第21話 きっかけ




 裕太が自宅のソファーで寛いでいると、玄関のドアが開く音がした。優香がやってきたのだ。そして…………。


「ただいま~~!」


 リビングに入ると同時にそこにいた裕太に向かってそう言った。裕太は優香の方に向き直りながら、返した。


「お帰り。」


 ごく自然に挨拶をしている二人。ここは裕太の部屋なのに優香が『ただいま』と言うのは明らかにおかしいにも関わらず、二人ともまったく気にしていない様子。いや、むしろその不自然さにすら気が付いていないのかもしれない。


 どちらにせよ、二人の心の距離は歩と真理のバカップルが過去の真相を明かしたおかげで再会した時よりも確実に近づいている。とは言っても、二人とも距離を量り兼ねているのは変わっていない。


「今日は早かったね。どうしたの?」


 優香は裕太の隣に腰をかけつつ、訊ねた。ここ最近の裕太の帰宅時間はいつも優香よりも遅かったのに、今日は早く帰ってきていたのか疑問に思ったのだ。


「学級委員長としての仕事が一段落付いたからな…………。」

「大変だったね…………。」


 裕太は先生からの指名を受けて学級委員長になった。優香も裕太と同じく担任の先生から指名を受けた。入学試験で二位の成績を取っているのだから、学級委員長に指名されるのも頷ける。だが、優香は裕太と違って、お断りさせてもらった。


「…………。」

「…………。」


 二人の会話は余り続かなかった。沈黙の中、平静を装っている二人だが…………。


(な、なんて話せばいいんだ…………。)

(ど、どうしよう…………。話す内容が見つからない!)


 心の中ではめちゃくちゃテンパっていた…………。そして、そんな二人が導き出したのは…………。


「わ、わたし、宿題があるから取ってくるね!」

「お、俺はご飯作ってるよ!」


 逃げることだった…………。いそいそと二人ともソファーから立ち上がりながら、自分がこれからすることを相手に伝える。そのまま、二人はそれぞれがしなければならないことを始めてしまった。






 二人がそれぞれ行動を開始してから二時間ほど経った頃…………。


「ねぇ、裕太は宿題ないの?」


 宿題が終わらせて、ソファーで寛いでいた優香が声をかけた。すると、料理をしている裕太が…………。


「あぁ…………。」

「えーー! いいなぁ…………。」


 そうやって、愚痴を漏らす優香。とは言っても、同じ先生が同じ内容を教えているので後々には同じ宿題が出される。そんなこと分かってはいるのだが、優香は勉強が嫌い。それは裕太も同じ。やはり、愚痴をこぼしてしまうのはやむおえないことだろう。


 その短いやり取りだけでまたしても終わるかと思われていた二人の会話は、優香が大切な事を思い出したことで回避されることとなる。


「あっ!」

「?」

「明日の放課後、一緒に生徒会行こうね。」

「なんだよ急に…………。」


 唐突に生徒会に行こうと言い出す優香。それに驚いた裕太は訝し気に彼女のことを見ている。


「あれ? 裕太は知らないの?」

「何をだ?」

「入学試験で主席と次席になった人は必ず、生徒会に誘われるって…………。」

「え?」


 そんなことは初耳だった裕太。驚きのあまり料理の手を止め、呆然としている。その様子を見た優香は意外そうに裕太のことを見ている。優香は裕太ももちろんそのことを知っているとばかり思っていたのだ。


「知らなかったんだ…………。」

「あ、あぁ…………。」


 落ち着いてきた裕太は再び料理をし始めた。


「でも、何で俺には明日の放課後生徒会室に来るよう言われてないんだ?」

「あぁ、それはね…………。今日の昼休み、生徒会長が私に明日の放課後生徒会室に来るよう伝えられた時、『はい、分かりました。主席の神崎君にも伝えておきますね。』って言っておいたからだよ!」

「なんだ、そう言うことか…………。」


 優香の説明に納得した裕太。優香が生徒会長にそう伝えていたのなら、裕太を訪ねてこなかったのも頷ける。


「明日の放課後、生徒会室だな…………?」

「うん。忘れずにね。」


 もう一度優香に確認を取った裕太。ここで二人の会話は終わるかと思われたが、そうはならなかった。優香が声を発したからだ。


「えっ~~~と、その…………。」


 何かを心に決めた優香はソファーの上からキッチンの前へと向かった。


「裕太…………。」


 優香は恥ずかしそうに俯きながら、もじもじしている。


「なんだ?」


 そんな様子の優香を目にした裕太は、どうしたのかよくわからず、首を傾げている。


「明日、生徒会室に行くときは一緒に行ってくれないかな? 一人だと心細くて…………。お願い!」


 優香が裕太に向かって手を合わせつつ、頼んだ。よく目立つようなことをしている優香だが、本当は裕太と同じく目立つことが苦手な人間なのだ。彼女との付き合いが長い裕太もそのことは知っている。だから…………。


「わかったよ…………。」


 裕太は肩をすくめ苦笑いを浮かべながら、彼女の頼みを了承した。その答えを聞いた優香は…………。


「ありがとう!」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら、お礼を言った。





(断られなくてよかった~~~!)


 優香は断られるかもしれないとびくびくしていたからか、心底ホッとしている。


 優香にとってこの頼みは賭けだったのだ。裕太が自身ことを嫌っていないと分かってはいるものの、目立つことを避けている彼が学校でも関わってくれるかどうか心配だった。でも、生徒会に一緒に行くと言う名目であれば裕太が拒否する可能性が低い。


 これならいけると思って、実行に移したのだ。そして、優香はその賭けに勝つことができた。彼女はこれを足掛かりとして、裕太との関係を修復しようと考えている。





(断らなくてよかった…………。)


 一方、裕太はと言うと、今まで優香とのかかわりを避けていた名残で彼女の頼みを聞いた瞬間、反射的に拒否しかけた。でも、裕太はのど元まで来ていた言葉を飲み込み、頼みを受け入れた。


 もしここで断っていようものなら、また中学生時代の様に優香と気まずくなってしまっていたことだろう。裕太もこれだけは避けたかった。一緒に生徒会に行くと言う誰にも怪しまれないようなほんの小さなことから始めていく。


 そうすることで、優香との関係を修復したいと考えている裕太であった。






 なんだかんだ言って、相手との距離を縮めたいと考えている二人。でも、そのための行動ができるかどうかは別の話。




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