第26話 来客と秘密
ゴールデンウイーク初日。裕太と優香の二人は裕太の家で宿題をやっていた。
勉強を始めてしばらくたった頃、のどが渇いてきた裕太はキッチンへとお茶を取りに行こうと思い立つ。
「優香も何か飲み物要るか?」
「うん…………。お茶をお願い…………。」
優香にも何が欲しいのか確認をとってから立ち上がる。裕太がコップにお茶を注いでいると彼のスマホにRINEが届いた。スマホを手に取り、内容を目にした裕太の顔には焦りが見え始めている。
「ヤバイ…………。」
突然、リビングで勉強をしている優香の方に向き直り叫んだ。
「優香! 今すぐ自分の家に帰ってくれ!」
下へ向けていた顔を上げた優香は必死の形相の裕太を見て、ギョっとしてしまう。
「そんなに慌ててどうしたの?」
裕太に気圧されながらも理由を訊ねた。
「今から友達が来るみたいで…………。」
「西片?」
「違う。」
優香の問いに首を振って答える。今回、裕太の家にやってくると連絡を入れたのは中学生時代からの親友であり二人の事情を知っている歩ではない。
「えっ? それじゃあ、渡辺? それとも清水?」
「どっちでもないよ…………。」
他校に行ってしまった裕太の親友二人を思い出し、再度裕太に訊ねる。だが、その予想も違った。そうなると、残された可能性は一つしかない。
「も、もしかして新しくできた友達とか!?」
優香は全く想像していなかった高校に入ってから新しくできた友人の可能性を今初めて疑ったのだ。
「あぁ、そうだよ…………。」
その問いに対する裕太の答えは肯定だった。
「噓…………。裕太に新しい友達ができるだなんて…………。」
キッチンへと向かい裕太がお茶を注いでおいてくれたコップを手に取っていた優香は、空いていた手を口元に当て目を大きく見開いた。わざとらしく大げさに驚いていた。
「馬鹿にしてるだろ?」
「ん!」
裕太のジト目を受け流しつつ、何の躊躇もなく即答した。よほどのどが渇いていたのか、お茶を飲みながらだ。
「いや、ためらいもなく言うなよ…………。」
お茶を飲み終えた優香はコップから口を離す。
「だって、裕太。人と話するの苦手でしょ。いつも一人でいるし…………。」
裕太は小学生時代は優香とよく一緒に居たが、それ以降は基本的にいつも一人で過ごしている。中学生時代は親友は三人もいるが、いつも一緒に過ごしていたわけではない。優香とに関係もあるが、それ以上に人と話すのはあまり得意ではなかったため、裕太に新たな友人ができることはなかった。
「それはそうだけど…………。」
優香の言葉を否定することができず、そっぽを向きながら口をもごもごとさせるしかない裕太。反論の余地が全くない。
「って、暢気に話している場合じゃない! 詳しい話はまた今度するから、とりあえず今は帰ってくれ!」
「な~~んかはぶらかされたような気がするけど…………。まぁ、いいや…………。」
一瞬不服そうな表情を浮かべた優香だが、事情も分かっているので素直に聞き入れた。
「それじゃあ、またあとでね!」
サッと机の上に広げていた教科書やノートをカバンに入れた優香は、裕太に手を振りながらリビングを後にした。
「よし、後はここの後片づけを…………。」
優香の飲んでいたコップを片付ければ、誰かがここに居た今先を消せると思い片付け始める。するとすぐに…………。
「ひゃあ!」
「うわっ!」
玄関の方から男と女の声が聞こえてきた。
「まさか!」
嫌な予感がした裕太は一度、洗うのを中断して玄関へと向かった。そこに居たのは優香と…………。
「涼介…………。」
「やっほー、裕太。」
裕太のクラスメイトであり、友人でもある
今日、突然訪ねてくると裕太の下に連絡を入れていたのは涼介であったのだ。だから、裕太は急いで優香を家に帰そうとしたのだが、少し遅かったらしい。
「あれ? 優香が何でここに居るの?」
そして、裕太が失敗したなと苦虫を潰している間にある少女が涼介の背後から顔を覗かせた。
「由華!?」
その少女は優香のクラスメイトで友人の
「はぁ…………。」
裕太は目の前で起きているややこしい現状に頭を抱え、深いため息をする。
「取り敢えずみんな、家に入ろうか…………。」
今のまま固まっていてはどうしようもないと思った裕太は、玄関前で固まっている三人にそう促すのであった。
「飲み物を用意するからそこに座っててくれ…………。」
リビングまで招き入れた裕太はテーブルを指さし、自分はキッチンで飲み物の準備を始めた。
(どうするかな…………。)
裕太は準備を続けながらも、訪ねて来た二人に自分たちの関係をどう説明するか悩んでいた。すると…………。
「あっ、裕太。これ。」
「ん?」
いつの間にかキッチンの前までやってきていた涼介は手に持っていた紙袋を裕太に手渡す。裕太は何かわからず、首を傾げながらも受け取る。
「今日渡したかったやつだ。腐ったらまずいから、先に渡しておくよ。」
「さくらんぼ?」
袋の口を広げ中身を確認する。そこに入っていたのはさくらんぼであった。
「あぁ。家の庭でたくさん採れたんだけど、俺たちだけじゃあ食べきれそうになくてな…………。」
涼介は家でたくさんとれたさくらんぼを裕太におすそ分けするためだけに訪ねて来たのであった。涼介の家の庭にはいろいろな種類の果物の木や花が植えられている。これは自然が好きな涼介と彼の同居人二人の趣味らしい。
「ありがとう。」
裕太はお礼の言葉を呟いた。軽く笑みを浮かべた涼介はリビングへと向かって行った。冷蔵庫にさくらんぼをしまい、お茶を注ぎ終えた裕太はみんなの下へと向かう。
「えっと…………。みんなお茶で大丈夫だったか?」
そこでようやく、何の飲み物が良いのか聞かずに持ってきてしまったことに気づいた裕太は一応訊ねてみた。
「「「うん。」」」
全員がこくりと頷いたのを確認してから、それぞれの目の前にコップを置いた。
「悪いな…………。」
「気にしなくていいって。」
肩をすくめる裕太。優香の隣に腰を下ろした。涼介と由華は優香と裕太の座っている方とは向かい側に座っている。
「まずは俺たち二人の自己紹介からしたほうが良いのかな?」
「あぁ…………。涼介、頼む…………。」
優香は涼介と、裕太は由華と今この場で初めて会ったのだ。
「俺は椎名涼介。でこっちが…………。」
「涼介の恋人の石原由華だよ。」
由華の言葉に眉をピクリと動かして、少し反応を見せた裕太。
「それにしても涼介、お前彼女いたんだな…………。」
「あれ? 言ってなかったか?」
「今初めて聞いたよ…………。」
自分が聞かなかったのも悪かったのだろうが、隠していなかったのであれば本人の口からもう少し早めに聞かせてもらいたかったなと心の中で思った裕太。涼介と由華が付き合っているのではないかという噂は学校初日から流れているので、裕太だけが知らなかったのかもしれない。
「私は由華に彼氏がいることは知ってたけど…………。まさか裕太の友達だったとはね…………。」
優香も噂は耳にしていなかった。しかし、由華本人から彼氏がいることは聞いていたようだ。ただそれが誰なのかは教えてもらっていなかったようだ。
とても仲が良さそうな二人を見た裕太と優香はすごくお似合いのカップルだなと思った。
「えっと、私が宮間優香でこの人が神崎裕太。」
「俺の自己紹介までしてくれなくても…………。」
二人の間で視線を彷徨わせていた優香は気を取り直して、裕太の自己紹介までしてしまう。少し考え事をしていたために全部言われてしまった裕太は少し不服そうにしていたが、誰も気にしていない。完全にスルーされてしまったようだ。
「そう言えば、二人の関係って何なの? 休みの日に一緒に居るってもしかして…………。」
「ただの幼馴染。」
「え? でも…………。」
「誰が何と言おうとただの幼馴染だよ。」
「そ、そうなんだ…………。」
面白そうなものを見つけたとばかりにニヤリとしながらから二人をかおうとした由華だが、真顔で受け答えする優香の圧力に押し負けてしまった。由華の言うところも分からなくもないのだが、二人にとっては誰が何と言おうとただの幼馴染でしかないのだ。
「でも、恋人でもないのに一緒に居るってのは不自然なのには変わりないぞ。」
「そ、そうだよ! なんでなの?」
「あぁ…………。それは優香がりょ!」
二人の疑問に答えようとした裕太は優香によって二の腕を思い切り抓られてしまう。それによって生じた痛みにより、裕太は最後まで説明をすることはできなかった。
「裕太のことは全く気にしなくていいよ。」
優香はニコリと笑いかけながら、痛みをこらえている裕太を心配そうにしていた涼介と由華に声をかける。
「お、おう…………。」
「う、うん…………。」
有無を言わさずに頷かされる涼介と由華。そんなやり取りが行われているうちに回復した裕太が、反撃を開始する。
「優香…………。お前、いつまでも隠し通せると思ってるのか?」
「うっ…………!」
「それに学校で調理実習ってあったよな?」
「あ…………。う…………。」
痛いところを突かれた優香は何も反論できなくなってしまい俯いてしまった。
「だってぇ~~~~! あんなことみんなに知られたくなんてないよ~~~!」
「ぐあっ…………。」
裕太の攻めにより涙目になっていた優香はバッと顔を上げ、裕太の襟を掴んで激しく振り回す。なされるがままになっている裕太だが、さすがに振り回され過ぎて顔色が悪くなってきている。
「もう!」
そう叫んだ優香は裕太の首から手を離し、由華に手を付き項垂れてしまった。
「ぜぇ…………、はぁ…………。」
解放された裕太は首を抑えて、肩で息をしている。
「それまでにはある程度できるように教えておいてやるから…………。」
「絶対だよ…………。」
段々と息が整ってきた裕太は渋々、優香のサポートをすることにした。その言葉を聞いた優香は裕太をキッと睨みつけながら、約束を反故にされないよう念を押した。
「「本当に仲がいいんだな(ね)~~~。」」
そんな優香と裕太の様子を傍観していた涼介と由華は生暖かい視線を向けながら率直な感想を口に出す。
ホント、二人の言うとおりである。
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