番外編 バレンタインデー記念



<悲しみの雨降るバレンタイン>







 一人の男子高校生が黒く染まった空に向かって呟いた。


「今年も何もない普通の日だったな…………。何で俺にだけ春はやってこないんだろうなぁ…………。あの三人はどうせ本命チョコ貰っているだろうしなぁ…………。はぁ…………。」


 何もないバレンタインデーを過ごしている彼には三人の親友がいる。同じ高校には通っていないが、中学生時代特に仲良くしていたのだ。彼ら三人ともに恋人がいる。そう、この男子高校生だけにはまだ春が訪れていないのだ。


あいつら全員に春が訪れたと言うのに何で俺だけ取り残される羽目になってるんだろうな…………。」


 そうは言いつつも、彼にも好きな人はいる。だが、…………。



「ねぇ、ちょっとこっち来なよ。」

「やめ…………。」


 彼の好きな人は今さっき同級生たちの集団に連れていかれた女の子だった。だが、彼はいまだ彼女に話しかけることすらできていない。


 今の彼には彼女をあの場から救う勇気さえない。彼の親友たちならそんな勇気など、とうの昔から持っていることだろう。親友と彼の決定的な差はその一つだけ。でも、その大きな差が彼を苦しめ続ける。彼にとってはその一歩がどうしても踏み出せないのだ。


 その小さな、だが彼に取っては大きな一歩。それが彼の心に一つの影を落としている。好きなのに救えない。救いたいのに救えない。そんな苦しみに彼の心は蝕まれている。


「っ…………。」


 男子高校生――奏良は声にならない叫びを残し、走り去っていった。




 彼のこれからなすであろう一つの決断が、ある一人の人間の運命を大きく左右するものとなることも知らずに…………。

















『ザァーザァー』


 激しく雨が降り注ぐ中、人気のない校舎裏で一人の傷ついた少女がうずくまっていた。綺麗だった髪が雨と涙で濡れてしまい顔に張り付いている。


 彼女はゆっくりと俯いていた顔を上げ、黒く染まった空に向かって呟いた。


「こんな私でもあなたは好きになってくれる…………?」


 雨と涙でぬれたその少女はここに居ない誰かに向かって問うた。その問いはそっと暗闇に飲み込まれていった。


「誰か助けて…………。」


 再び俯いた彼女の発した、助けを求める声は誰にも聞こえない。だが、そんな彼女――茉菜を助けたいと思い続ける人はまだいる。ただ一人、たった一人だけ。でも、その人こそが彼女にとって最後の救いの手を差し伸べられる唯一の人間。


 その人との出会いが彼女の運命を決定づけるものとなる。その運命の日。それが彼女に残された最後の分かれ道。選択の時は刻一刻と迫ってきている…………。













 彼らの『時』が動き出すのはまだ少し先の未来…………。












<あとがき>

 時系列は本編より少し後です。これは唯一まだ本編に登場していなかった裕太の三人いる親友のうちの一人のお話。


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