第20話 通い夫 裕太side【修正済み】



<昼休み>



 授業が終わりクラスメイトが騒ぎ出す中、裕太は独り外の景色をのんびりと眺めていた。


「お~~い! 裕太、一緒に昼めし食おうぜ!」


 裕太の沈黙を破ったのは他ならない彼の親友の歩だった。


「あぁ、いいぞ…………。」


 その返事を聞いた歩は隣の席をから椅子だけを引っ張て来た。裕太の机の右側に椅子を置き、座った。裕太は歩に訊ねた。


「山村と一緒に食べなくていいのか?」


 歩と真理はすでに学校内でも有名なバカップルとなっている。その片割れである歩が何故、自分と食べようと誘ってきたのか裕太にはそれがよくわからなかったのだ。歩が最愛の恋人との時間をけってまで裕太と昼食を取りたいと思うなんて考えられない。普段の二人なら、周りに砂糖をぶちまけながらイチャイチャ食べさせ合っているだろう。


 だが、その疑問もすぐ解消されることとなる。


「真理はお前の幼馴染と食べるらしいから大丈夫だ。」


 裕太はそれを聞いて納得した。真理と優香は小学生時代からの親友だ。その二人が一緒に食べるとなると歩も間に入りずらい。それで歩は裕太の下にやってきたのだ。


 だが、二人の本当の目的は裕太と優香の関係をからかうことだった。優香も真理に誘われ、屋上で昼食をとっている頃だろう。歩は裕太を、真理は優香をからかうのが好きだ。そのため、歩と真理は別々で食べることとなったのだ。そのことはからかわれる側である裕太と優香が知るところではない。


 教室に居る二人は各自の弁当を机の上に広げた。


「おぉ、裕太も手作り弁当か?」

「あぁ。歩は山村の手作り?」


 歩と真理は中学生の時から付き合い始めた。学校で弁当を持参しなければならないときは、真理が歩の弁当を作っていた。


「そうだ! 世界一可愛い恋人の手作り弁当だ!」

「惚れ気話は別の所でやってくれ…………。」


 のろけだした歩に裕太は的確なツッコみを入れる。そんな裕太は過去のバカップルたちの行動を思い出してしまい、胸やけがしている。裕太が胸をさすっていると…………。


「そう言えば裕太、宮間とは仲良くやってるのか?」

「ぼちぼちだな…………。」


 歩は目的を果たすため、裕太に聞いた。だが、思ったより収穫がない。


「仲が悪いわけじゃないんだろ?」

「どうだろうな…………。優香が俺を嫌っている可能性もあるし…………。」


 幼馴染コンビ二人は互いに勘違いしている。似た者同士だ。それに少々呆れつつ、歩は聞き返した。


「裕太は宮間がお前を嫌っていると思うのか?」

「それはないと思いたい…………。」


 これからは最も長い時間を一緒に過ごすであろう人物に嫌われているなんてことあって欲しくないと思う裕太。


「はぁ…………。宮間は裕太の事嫌ってないよ…………。」

「そんな根拠ないだろ…………。」


 頭を抱え、呆れ気味に真実を伝える歩。だが、裕太はその言葉を砂をに信じる様子はない。そのことが分かっていた歩は過去のある出来事について話し始めた。


「中学生の頃、宮間がいじめに遭っていたことあっただろ?」

「あぁ…………。」


 優香は中学生時代にいじめに遭っていた。そんな彼女を救い出したのは裕太だった。だが、優香はその事実を知らない。


「裕太は宮間をいじめていた奴らに制裁を加えたんだったけ…………。それで、いじめがなくなったのはよかったのだが、逆にそいつらがお前に復讐しようとしてたらしい…………。」

「もう少しきつく懲らしめておくべきだったかな…………。それにしても、そんなことがあったんだなぁ…………。まぁ、覚悟はしていたがな…………。でも、復讐なんてされてないぞ?」


 そのことを思い出した裕太は当時の怒りが再燃してしたせいか、ぼそりとそんなことを呟いた。その影響からか、優香をいじめていた人たちがブルりと体を震わせてしまったのは別の話だ。


 話を戻すが、裕太も彼女たちに復讐されることは覚悟の上だった。だが、実際に復讐されることはなかった。その理由は…………。


「それはだな…………。」

「うん…………。」

「宮間がキレた。」


 二人は沈黙した。キレた優香を目にしたことのある歩。そして、彼女に怒られたことのある裕太。そんな二人は分かっている。優香がキレると危険だと言うことを…………。


「それでどうなったんだ? 何となく予想はつくけど…………。」

「キレられた奴らは全員、失神した…………。」


 裕太の予想通り、優香の怒りに触れてしまった彼女たちは全員気絶してしまったらしい。彼女たちは命の危険すら感じたことだろう。そして、裕太にはその惨状を目にしたバカップルがどうなったのか容易に想像できていた。


「ほぉ…………。で、お前たちは?」

「腰を抜かして、小一時間真理と抱き合ってた。」


 こちらも裕太の予想通り、所かまわずイチャついてたらしい。裕太は歩にジト目を送る。そんな彼は裕太の視線から目をそらした。でも、歩は反省をして真理とイチャイチャするのを学校では自重しようなんてこれっぽちも思ってなどはいない。


「自重と言う言葉をそろそろ覚えてくれ…………。」

「? 何か言ったか?」


 裕太の心からの叫びに対して歩は、首を傾げた。裕太の声が小さかったからか、歩は聞き取れなかったようだ。裕太は溜息を吐く。そんなこと言っても無駄だと言うことを彼と付き合いの長い裕太は知っている。それでも、言わざるおえなかったのだろう。


 バカップルのブレーキ役となっている裕太と優香だが、二人とも気が付いていないことが一つだけある。彼女たちの心を潰せたのは結果的にではあるが、二人で協力したおかげだと言うことを…………。


 裕太が心を弱らせ、優香がとどめを刺す。無意識のうちに連携を取っていた二人。どちらかが欠けても彼女たちの心を折ることはかなわなかっただろう。他人のことに対しては敏感なのに、自分たちのことになった途端どこかのラブコメ主人公のような鈍感人間になってしまう裕太と優香であった。


 歩は裕太に確認してなかったことがあったことを思い出し、聞いた。


「確認なんだが、裕太は宮間の事嫌ってるなんてことないよな?」

「そんなわけないだろ。」

「ふ~~ん…………。ならいいんだ…………。」


 歩は裕太が優香のことを嫌っているのかと思ってしまったが、そんなことになっていなかった。歩はそれを聞いて少しだけホッとしているようだ。


「ま、裕太が宮間のために激怒していたことから考えて嫌ってないことは何となく察してたがな…………。」

「なら、何で聞いたんだよ…………。」

「言っただろ。確認だ、確認。」


 本当に確認のためだけに聞いた歩。そんな歩だが、一つだけ疑問が残ったままだった。


「でも、何であんなに激怒したんだ? 裕太は今まで一回しか怒ったことないんだろ? しかも、その初めてが宮間のためって…………。」


 歩の言う通り、裕太は今までに一度しか怒ったことがない。それも、自分のためなどではなく他人のため。ただ怒りるだけでなく、激怒だ。別の人格があるのかと思うほど、当時の裕太の起こりようは尋常ではなかった。


「俺にもよくわからないんだよな…………。」


 裕太は後頭部を掻きながら、苦笑いを浮かべる。


「何であんなに激怒してしまったのか…………。う~~ん…………。優香が校舎裏でいじめられているのを偶然目にしたのがきっかけだったのは分かるんだがなぁ…………。」


 裕太は本当に偶然、優香がいじめられているところを目にしてしまったのだ。噂には聞いていたが、悪戯程度だと聞いていたのでその時までは裕太もそこまでは気にしていなかった。悪戯がエスカレートしだしたら、優香も誰かに相談するだろうと考えていたからだ。


 でも、裕太が目にした時点で彼の主観でだが、もう悪戯程度の範囲にとどまるようなものではなくなっていた。それを目にした途端、彼の中で何かが決壊してしまった。


「それで、最終的には優香がまだいじめられているって思うと耐えれなくなって、容赦と言う言葉を忘れてやってしまったと言うわけなんだ…………。」

「あぁ、うん…………。そうだったんだな…………。」


 何とも言えない表情を浮かべる歩はそういうしかなかった。そして、歩は聞いた。いや、聞いてしまった…………。


「もしかして…………。」

「?」


 ふと何か思い当たる節を見つけた裕太は呟いた。


「妹…………。」

「お前の妹がどうしたんだ?」


 裕太の『妹』という呟きを聞いた歩は彼の実の妹である神崎理華のことが思い浮かんだ。


「あっ、いや、理華の事じゃなくて優香のことだよ…………。」

「宮間のこと?」


 だが、歩の予想した理華ではなく幼馴染である優香のことを言っていたのだ。


「あぁ…………。もしかして俺があんなに激怒したのは優香を自分の妹の様に思っていたのが原因かもしれないと思ってな…………。」


 よく仲良く遊んでいただけではなく家族ぐるみでの関係があったため、もう理華も含めた三人は兄妹と言ってみいいほど距離が近いのだ。裕太も理華のことだけでなく優香のことも色々と気にかけていたこともあってか、無意識に妹のような存在だと思うようになっていたのだろうと予想したのだ。


「確かにその理由が一番しっくりくるな…………。」

「だろ?」


 歩も裕太の予想に同意する。


「あの時みたいに宮間の身に危険が及んだら裕太、お前はどうする?」


 そんなことを裕太に聞いてきた歩。裕太は少し考えるそぶりをする。


(あの時みたいなことがあったら…………? そんなこと…………。)


 裕太は少しだけ当時のことを思い返してみる。すると自然と怒りが湧いてきた。彼の中で何かが蠢いている。そう、ドス黒い感情が…………。


『彼とあなた…………。どちらも同じ…………。だから、変わらない…………。何一つ…………。』


 イライラし始めた裕太は感情を抑えるため、机に伏せた裕太の耳元で誰かが、囁きかける。さっと、声のする方向に振り向いては見たものの、そこには誰もいなかった。


 だが、確かに何かが居ることだけははっきりと分かった。それが何者なのかはわからないが…………。


 そっと吹いてきたそよ風が裕太の頬を撫でる。まるで囁きかけてきている彼女が撫でてきたかのように…………。


『フフフフフ…………。愛してる…………。これからも…………。ずっと、ずっと…………。永遠に…………。』


 ズシリと音がしそうなほど重い愛を語る姿の見えない彼女。気配だけは感じ取れているものの、彼女の姿までは目にすることができなかった裕太。


『だから、二度と離さないで…………。わたしを…………。うんん…………。彼女を…………。それが彼と私の最後の約束…………。守ってね…………。彼女のため…………。それ以上にあなたのために…………。』


 その言葉を言い残してその気配は消えていった。


「おい! 大丈夫か?!」


 歩は体調が悪くなってしまったのかと彼のことが心配になり、慌てて声をかけた。そして、肩に触れようとした。でも、できなかった。


 裕太の目から光がすっと消え失せた。それとは反対に彼から優香の放っていたものと同種の雰囲気が放たれ始める。裕太から噴き出してきたドス黒い雰囲気によって歩は動けなくなってしまった。


「っ…………!?」


 驚きのあまり声が出なかった歩。彼は今まで見たことのない裕太の様子に恐怖を覚えている。


(やっぱり激怒しそうだな…………!)


 優香の身に危険が迫る。そのことを想像しただけで激しい怒りを覚える裕太。彼自身も何故こんなも激しい怒りを覚えるのかわからない。でも、嫌なものは嫌なのだ。今まで感じたことのないほどの怒りを覚えるほどまでに…………。


(チッ…………。)


 これほどまでの怒りを感じるとは思っていなかったらしく、こぶしを握り締め奥歯を噛みしめている。裕太はそっと深呼吸をして心を落ち着かせる。


「はぁ…………。ふぅ…………。」


 荒れ狂っていた裕太の心の中が落ち着くと同時に気が抜けてしまった裕太。それによってある音がなってしまうこととなる…………。


『グ~~~~…………。』


 裕太のお腹の虫だった…………。


 裕太は歩と話し込んでいたせいで、いまだに昼食を取れていなかったのだ。幸か不幸か、そのおかげで禍々しいオーラは晴らされることとなった。先程の女性の声は空腹のあまりに幻聴が聞こえてしまっただけなのかもしれないと思う裕太。


「…………。」

「…………。」


 裕太と歩の間には何とも言えない空気が流れている。居たたまれなくなった裕太はその空気を無視して、弁当を黙々と食べ始めた。歩もそれの少し後から食べ始めた。二人は食べ終わるまで無言のままだった。













 弁当を食べ終えた歩は少しだけ裕太と会話をしてからが教室を去った。その後、裕太が一人ボーっとしていると彼のスマホが鳴った。それに気が付いた裕太が確認すると、一通のメールが届いていた。そのメールの送り主は真理だった。


 内容を確認すると『あなたの大切な通い夫の幼馴染』という題名だった。


(通い夫…………、か…………。上手いこと言ったな…………。)


 裕太は心中で真理へ称賛の言葉を送る。


(まぁ、俺にとって優香は手間のかかる妹的な存在なんだがな…………。)


 カップルや夫婦みたいと言われることは何となくではあるものの予想出来ていた。だが、それは人が見ての印象であって自分たちの認識ではない。彼らにとって自分たちは兄妹のような関係なのだ。それほど長い時間、一緒に過ごしてきたのだ。どちらが弟か妹かについては要審議ではあるが…………。


 裕太はメールに添付されていた写真を見る。それは、優香が屋上で嬉しそうに舞っている姿を収めたものだった。その瞬間、胸にちくりとした痛みが走る。少し顔をしかめた裕太だが、その痛みは一瞬だけの物だった。


 優香の写真を眺めつつ、裕太は歩の言っていたことを思い出した。そして…………。


「帰ったらお礼言わないとな…………。」


 そんなことを呟いた裕太は、窓の外の景色を眺めつつ物思いにふけるのであった。












<おまけ1>


―人気のない、ある教室―



「? この雰囲気はあの二人ね…………。」


 ある気配を察した少女はそう呟いた。


「ふふふふ…………。やっぱり、変わってないのね…………。」


 ずっと、ずっと前から気配の主を知っている少女は二人のいる方向を眺めながら懐かしんでいる。


「あの二人からすれば初めましてかしら…………?」

「まぁ、どちらにしても…………。」


 微笑を浮かべる。その姿は人によっては不気味に映るだろう。でも、少女はそんなことこれっぽちも気にしていない。なぜなら…………。


「会えるのが楽しみには変わりないか…………。」

「待っているわよ…………。二人とも…………。」


 そう言い残して、少女はその場を後にした。






<おまけ2>


「フフッ…………。」


 少女が怪しく笑う。


「変な笑い方するな…………。」


 少年が少女の頬を引っ張りながら、そう呟いた。


「いひゃいよ~~!」


 少年の方を向きながら、膝の上に座っていた少女が彼をポコスか叩きながら講義する。そんな彼女の頬から手を離し、抱き締める少年。少女も抱き締め返す。固く抱き合った二人は…………。


「大好き…………。」

「私も大好きだよ…………。」


 愛を伝えあっていた。軽く抱きしめなおした二人は会話を始めた。


「さっきのって…………。」

「たぶんね…………。」


 ほとんど会話していないが、二人には相手が何を言っているのか理解できている様子。


「ちょこっと刺激与えただけであんな感じになるなんてね…………。」

「それをお前が言えるのか…………?」


 微笑を浮かべてあの時のことを思い出している少女。その少女を見つめながらそう返す少年。それに対して少女は…………。


「それを言ったらあなたもでしょ?」


 彼を見つめ返しながら言った。そして…………。


「「ふふっ…………!」」


 顔を見合わせていた二人は同時に吹き出してしまう。二人は軽くキスをしてから、再び固く抱きしめ合い幸福に浸るのであった。



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