夫だが、裕太もふとした時に可愛さのあまり直視できなくなることがあるらしい。
「まぁ、気長に待つよ…………。」
自分の感情が悟られないよう、心の奥底に隠しながらそう返した。
「逃げたら許さないんだからね…………。」
裕太が自身のせいで顔が赤くなっていることなんて露知らず、じっと見つめる優香。その視線から何故か裕太が逃れているのを疑問に思いつつもこのような事はよくあるのでそれ以上、彼を問い詰めようとは思わなかった。近くにいるからこそ気が付けないこともあるのだ。
「逃げれなかったから、今一緒に居るんだろ? それに優香と一緒に過ごしていると楽しいからわざわざ逃げようだなんて思いもしないよ…………。」
「そっか…………。」
自分の心の内を自分の口から言うのは相手に悟られてしまうよりも恥ずかしいのか、先程以上に顔を赤くしながらもしっかりと優香に視線を向けている。裕太の正直な言葉に少しの恥ずかしさと嬉しさをはらんだ複雑な表情をしている優香。
「…………。」
「…………。」
気恥ずかしさから会話が中断されてしまった。二人共どこか遠くを眺めながら、気持ちが落ち着くのを待っている。だが、そんな二人の間にはほんのりと温かい空気が流れている。
ようやく口を開いた優香は満面の笑みを浮かべている。
「裕太…………。約束の日まできちんと私の面倒を見てね?」
「あぁ、もちろんだ…………!」
優香の言葉に力強く答える。
「「ふふっ…………!」」
互いの顔を見合わせて、顔をほころばせる裕太と優香。何がおかしいのかは分からないが、ただただ笑い合っている。この光景は二人の本来の姿ともいえるのかもしれない。
一方、キッチンで料理をしていた理華は手を止めて遠目に二人の様子を観察していた。
「あんな雰囲気出しておいて、ただの幼馴染って…………。」
何故か理華は何かやたらとやたらと甘いものを口に無理やり突っ込まれたかのように口をもきゅもきゅさせている。裕太と優香によって作り出される二人だけの空間を見てしまったのだから、致し方ないのかもしれない。
裕太と優香だけでなく、双葉と慎史、美涼と誠二もよくこのような空間を作っていたので理華はいつのまにかこういったものへの耐性が付いていた。それも月日がたつごとに耐性が無くなってきていたので、今の様になっているとも言える。
「絶対に可笑しいでしょ…………。」
彼女の視線の中に少しだけ冷たい感情が入り混じっていた。
互いに分からないことがあれば教え合いながら、宿題をこなしている裕太と優香。二人のために美味しい料理を作っている理華。
それぞれしなければならないこと、したいことをやっているうちに時間が過ぎ去っていった。
そして、時計に針が六時半を刺そうとする頃…………。
「二人とも出来たよ~~!」
ご飯が出来上がった。
「「は~~~い!」」
それを聞いた二人はすぐに机の上を片付けて、理華の下に配膳を手伝うため向かう。待ちに待ったご飯とあってか、足取り軽くなっている。それほどまでにご飯を楽しみにしていたようだ。
最初は裕太と優香も集中して勉強をしていた。だが、ちょうど空腹により集中力が落ちてくるのとキッチンからいい香りが漂ってくるのが重なってしまったことで三十分ほど前からあまり勉強が進んでいなかったのだ。
「すごく美味しそう!」
「ありがとう。お姉ちゃん。」
料理を見た優香はやや興奮気味。優香の感想が思いのほか好感触であったため、ホッとしている。一方で料理を見つめている裕太は全くの無反応である。
「お兄ちゃん、どうかな?」
どこか悪いところでもあったのかなと心配になりながらもおずおずと理華は裕太に尋ねた。
「…………。」
やはり無反応である。だが、理華は気が付いた。裕太が我慢していることを。どうやら裕太は早く食べたいと言う気持ちを抑えるのに手いっぱいで周りのことが見えていないようだ。
「よしっ…………!」
こぶしを胸元で握り締めて、そう呟いた。理華は嬉しそうにしながらも、二人に指示を出す。
「そこに置いてあるのは持って行ってもいいものだから運んでおいて。」
「わかった~~~!」
楽し気にお皿を運んでいる優香。その姿を見た裕太は和やかな気分になりながら、優香と共に準備をしていく。
「これで良し、と…………。」
本日のメインディッシュが出来上がったようだ。
全てのお皿をテーブルに並べ終わると裕太と優香が隣り合って、その反対側に一人理華が座った。焼き魚や煮物の食欲をそそる香りが三人の鼻孔をくすぐる。すごくお腹が空いている裕太と優香は早く食べたそうにうずうずしている。
「「「いただきます!」」」
三人がまず初めに手を付けたのはメインの焼き魚である。
「んん! この鯛美味しい。」
「今が旬のお魚だからね。」
二人とも骨に気を付けながら、いつもよりも食べる速度が速い。それ程おいしかったらしい。
春が旬である鯛。買い物に行くと他にも今が旬の魚は売っていた。だが、理華は焼き魚にするのであれば鯛が一番を良さそうだなと思ったのだ。
「旬の魚はあまり食べてなかったから、これからは食べるようにしてみようかな…………。」
裕太も同じように美味しそうに食べてはいた。ただ、いろいろと考え事をしている。ゆっくりと食べ進んでいく中、煮物を口に入れた瞬間固まることとなった。
「この煮物凄くおいしいぞ!」
ご飯と相性が良いらしく、優香たち同様箸の進みが早くなった。
「でしょ! お母さんに教えてもらいながら一生懸命練習したんだから!」
胸を張る理華。実はこの煮物、今日のメニューの中で理華の一番の自信作だった。褒めて褒めてとアピールするように裕太の右斜め前にお皿ごと移動した。
「すごいな…………。」
理華のアピールが通じたのか、裕太は彼女の頭を撫でた。一方の優香は自分も撫でたいなと思いながらも、参加することができず頬を膨らませて不服そうにしている。優香は一瞬、自分も撫でてもらいたいような気がしたが料理が上手くなった時にしてもらおうと取っておくことにした。
優香も理華と同じく、昔から裕太に撫でられることが好きだ。逆に優香は理華と違って、裕太の頭を撫でるのも好きなのだ。
「えへへ…………。」
照れた様子の理華は嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
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