第12話 襲来 裕太side【修正済み】



 ソファーで寛ぎだした俺だが、そんな時間もすぐに終わりが来た。なぜなら…………。



【ピ~~~ン、ポ~~~ン】



 チャイムが鳴ったのだ。数日前、隣の部屋に誰かが引っ越してくると言う噂を小耳にはさんでいた裕太はその新しい隣人が挨拶をしに来たのだろうと思い、インターホンの前に向かった。そして画面を見る。訪ねて来たのは…………。


「……………………。」



(これは気のせいだな、見なかったことにしよう。)


 そう現実から目をそらした裕太は再びリビングのソファーの下へと帰る。


「隣に引っ越して来た宮間優香です。」

「!?」


 いくら目の前の現実から目をそらしても、それが変わることはない。やはり訪ねて来たのは先ほど見た通り優香だった。それだけであれば、裕太もこれほど驚かなかっただろう。一度は彼女が来ていることを目にしているのだから…………。


 一番衝撃を受けたのは優香の隣に引っ越してきたという言葉であった。もしその言葉が真実であれば、何やら面倒なことを押し付けられる羽目になったのだと理解した。


『トントン…………。」


「神崎裕太さん…………。いらしゃいますよね?」


 『いますか?』という疑問形ではなく、『いますよね?』という居るのは分かっていますからねというアピールをしているのだ。


「……………………。」


 身じろぎ一つせず固まっている裕太。ここで出ていくのは得策ではないと考え、居留守を使うことを決心する。そっと気配を押し殺す。今、彼は目の前に迫っている危機を回避しようと試みているのだ。


 ここで優香が何事もなく去って行ってくれることを心の底から願った。だが、現実はそれ程甘くはない。


「居るのは分かってるんですよ…………? 大人しく…………、出て来てくれますよね?」


 ねっとりとした雰囲気を漂わせ、精神的に揺さぶりをかけてきたのだ。


 ドアの向こうには、死神が居る。裕太はそう確信する。毎回ではないが、優香は怒ると背後に黒い影が現れる。それが裕太には不気味な笑みを浮かべた女の死神に見えてしまうのだ。


 最近、その死神を目にしていない。二人が関わる機会がここ三年間明らかに少なかったのもあるが、一番は優香自身が昔より精神的に成長を果たし、怒りを上手く制御できるようになってきたからであろう。


「ねぇ? ほら? どうしたの?」


 なかなか出てこない裕太に対していら立ちが募ってきた優香。話し方が丁寧ではなくなっている。


「早く出て来てよ…………。」


 段々と声のトーンが下がっていく。


「ねぇ…………。ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ…………!」


 優香が部屋の外で同じ言葉を連呼している中、部屋の主である裕太は目を閉じ、正座をして心を落ち着けようとしていた。だが、心の中ではかなり慌てていて…………。


(俺は何も知らないし、聞いていない…………。)


 現実逃避している最中であった。これは優香が訪ねて来たことと彼女が隣りへ引っ越してきたと言うことを認めることができずに居るからである。決して、今の優香が怖いと言う話ではない。むしろ彼の中では懐かしいな言う印象が強いと思い込んでいる。


 正確に言えば、そう思い込もうとしている。なぜなら、裕太はここで優香のことを恐ろしいと感じたら最後、自身に不幸が降りかかると直感的に思ったからだ。今回は前回の様に物理的なお仕置きを受けていないことが彼に取っての唯一の救いなのだ。


 どうせ最終的には彼女による復讐を受けるはめになることは目に見えているのだが、今はそのことに関して触れてあげないほうが良いだろう。


「裕太? 私にあんなことまでしておいて、捨てるだなんて…………。」


 裕太は優香に特に何もしていない。ただ一つを覗いて…………。


 それは、数日前に優香が裕太の下に訪ねて来た時偶然彼女をドア越しに突き飛ばしてしまったり、頼みを断りそのまま放置したことだ。そのことを聞いた人が勘違いするような聞こえ方をするようにわざと言っているのだ。


「酷いよね…………?」


 裕太的にはそれほど悪いことをした覚えはない。


「それぐらい、分かるでしょ?」


 いきさつを聞いた人は理不尽極まりない言われようだなと思うだろうが、事情を全く知らない人にとっては裕太が全面的に悪いようにしか聞こえない。優香もそれを狙っての発言だ。


「だから早くここを開けて出てきて…………。」


 裕太も彼女の発言には恐ろしさを感じているものの、必死に心を押し殺して耐えている。今ここで出てしまえば優香の思うつぼだと思っているのだ。実際そうなのだろうが…………。


「裕太…………? ほら早く…………。裕太、裕太、裕太、裕太ゆうたゆうたゆうたゆうたゆうたゆうたユウタユウタユウタユウタユウタユウタ…………。」


 ここまで言われて出てこようとしない裕太の心の強さは尊敬に値する。同じような体験を数え切れぬほど味わった彼の父である神崎慎史であってもこれほどまでの意志の強さはないであろう。それによって幾度となく繰り返された悲劇。慎史と双葉の過去に一体何があったのか、それは彼らのみが知ることだ。


「……………………。」


 優香の声が聞こえなくなっても目を閉じて、じっと気配を殺し続けている裕太。すぐにまた声がする可能性を考え警戒しているのだ。






――十分後…………。


「……………………。」


 いまだ玄関から声がすることはない。






――三十分後…………。


「…………。」


 案の定、裕太は座ったまま眠りについてしまった。長時間同じ体制な上、目をつぶっていれば寝てしまうのも致し方ないことだろう。











――二時間後…………。


「っ…………!!」


 裕太はびくりと身体を震わせたのち、ようやく眠りから覚めた。よほど疲れていたのか、座ったままの体制であってもかなり熟睡できていたようだ。


「あれ? いつのまにか寝ちゃってたのか…………。」


 辺りを見回しながら、そう呟く。しかっりと起きておくつもりだったが、抵抗空しく睡魔に負けてしまったのだ。


「…………。」


 ふと優香が来ていたことを思い出した裕太は、気配を押し殺し玄関まで音をたてないようにしながら向かう。


(もう、いないよな…………。)


 さすがに二時間以上も経っていれば、優香がドアの前に立っているなんてことないとは分かっている。だが、確認せずにはいられなかったのだ。


 あれほどの怒りをぶつけられたのは初めての出来事だったからである。


(ふぅ…………。)


 玄関先を確認し終えた裕太は自室のベットで寝転がる。


(なんであんなに怒ってたんだろう?)


 天井を見つめながら、今回の様になってしまった原因を洗い出していく。


(あの日の出来事以外、原因となりえるものはないか…………。)


 いくら考えても、先日の夕食の件だけでここまで怒られるとは考えられない。その他にも何か原因があるのではないかと思ったが、まったくと言ってもいいほど心当たりがなかった。


「食べ物の恨みは怖いな…………。」


 最終的には食べ物の恨みだったという結論に至った。これからの優香への対応をしっかりと考えておいたほうが良いのかもしれないと思っていた裕太だが、インスタントラーメンで夕ご飯を済ませているうちにそのことはすっかりと頭から抜け落ちてしまうのであった。








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