第19話 通い夫 優香side【修正済み】



<昼休み>




「優香~~! 一緒に昼ごはん食べようよ!」


 優香が一人でご飯を食べようと机の上に弁当を出していると、真理が昼食を一緒に取ろうと誘ってきた。


「うん、いいよ。」

「よし、今日は天気もいいし屋上で食べよ!」


 優香はその誘いを受け入れ、弁当を持つ。そのことを確認すると真理は優香の手を取った。そのまま、屋上へと連れていくつもりのようだ。


「あっ、ちょっと…………。」

「早く行かないと、時間なくなるよ!」


 優香は真理に連れられ、教室を後にした。




「おぉ、本当にいい天気だね!」

「うん! あっ、…………。」


 屋上にたどり着いた二人はしばしの間、心地よさそうに春のそよ風に吹かれていた。


「ふぅ~~~。風が気持ちいい~~~!」


 両手を広げ、くるくる回りだした優香はにこやかに微笑んでいる。


 青空の下の屋上で美少女が風に吹かれながら舞っている。その神秘的な雰囲気。その光景を眺めていた真理は…………。


「ふふふっ…………。楽しそうで何より何より…………。」


 そう呟いて、スマホを構えた。


『カシャ。』


 一枚だけ写真を撮った。そして、撮影を終えた真理がスマホをポケットにしまったと同時に優香は自分がはしゃぎ過ぎていたことに気が付いた。優香は今までの行動を思い出して、羞恥心からか赤面して身もだえしだした。


 顔を自分の両手で隠している優香を見て、真理はくすくす笑っている。


「う~~! 笑わないでよ…………。」

「うぐっ…………。ごめんごめん。」


 ぷくりとほおを膨らませて不満だと言う意思表示をしている優香。優香のギャップにやられてしまった真理は素直に謝った。


「私、なんてことを~~~!」

「私以外見てないんだから気にしない気にしない! それにほらほら、早くしないとお昼食べる時間なくなっちゃうよ!」

「う、うん…………。」


 そうやって優香を慰めつつ、真理は持参していたレジャーシートを床に敷きその上に座った。自分の座った場所の横を叩きながら、


「ここに座っていいよ!」

「ありがとう。」


 その場にお礼を言いながら、優香は腰を掛けた。いまだに優香は羞恥心で顔を赤らめているが、真理はそのことを気にする様子はない。


 元の状態に戻った優香と真理はそれぞれ持参した弁当を開封する。


「おぉ、優香のお弁当おいしそう!」

「真理のお弁当もおいしそうだね! 手作り?」


 二人は互いの弁当を褒め合いながら食べ始めた。


「うん、そうだよ! 歩の分も毎日作ってるしね。」

「お熱いことで…………。」


 優香と真理が二人で一緒に食べていなければ、歩と真理が一緒に昼食をとっていたころだろう。そして二人でお砂糖を周囲にばらまく。そんな二人のラブラブさを知っている優香は呆れ気味にそう呟くほかなかった。


「くしゅん!」

「風邪?」


 突然くしゃみをした真理。優香は心配そうに彼女を見つめる。でも、真理は調子を崩した様子はなく心配しなくていいことを告げる。


「大丈夫、大丈夫! 気にしないで!」

「ならいいんだけど…………。」


 いまだに心配そうにする優香。実際、真理は風邪なんて引いていない。健康そのものだ。くしゃみが出たのは全く別の理由からだったりするが、今の彼女らが知るところではない。


「そう言う優香は、旦那の手作り弁当?」

「旦那じゃなくて裕太のね。」


 ニヤリとした笑みを浮かべながら、真理は優香のことをからかう。それに対して動揺するそぶりすら見せずに突っ込みを入れる優香。小学生からの付き合いである二人はなんだかんだ言って本当に仲がいい。


「そう言えば、優香は神崎の部屋に通ってるんだよね?」

「通っているっていうよりかは、お邪魔してるっていう感じかな?」


 裕太の家に毎日行っているので、『お邪魔している』と言うにはしては行く頻度が多すぎる。だが、優香はそのことに気が付いている様子はない。すると、真理は…………。


「毎日、行ってるんだよね?」

「それはそうだけど…………。」


 何故、毎日お邪魔していることを確認されるのか分かっていない優香はキョトンとしている。そんな彼女に真理は真実を伝える。


「それを世間一般では通ってるっていうんだよ…………。」

「そうなの!」


 指摘されてようやく気が付いた優香は驚きのあまり目を見開いた。その状態のまま、固まってしまった優香に追い打ちをかけるように真理は更なる衝撃的な言葉を告げる。


「もうあれだね。通い妻だね、優香は。」

「えっ…………。」

「でも、家事は全然してないから通い妻っていうのも少し違う気が…………。あっ、そうだ!」

「何…………?」


 衝撃的なことを言われ過ぎた優香は少しお疲れモードになってしまっている。元気のなくなっている優香は真理に聞き返した。そして、真理は口を開く…………。


「通い夫! これがしっくりくるよ!」

「夫って何! 私は女の子だから妻です!」


 優香は失敬なと言わんばかりに言い返した。女の子なのに夫なんて言われたら誰でも嫌だろう。


 そんな優香は気が付いていない。自分が真理の手のひらの上で踊らされていることを。真理の発言は優香が突っ込みを入れることも計算に入れての物だったのだ。


「ほう…………。それは神崎の妻だと言う宣言と取っていいのかな?」


 優香は真理の裕太の嫁発言に全く動じる様子もなく、首をこてんと傾け普通に指摘を入れる。


「何言ってるの? 裕太はただの幼馴染だよ?」

「素で返された…………。」


 真理はからかおうと思って言ったのに全然慌てなかった優香に驚きを隠せない。予想を裏切られたのだから致し方ないだろう。優香はからかわれたらいつも動揺しまくるにもかかわらずだ…………。


 気を取り直した真理は優香にこれからのことについて訊ねた。


「でも、これからどうするの? 今まで疎遠だったんでしょ? 気まずいんじゃないの?」

「まぁ、うん…………。気まずいね…………。裕太は私の事嫌ってるみたいだし…………。」

「ん?」

「皆に言われたから仕方なく私と関わってるみたいだから…………。」


 優香の言葉を聞いて真理は首を傾げるほかなかった。彼女は知っていたから。裕太が優香を嫌っているわけではないと…………。


「神崎は優香の事、嫌ってないよ?」

「えっ? だって裕太、私といると不機嫌そうな顔してるもん…………。」

「それは距離を量り兼ねてるだけだよ…………。優香も神崎との距離を量り兼ねているところはあるでしょ?」

「まぁ…………。」


 優香と裕太は三年間も碌に会話なんてしてこなかった。そんな二人が急接近するのだ。二人とも距離感が掴めずどうすればいいのかよくわからないなんてことが起きるのも普通だろう。


「それに、嫌いな人を助けるなんてこと誰もしないでしょ?」

「どういうこと?」

「あれ? 神崎から聞いてない? 昔、優香をいじめられてたことあったでしょ?」

「うん…………。」


 優香は中学生時代、いじめに遭っていた時期があった。勉強、運動共に人並み以上に出来、その上容姿も抜群な優香。そんな彼女が嫉妬の対象になるのも必然的だろう。


 いじめを受けるようになった決定的な原因は、ある女子が好きだった男子が優香に告白し、振られたことだろう。その男子を好きだった女子は優香への今まで以上に強い嫉妬心を持った。彼女は自分と仲のいい人たちを集め、複数人で優香へのいじめを開始した。


 最初は悪戯程度たった。だが、その悪戯は段々エスカレートし始めた。そんな折…………。


「いじめをしていた人たちを神崎が裏から手をまわして制裁を加えてたよ。」


 それに対して怒りを露わにした裕太が、彼女たちを精神的にではあるが完膚なきまでに潰した。例えば、彼女たちが好きだった男子たちにいじめをしていると言う情報を与え、彼らから嫌われるように仕向ける、そんなことまでしたらしい。


 最終的には決定的な証拠を押さえた後、彼女たちにその証拠を叩きつけいじめをやめさせたらしい。のちに裕太は…………。


『自業自得だから仕方ないよね!』


 にこやかにこう言ったらしい。その時の裕太の目からは光が消えていたとか消えていなかったとか…………。


「そんなことあったんだ…………。お礼言っておかないとね…………。」


 目を閉じ、胸の前で手を組む優香。その瞼には少しだけ光るものが見えた。自分が助けてもらったこと、それ以上に昔馴染みから嫌われてないと知れたことがそれほど嬉しかったのだろうか。それとも…………。


「ほらほら、泣かないの…………。」

「えっ? あぁ…………。ありがとう…………。」


 真理は涙が目じりにたまった優香に見かねて、ハンカチを差し出す。それを受け取った優香は自分が涙を流していることにその時初めて気が付く。優香が目じりを受け取ったハンカチで拭いていると…………。


「話は変わるんだけど、優香って二重人格?」

「何でそんなこと思ったの?」


 真理が突然妙なことを優香に問うた。だが、真理からその疑問が出てくるのも必然的と言っていいだろう。それは過去の出来事が起因している。


「昔、優香が神崎を助けたことあったでしょ? その時の優香の纏っていた雰囲気が、私の知っている物とは明らかにかけ離れてたからさ…………。その時にもしかしたら優香は二重人格なのかなぁと思って…………。」

「あぁ…………。あの時かぁ…………。確かに私も何であんな感じになったのか分からないんだよね…………。」


 昔、裕太の身にとある災難が降りかかりそうになった。その時、優香は裕太を助けるため行動したことがある。彼女をよく知っていて、そしてその出来事についてよく知っている者は口々に言った。当時、優香が纏っていた雰囲気は全く別の誰かのようだったと。


 彼女たちに怒りをぶつけた時、優香の目から光は消えていた。その上、不気味な笑いを浮かべ続けていたらしい。その時の優香を目にしてしまったあるバカップルが恐怖の余り腰を抜かしてしまい、小一時間抱き合ったままだったと言えばわかりやすいだろうか。


 優香に貸したハンカチを返してもい、ポケットにしまった真理。彼女は当時のことを思い出してたことが原因で少し震えながら話を続けた。


「普段でも怒った時の優香は怖いのにあの時は全く別物だったよ。」

「そうだったのかな…………?」


 優香は口元に手を当てつつ、当時のことを思い返してはみたものの記憶は曖昧だった。でも、…………。


「ただ、こう…………。何かに突き動かされるように動いていたと言うか…………。う~~ん…………。なんて言えばいいのかな…………?」

「まぁ、そのことについてはもういいや…………。」


 真理はそのことにいくら触れても、優香があの時の様になってしまった理由はつかめないと思った。優香もいまいち覚えていないようだから…………。


「それじゃあ、一つ聞きます!」

「はい、何でしょうか!」

「もし、あの時みたいなことが裕太の身に起きたら優香はどうする?」


 その言葉を聞いた瞬間、優香の肩がピクリと動いた。それとほぼ同時に彼女からドス黒いオーラが滲み出てくる。そう、あの時の様に…………。


「そうだね…………。ふふふふふ…………。」


 少し首を右に傾け、不気味な笑顔を浮かべだす優香。そして、目から輝きは失われ、漆黒に染まっている。その表情を見た真理は恐怖からか、顔が引きつってしまう。


「容赦のかけらもなく、全力でそれに関わった人を潰しちゃうかな? 精神的に…………。」


 にこやかに放った言葉はとても恐ろしいものだった。抑え込んでいたものを解放したのか、その言葉を放った途端優香のドス黒い雰囲気は量だけでなく、密度さえも桁違いに跳ね上る。これこそ、優香が一度だけ激怒した時にその身に纏っていたオーラだった。


「ひっ…………。」


 真理はと先ほどからもう震えっぱなしである。


「フフフ……………………。ま、冗談だけどね!」


 明るい声で否定する優香。その瞬間、禍々しい空気は跡形もなく消え失せていた。だが、真理にはその言葉が信用できなかった。


「冗談には聞こえないよ…………。」


 異常なまでの恐ろしい空気に当てられていたのでぐったりとしている真理はそう呟いた。その時、彼女は決意した。この事には二度と触れないでおこうと…………。


「まぁ、裕太は私にとっては弟みたいなものですから!」

「だから、怒るの?」


 優香の発言に対して聞き返す真理。それに対して優香は当然とばかりに胸を張りながら宣言する。


「大事な弟を守るのがお姉ちゃんの大事な役目!」

「う~~ん…………。お姉ちゃん?」


 真理には優香がお姉ちゃんとは考えられず、ジトッとした視線を投げかけている。


「料理も出来ないのに…………?」

「うっ…………!」


 ちくりと胸に刺さる言葉。優香も料理が全くできないことをかなり気にしているのだ。傷口に塩を村れた優香は、視線をあらぬ方向へ向けたまま真理と視線を合そうとすらしない。


「家事は何かできることあるの?」

「…………。」


 反論できるようなことが全くない優香は…………。


「ないでしゅ…………。すみません…………。」


 ガクリと肩を落としながら、気落ちしてしまった。


「どっちかっていうと優香の方が妹だど思うんだけど…………。」

「…………。そうかもしれない…………。」


 今までの優香と裕太の二人で過ごしてきた日々を鑑みるとそう言わざるおえなかった。


「誕生日も私の方が後だし…………。」

「年齢の話ではないんだけど…………。」


 結局、優香が裕太の妹みたいではないのかという可能性を見つけてしまった二人は微妙な空気のまま空を見つめつつ、食事を再開するであった。









 そうこうしているうちに二人は弁当を完食していた。


「トイレ行ってくるね!」


 そう真理に告げてから一時的に屋上を後にする優香。彼女が帰ってくるまで屋上には真理、ただ一人しかいない。真理は一つ思いついた。そして、それを実行に移す。


 真理はスマホをポケットから取り出し、ある人物に先ほど撮影した優香の写真を送った。こんな題名と共に…………。


『あなたの大切な通い夫の幼馴染』


(やっぱり、二人は兄妹じゃなくて夫婦って言った方がしっくりくるよねぇ…………。)


 仲のいい男女が居るとカップルや夫婦の様に見えてしまう年頃なのだからこう思うのも仕方のないことなのかもしれない。


「くふふ…………。」


 真理は受け取った相手がどんな反応をするのか楽しみにしながら優香の帰りを待つのであった。



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