第13話 襲撃 優香side【修正済み】



 新居へと引っ越してきた優香。


「今はこんな感じかな…………。」


 辺りを見回し、ある程度自分の荷物が片づけを終えたことを確認した。


「ふぅ…………。」


 ソファへと身体を預け、一息をつく。程よい疲労感から、睡魔に負けそうになっていると…………。


「あっ…………!」


 ふと、何かを思い出したかのように立ち上がった。それによって彼女の睡魔は何処かえ消えていった。


「さて…………。やりますか…………。」


 ある決意を固めた優香は隣に住んでいる家族と同じぐらい近しい人物へ会いに行く。






 隣の部屋の前へとやってきた優香はチャイムを鳴らす。


【ピ~~~ン、ポ~~~ン】


 家主が出てくるのを待ち続けるが、反応は全くと言ってもいいほどなかった。家主は出かけているかのように…………。


『トントン…………。」


 居留守を使っている可能性を考えた優香はドアを叩く。直接、話しかけることにしたのだ。


「隣に引っ越して来た宮間優香です。」


 まずは丁寧な言い方で声をかける。裕太が聞いて簡単に信じるかは別として、優香は自分が怒っていないことをアピールしているのだ。


「神崎裕太さん…………。いらしゃいますよね?」


 これは完全にブラフだ。優香も裕太が自宅にいるかどうかだなんて知らない。昨日の彼の行動を踏まえた結果、在宅している可能性が高いと思ったからこの行動に出たのだ。


「居るのは分かってるんですよ…………? 大人しく…………、出て来てくれますよね?」


 ねっとりとした雰囲気を漂わせつつ、精神的に揺さぶりをかけていく。一応これも演技ではある。


「ねぇ? ほら? どうしたの?」


 なかなか出てこない裕太に対していら立ちが募ってきたかのように優香は話し方が丁寧ではなくしていく。気分が乗ってきたのか、それとも彼女の本来の性格が出てきたのかは分からないが、本当にヤンデレ化したような雰囲気が漂い始めている。


「早く出て来てよ…………。」


 段々と下がっていく声のトーン。自然と瞳から光は消え、口角を吊り上げる優香。


「ねぇ…………。ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ…………!」


 恐ろしく不気味な笑みを浮かべた少女がそこにはいた。とても演技だとは思えない状態ではあるが、本人は演技であると言い切るであろう。たとえそれが、彼女の本性であったとしても…………。


「裕太? 私にあんなことまでしておいて、捨てるだなんて…………。」


 重要な部分だけ抽象的にしたり、なくしたりすることによって、あたかも優香が裕太にそれはそれは酷いことをされたように聞こえるよう工夫しているのだ。人には裕太が優香に酷いことをして挙句の果てに、捨てた糞男の様に聞こえるであろう。


「酷いよね…………?」


 何も悪いことをしていない裕太にとってはとんだ大迷惑である。まぁ、優香の部屋が角部屋であることは不幸中の幸いかもしれないが、噂話はあっと言う間に広がることを知っている裕太にとっては何の慰めにもならないであろう。


 余談だが、その日ご近所さんは皆何かしらの用事で出かけていたため、優香の言葉を聞いたものはいない。


「それぐらい、分かるでしょ?」


 作戦も大詰めである。もし、ここまでして反応がなければ裕太は外出中であると考えるしかない。


「だから早くここを開けて出てきて…………。」


 より一層、暗くねっとりとした身の毛もよだつような雰囲気を強くしていく…………。


「裕太…………? ほら早く…………。裕太、裕太、裕太、裕太ゆうたゆうたゆうたゆうたゆうたゆうたユウタユウタユウタユウタユウタユウタ…………。」


 名前を連呼し続ける優香。これまでの言動は優香と彼女の母である宮間美涼、そして裕太の母である神崎双葉たちが一生懸命考えだした作戦である。彼女がヤンデレ化したかのような雰囲気を出していたのもすべて作戦の一つであった。


 裕太に救いの手を差し伸べる家族は誰もいない。裕太と優香の二人のこれからの新たな日常はすでに避けることのできない未来へとなっていたのだ。








「あれ? 本当に居ないのかな?」


  結局、反応はなかった。


「こんなに言ったらさすがに出てくると思ったのに…………。」


 先程までは室内にいると思われる裕太にも聞こえるようにしゃべっていたが、在宅していない可能性が高くなったため、声量を落して普通にしゃべり始めた。声のトーンから雰囲気まで先程までのヤンデレ風の感じは幻の様に消え去っていた。


「双葉さんに教えてもらった裕太を部屋から出す方法が利かないだなんて…………。」


 ちなみに、優香が先程まで病んでいるような発言を繰り返していたのは裕太の母である双葉による入れ知恵である。双葉も昔、ヤンデレ状態であったことがあった。その時の経験を生かしたアドバイスだ。


「こら…………。」


 優香がこれからどうしようか悩んでいると隣にいた彼女の母――宮間美涼に声をかけられた。


「あっ! お母さん!」


 先程まで夫――宮間誠二と買い物に行っていた美涼が戻ってきたのだ。誠二はと言うとちょっとした野暮用でここにはいないが、すぐに戻って来るだろう。


「そんなに言ったら誰でも出てこれないでしょ…………。」


 自分たちが考えた作戦ではあるが、思わずドン引きしてしまっている美涼。夜の高めのテンションで考えたからこのような事になったのだ。今更後悔しても遅い。


「?」


 首を傾げる優香。


「それはそうでしょ…………。さっきの優香はちょっと怖かったもん…………。」


 美涼も少し怖かったらしいが、優香的には全然怖くないらしく何を言っているのか分からないと言う顔をしている。


「ふ~~~ん…………。そうなんだ…………。」


 納得しきれていない優香。先程の状態で怖くないなんて思うのは裕太と優香ぐらいだ。


「本当にいないのかな…………?」


 じっと裕太の部屋を見つめる優香。そもそも、インターホンを鳴らした時点で出てこなければ不在だと思うのが普通である。誰も、脅してまで呼び出そうとする人間なんてなかなかいない。


「今日は諦めなさい…………。」


 頭を抱えている双葉。自分の娘が良からぬ方向に進んでいるような気がしてきてしまったのだ。


「はぁ…………。仕方ないかぁ…………。」


 少し心残りがある優香。もう少し粘るつもりだったのだ。


(私が止めなかったいつまでも経っても諦めなかったかも…………。)


 自分の行動が正しかったことを改めて認識した美涼。彼女には裕太と優香が仲良くやっていってくれることを願うことしかできない。


「まぁ、気長に待ちなさい…………。」

「時間はまだまだたくさんあるんだから…………。」


 これからは隣同士で同じ学校。裕太と会えるいくらでもある。今急ぐ必要はないと思っている美涼だが、優香にとってはそうではない。


「これを使って明後日には蹴りを付けるよ…………。」


 手にあるものを握り締める優香。


 彼女にはある大きな問題がある。普通の食べられる料理が作れないのだ。このまま裕太に頼れなければ、いつまでもインスタント食品を食べる羽目になってしまう。体に悪い以上に太りたくない優香には避けたいことなのだ。


「そう…………。」


 優香の真意を何となく察した美涼はそれ以上は言わなかった。自分も同じ立場であれば全く同じことをすると思ったのだ。







 美涼と誠二は優香の新居で夕食を取ったのち、帰っていった。二日分の食事を作り置きしてくれた母に感謝しながら、作戦を決行する日を今か今かと待ちわびる優香であった。



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