第28話 妹の提案
窓の外の風景を見ながら晩御飯を作るため、買い物に行こうかと考え始めていた裕太。そんな彼の肩を叩いた理華はある提案を出した。
「ねぇ、お兄ちゃん。今日の晩御飯は私が作ってもいい?」
「任せてもいいのか?」
お客さんとして来てもらった理華に料理を任せてもいいのかと悩んでしまう裕太。多少の罪悪感を抱えながらも理華の料理を食べてみたいと言う欲望に負けて、任せる方向に傾きかけている。
「うん! 二人に料理の腕前を披露したくて!」
理華が今日来た目的の一つには裕太と優香に自分の手料理を披露すると言うものがあったのだ。明日には帰る予定なので、できるのは今日の夜ご飯だけだった。
「わぁ! 楽しみ!」
「じゃあ、頼むな…………。理華。」
喜びの色を見せる優香。裕太も若干のためらいを覚えつつも、頼むことにした。
「任されました!」
かなり自信があるのか、手を腰に当て胸を張る理華。裕太が居た時よりも理華が一人で料理を作る回数が増えてたことで、多少なりとも腕が上がっているのは確実だ。最近では当番ではない日でも必ず毎日料理の手伝いをしているらしい。
たった一ヶ月という短い間でも、優香が成長する速度よりは早い。これは優香が聞いてしまえば目に涙を浮かべそうなので、裕太も心の中では思っても口に出すような真似はしない。
「優香、勉強は大丈夫なのか?」
「今はね…………。これからはどうなるか…………。」
「……………………。」
「…………。」
裕太と優香が互いの近況を話し始める。一方、理華は冷蔵庫を確認している真っ最中である。
「何を作ろうかな…………。」
いろいろと思案した結果、肉料理か魚料理にするかで迷ってしまった理華は裕太に昨日のメイン料理が何だったのか聞くことにした。その答えによってどちらにするのか決めようと考えた様だ。
「お兄ちゃん、昨日の晩御飯のメインは何だったの?」
「ハンバーグだ。」
「あ、ありがとう…………。」
絞り出すように無理矢理、言葉を出した理華。誰にも言っていないことではあるが、理華の一番好きな食べ物はハンバーグである。特に裕太の作るものが好きなんだとか…………。
しばらくの間固まっていたのでよほど悲しかったらしい。夏休みに裕太たちが帰省してきたら必ず作ってもらおうと決意を固めることで元に戻った理華。
(焼き魚をメインにして、他は…………。)
メインが決まったことで大体の品を決めてしまった。
(買い物には行かないといけないよね…………。)
そして、もう一度冷蔵庫を見直した理華は心の中で愚痴をこぼした。作ると言い出した時には買い物に行かなくても大丈夫だろうと予想していた。だが、今現在の裕太の家の冷蔵庫にはあまり食材が残っていなかった。それを確認した理華は買い物に行くつもりでメニューを考えたのだ。
予想が大きく外れてしまった理華は最初は肩を落としていたが、今は二人と久しぶりに買い物に行けると思いウキウキしている。
「二人とも、買い物に行くから一緒に来て!」
いかにも嬉しそうな理華。その様子と言葉を聞いた裕太と優香は気まずげに顔を見合わせ、返答に困っている様子。
「えっと…………。それは無理かな…………。」
「何で?」
理華に何とか返答する優香であったが、聞き返されてしまう。結局、裕太に助けを求めるような目を向けることとなってしまった。
「実は俺たち、家の外では完全に無関係って言うことにしてるんだ。」
理由を明かす裕太。何となくではあるが二人の家の外での関係を察していた理華は多少がっかりとした様子となる。
「なんだそう言うことかぁ…………。」
どうしようか考え始めた理華はすぐに誰と行くのか決めてしまった。
「なら、お姉ちゃんには留守番してもらっててもいいかな?」
「うん、いいよ。兄妹仲良く買い物を楽しんできてね。」
「ありがとう、お姉ちゃん。」
理華の提案をすんなりと了承する優香。裕太はてっきり理華と優香の二人で出かけるものだとばかり思っていたため、反応できていない。
「本当に俺と行ってもいいのか? 二人きりで話したいことがあるのかと思ったんだが…………。」
気を使わせてしまったのかなと思い、確認する。
「確かにそれはあるけど、夜寝る前に二人きりで話せるから今はいいかなって。」
「そう言えばそうだったか…………。」
理華はここに居る間、優香の部屋で寝泊まりする予定である。その間に二人きりの会話はいくらでもできると言うことなのだ。
「それにお姉ちゃんは料理できないから二人で買い物に行ってもね…………。」
「うぐっ…………!」
予期せぬ方向から流れ弾が飛んできた優香は胸を抑える。理華の言葉によって心理的なダメージを受けてしまったのだ。実際、優香と共に行っても彼女に出来ることと言えば、料理の提案か荷物持ちぐらいしかないだろう。それならばまだ裕太と一緒に行ったほうが良い。
「まぁ、一番はお兄ちゃんと二人きりで話したいっていう理由だけど…………。」
「分かったよ。」
少々シスコン気味の裕太は理華のことを可愛いな撫でたいなと思いながらも、出かける準備を始めた。理華の方はもう準備万端である。
「お姉ちゃんお留守番頼んだね~~~!」
「うん! 二人ともいってらっしゃい!」
「「行ってきます!」」
兄弟仲良く声を合わせて、優香に返事をするのであった。
――二人の道中…………。
「お兄ちゃんはお姉ちゃんのこと本当はどう思ってるの?」
「どうって?」
理華の問いの意味が分からず、聞き返す。
「それは、その…………。家族として見ているのか、異性として見ているのかって…………。」
理華は一番これが聞きたかったのだ。今まで本当の家族の様に裕太と優香が育ってきたことは一番近くで見てきた理華は当然のこと知っている。だが、時々理華にはわからなくなってしまうのだ。兄が姉のことを本当はどう思っているのか。
理華には裕太が優香を家族として見ている言っている割には家族よりも距離が近く、それと同時に家族以上に大切にしているようにも見える行動が見受けられた。それが、理華には引っかかったのだ。
理華の考え過ぎと言えばそうなのかもしれない。彼女にも妹である自分を大切に一番大切に思って欲しいと言う感情がある。それ故に優香に対して小さな嫉妬心が芽生えてしまったことで、そう思ってしまった可能性もある。
裕太の行動は確かに不自然と言えば不自然であり、不自然ではないと言えば不自然ではない。説明は付けられるのだ。優香が裕太にとって一番距離の近い家族と言う立ち位置なのであれば…………。
「そう言うことか…………。」
少しだけ考えるようなそぶりを見せる裕太。
「俺にとって優香は手間のかかるもう一人の妹って感じかな。」
少し前にも裕太が言っていたが、優香は彼にとって幼馴染であり、もう一人の妹のような存在なのだ。実の妹はあまり手のかからないが、優香は手がかかる。今の現状だってそうだ。もし、理華であれば自分のことは自分で出来るので裕太に手助けをしてもらわなくても大丈夫であっただろう。
このようなことから優香は裕太にとって一番距離の近い家族と言う立ち位置になってしまったのだ。彼女的にはその立ち位置になった理由が家事が苦手という一番気にしていることでは複雑な心境にならざるおえないだろう。
「今までに異性として見たことはないの?」
「覚えている限りではないな。もしかしたら異性として好きだった時期もあったかもしれない…………。」
「そう…………。やっぱり幼馴染は恋愛対象にならないっていう話は本当だったんだ。」
「う~~ん…………。必ずしもそうだとは言えないぞ。」
裕太は幼馴染は負けフラグ説を少しの間をおいて否定した。
「優香と俺のように家族同然と言ってもいいような関係の人の場合は恋愛対象にはなりにくいだろうけど、あの人たちみたいに幼馴染同士で結婚した人も居るからな。まぁ、結局は『人による』としか言いようがないな…………。」
裕太の親戚の一人が幼馴染と結婚したのだ。何でもその人たちの場合は学生時代から付き合い始めた。今では子供も生まれ、夫婦とても仲良くやっているらしい。ちなみにその夫婦の結婚には、双葉と慎史の高校生時代の行動が大きな関りを持っているらしい。
「ふ~~ん…………。」
理華は裕太の答えを聞いて何故かジト目になる。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんみたいな関係って言ってたけど、本当に二人の間には何もないの? どうしても二人がただの幼馴染だとは思えないんだよね…………。」
裕太の言葉を信じ切れなかった理華はもう一度再確認する。あれで簡単に信じられる方がおかしい。
「それは…………。」
裕太の頭の中にこれまでの一か月間の出来事がよぎる。
「ただの妹みたいな幼馴染でしかないよ…………。」
いろいろ思い出してみた結果、優香との間には何もなかったなと思った裕太はそう答えた。何もなかったようには思えないのだが、彼にとっては何もなかったらしい。これを裕太や優香と仲の良いバカップル(歩と真理、涼介と由華)二組が聞けば、絶対に突っ込まれるだろうが気にしないでおこう。
「お姉ちゃんのことを一番大切そうにしているからそうなのかと思ったんだけどなぁ…………。」
「そんなつもりは全くないからな…………。」
裕太の呟きに敏感に反応した理華がすぐさま問い返した。
「じゃあ、お兄ちゃんは誰が一番大切なの?」
「…………。誰が一番大切、か…………。」
理華の問いにすぐには答えれない裕太。彼の頭の中では関係のある人たちの顔が思い出されていた。
「優香や理華、父さん、母さん、誠二さん、美鈴さん、親友や友人たち……………。全員が大切な人だ。その中で誰が上か下かだなんて決められないし、決めたくもない。」
そして、ようやく出せた結論はこれだった。
「それは綺麗事だと思うよ?」
率直な感想を述べる理華。誰もが理華と同じように言うだろう。
みんなが大切。誰もが当たり前に言う言葉なのかもしれない。でも、それは綺麗事だ。どんな人の中にでも大切な人の順位はついている。それが意識的に付けたものか、無意識的に付けたものかは別としてだ。
「分かっている…………。でも、今の俺にはその答え以外思い付かない。」
どれほど考えてみても、裕太が出せる答えはそれだけらしい。この先、彼の中でその答えがどう変わっていくのかは本人ですら分からないことではあるが…………。
「そっか…………。お兄ちゃんにとってはみんな大切な人なんだね…………。」
理華は一瞬安心したような、それと同時に少しの寂しさを含んだような表情をしたが、すぐに表情を変えて笑顔を見せた。
「それじゃあ、取り直して買い物をさっさと終わらせよっか! お姉ちゃんが寂しくしてるかもしれないしね!」
「あぁ!」
いろいろとモヤモヤしていた理華は裕太との久しぶりの会話で心の余裕ができたのか、先程までの重そうな足取りが少しだけ軽くなっていた。
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