第27話 妹の来訪



「終わった~~~!」

「ふぅ…………。」


 両手を上に伸ばして大きく伸びをする優香と大きく息を吐いた裕太。二人は昨日から裕太の家と優香の家の大掃除を行っていた。それがちょうど先程、終わったのだ。


 ソファーに隣り合って腰を掛けている二人は程よい疲れと感じつつ春の温かな日の光を浴びていた。



「…………。」

「…………。」


 すると気持ちよくなってしまったのか、二人は互いにもたれ合った状態で自然と眠りに落ちてしまった。余りにも絵になる光景だ。










『ピ~~ン、ポ~~ン…………。』


 チャイムが鳴った。その音によって二人は眠りから覚めることとなる。




「ん…………。」


 うっすらと目を開く裕太。直後に入ってきた日の光に目を細める。




「ん、ん…………。」


 ゆっくりと目を開き、目元をこする優香。




(なんだ…………?)


 裕太は身じろぎしてからようやく気が付く。自分の左腕にぬくもりを感じることを。左を向くとそこには裕太の腕にもたれ掛かっている優香が居た。




(何だろう…………?)


 優香が寄りかかっている何かが動いた。その右腕に心地よい温かさを感じた優香はそっと右側を向いた。すると視界に入ってきたのは腕であった。そして、そのまま視線を上げていくと裕太の顔が目に入った。



 二人の視線が合わさる。そこに来てようやく自分たちが互いに身を寄せ合うようにしながら眠っていたことを察した。


「「あっ…………!」」


 驚きの声が二人の口から漏れた。仄かに顔を赤らめる裕太と首筋まで真っ赤に染まった優香。


(は、恥ずかしい~~~! な、なんでこんなことになってるの!?)

(ど、どうしてこうなった!?)


 外から見ればなんともないように座っている二人だが、本人たちはかなり混乱している。例えて言うならば、部屋中をせわしなく歩き回って右往左往している状態だろう。今までに陥ったことがないほどの混乱の渦に囚われてしまっている。


『ガチャリ…………。』


 遠くからドアの開く音がかすかに聞こえた。だが、彼らの耳に届いた様子はない。二人が固まったまま、時間が過ぎていく中で裕太よりも先に混乱から抜け出してきた優香はありふれた行動を起こそうとした。


「んっ…………!」


 叫びながら裕太の近くから飛びのこうとしたが、一瞬の差でそれは食い止められた。裕太が優香の唇を自身の指の腹で押さえたのだ。そして、裕太は優香に顔を近づけて囁くように言葉を告げた。


「誰かが来てるから…………。」


 裕太の言葉を聞いて、ハッと思い出した優香。今自分が大きな声を出してしまうのはあまりよくないことだとすぐに気が付いたのだ。彼女はこくこくと頷き、叫ぶのを中止した。そのことを認識した裕太は優香の唇からそっと指を離した。


 だが、いまだに裕太と優香の顔が近くなっている。よりにもよってそんな時に来訪者がリビングへとやってきたしまった。



「お兄ちゃん…………!」


 二人にとって聞きなじみのある声が耳に届いた。二人が目を向けるとそこに居たのは…………。


「「えっ…………?」」


 突然の事態に動きが止まってしまった二人。その視線の先には、裕太の妹である理華が居た。彼女は手で口元を隠し、目を見開いている。実の兄と姉の様に慕っている人の現状を見た理華は、驚きのあまり声も出ないようだ。


 裕太はどうやって声をかければいいのかわからない状態ではあるが、何かしら言う必要があることだけは悟っていた。


「えっと…………。」


 絞り出すように言葉を口から出した裕太。だが、声をかけられた理華は…………。


「お邪魔しました!」


 くるりと向き直り、玄関へと逃げていく理華。それに気が付いた二人は…………。


「ちょ、ちょっと…………。」


 理華が居た方向に手を伸ばしていた優香は所在なさげにその手を下げ、茫然としている。一方、裕太は目をしばしばさせて何が何だか分からない様子。


「何だったんだ?」

「さぁ?」


 二人は何故、理華が逃げ帰ったのか分からず、互いの顔を見合わせらながら首を傾げるのであった。






 少し時間が経ってから戻ってきた理華はもう落ち着いていた。その頃には裕太と優香も混乱から完全に抜け出せていた。そうして今、三人はテーブルを囲うようにして座っている。最初に口を開いたのは理華であった。


「まさかとは思ってたけど…………。」


 裕太と優香の間で視線を行ったり来たりさせながら、理華は自分自身が導き出した結論を口に出す。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんって、もうそういう関係になっちゃったの?」


 先の現状を見ていれば誰でも『そういう関係』になってしまったのかと思うだろう。


「そういうって?」


 優香には理華の言う『そういう関係』というものに思い当たる節がないようだ。裕太も優香と同様らしく激しくうなずいている。


「恋人関け…………。」

「「違う(よ)。」」


 理華が最後まで言い切るよりも早く二人同時に即答してしまう。


「そ、そうなんだ…………。」


 二人の躊躇いのない答えを聞いた理華。


(あれ? おかしいな…………。あんな風にしてたんだからてっきり…………。)


 いろいろと不自然な点があるようだが、この二人の昔の様子を思い出してみたところすぐに合点がいった。


(そう言えば、仲が良かったころは端から見れば恋人関係にも見えなくもなかったかも…………。)


 昔と今の二人の仲の良さに遠い目をしながらも先程の否定の言葉に嘘偽りはないのだなと思う理華であった。


「で、でも、仲が良さそうで良かったよ~~~! 毎日喧嘩していないか心配で心配で仕方がなかったんだから。」


 目が死んでいた理華は時間の経過とともに現実に戻って来ると裕太と優香の中が修復されたことを心から喜んだ。無理やり元気を出しているように感じられるのは二人の過去と今の姿に呆れてしまっていたからである。


「そうだったんだ…………。理華、悪かったな…………。」

「ごめんね、理華…………。」


 気まずそうに謝る裕太と優香。仲が良かった時期を知っていた理華にとっては心苦しい面もあったのだ。実の姉の様に慕っている優香と実の兄の裕太がすれ違っているさまなど見たくないのも普通と言える。思春期だから仕方がないことだと分かってはいても仲良くして欲しいと思わずにはいられなかった。


「お兄ちゃんもお姉ちゃんもそんなに気にしなくてもいいよ。確認する方法何ていくらでもあったのに、わざわざ確認しなかったのは私だから…………。」


 そんな二人に訪れた機会を知った理華は仲が改善するかもと期待に胸を膨らませたと同時にこれ以上に関係が悪化してしまうのではないのかという不安に駆られた。確認しようと思えばできた。だが、怖くてできなかったのだ。


「でも…………!」


 優香が理華の自分に非があるかのような言葉を否定しようとしたが、寸前で止められた。


「もう! なんでこんなに重い空気になちゃうの! せっかく楽しく会話できるのを楽しみにしてたのに!」


 理華が突然叫んだ。やたらと重い空気になっているこの部屋。一か月ぶりに再会した喜びを噛みしめ合うはずが、三人の反省会の様になってしまっていると言う現状が嫌だったのだ。とりあえずこのお通夜のような空気を変えるため、理華は裕太に指示を出す。


「お兄ちゃん! 三人分のお茶を用意して来て!」

「お、おう…………。」


 理華による突然の指示にしどろもどろしながらも即座に動く裕太。早く重くなってしまった空気をどうにかしたかったという気持ちも彼の動きを速めた一つの要因なのかもしれない。


「お姉ちゃん! 頼まれて準備しておいたものをちゃんと持って来たんだから元気出してよ!」

「えっ?」


 大きめのバックを二つ持ってきていた理華。そのうちの一つを優香に渡した。これは優香が引っ越す前日にもしかしたらこれから必要になるかもしれないと思い、理華に頼んで準備してもらっていたものだ。


「はい、どうぞ!」

「これって…………、もしかして…………。」


 理華は最初今は必要ないのかもしれないとは思っていたため、持ってこようとは考えていなかった。だが、早くも優香がこれを必要としている可能性が大いにあると思い直し、持ってくることにしたのだ。理華のこの予想は当たっていた様だ。


「そう、あれだよ!」

「ありがとう! 理華。」


 理華に抱きつきながら、頭をナデナデしている優香はかなり上機嫌になっているご様子。それほどまでに彼女が喜ぶものとは何なのか。中身が正体はこの二人にしかわからない。


「なんだそれ?」


 誰もが持った疑問をお茶を持ってきた裕太が聞いてはみたものの…………。


「お兄ちゃんは知らなくていいものだよ。」

「うん、うん!」

「そ、そうか…………。」


 何も答えてくれることはなかった。どうせ自分とは関係ないことだろうと思った裕太はそれ以上二人を問い詰めるのを諦めた。どうせ、いくら聞いたとしても答えてはくれないと思ったのもあるだろう。


「ふふふ…………。楽しみだなぁ…………。」


 顔を横に向けた優香は口角を吊り上げて悪い笑みを浮かべている。何やら良からぬことを企んでいるらしい。理華は特にこれと言って表情が変わっているようには見えないが、優香と同じく悪だくみをしている様子ではある。


 二人の恐ろしい笑みを見ていた裕太は何故か身の危険を感じてしまい、ブルりと身体を震わせた。


(何だろう? ものすごく嫌な予感がする…………。)


 寒気を感じた裕太は腕を摩って暖を取りながら、優香と理華の表情をじっと観察している。




 今更ながら、あの時もう少し二人を問い詰めておけばよかったなと後悔する裕太であった。



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