第17話 手紙(裕太視点)



 俺は意を決して、封筒を開いた。ところが中から出てきたのはまた、封筒だった。それも二通。


「…………。」

「あれ? 二通? なんで?」


 優香も二通もの手紙が入っているとは知らなかったらしい。裏返してみるとそこにはきちんと送り主の名が記されていた。横に座っていた優香も俺の手元を覗き込むようにして送り主を見た。それにしても顔が近い…………。


「私の両親はともかく、神崎一家として一さんと双葉さんからもかぁ…………。」

「知らなかったのか?」


 俺は視線だけ動かし、優香の方向を見た。相変わらず優香の顔は俺の顔のすぐ横にある。もう少し離れて欲しいのだが、言っても聞き入れてはくれないだろう。むしろ言ってしまえば、からかわれそうだ。


「見てないからね。」


 優香は俺から距離を取りつつ、答えた。まぁ、開けてないのは分かっていたが、誰からの手紙が入っているか聞いていないとはなぁ…………。優香の両親から来るのは当たり前として、もし来るとしても俺の両親と理華からは神崎一家からとして一通しか来ていないと予想していた。


(これ本当に読まないとダメなのか…………。)


 出来れば読みたくないと考えていると…………。


「開けないの?」

「いや、開けるよ。」


 優香に催促されてしまった。仕方がない。まずは優香の両親である誠二さんと美涼さんからの手紙を読むとしよう。再び、優香も俺の手元を覗いてきた。一緒に読むつもりらしい。優香にも見えやすいように俺と優香から丁度同じ距離になるようなところで手紙を開き、二人で読み始めた。





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誠二より

 裕太、優香の事よろしく。いろいろと頑張ってくれ!



美涼より

 裕太、優香の事よろしく。いろいろと頑張ってね!



追伸

 優香は料理ができないので毎食作って食べさせてね。優香のことをどうかお願い。もし、優香から食事を作ってくれていないと言う話があれば、あなたの両親に通報します。覚悟してください。ともかく、いろいろと大変だろうけど頑張ってね! 




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「…………。」


 脅し文句が入ってる…………。これは逃げられる気がしないんだが…………。もう完全に外堀が埋められてますよね…………。俺に唯一残されたのは、優香の面倒を見ると言う選択肢のみだ。どうせ、俺の両親も優香の味方になっているだろうし…………。


「お母さん、お父さん。グッジョブ!」

「苦労を掛けられる身にもなれ。まったく…………。」


 俺が気落ちしている頃、優香はと言うと、自分の両親に感謝の言葉を述べていた。優香は基本的にすべての家事ができない。つまり、俺が優香普通するであろう家事を全て俺がこなさなければならないと言うことだ。こちらとしては迷惑極まりない話なのだが、優香にとっては幸運としか言いようのないことだろう。


 誰か助け…………てはくれないよなぁ…………。さっきだって親友とその彼女に裏切られ、優香のことを俺一人に押し付けられたばかりだ。こんな怒ったら鬼のようになる奴を、だ。はぁ…………。


 そんなことを考えていると、おでこの辺りに激痛が走った。


「痛っ!」


 目の前に回り込んでいた優香にデコピンをくらわされたようだ。俺は自分のおでこをさすりつつ、ぼやいた。


「急にデコピンなんてして来るなよ…………。」

「だって、さっきなんか私に対して失礼なこと考えていたような気がしたから…………。」


 俺の目をじっと見ながら、理由を話す優香。何で俺が優香に対して失礼なことを考えていたことに気が付いたのだろうか? ひとまず言い訳を…………。


「正直に答えて? ねっ?」

「あの…………。えっと…………。」


 やばい。やばい。優香が甘い声で俺を落としにきている。どう考えても、白状させる気満々だ。先ほどだって、優香の甘い声を聞いた瞬間、つい白状しかけてしまった。焦る俺、追い詰める優香。優香はゆっくりと俺に詰め寄っているので物理的にも追い詰められている。全然言い訳が思いつかない。どうすれば…………。


「ナンニモカンガエテナイヨ…………。」

「じゃあ、何でそんなに冷や汗を掻いているの?」


 冷や汗だらだらな俺は片言になりながら誤魔化すほかなかった。おまけに優香から視線を逸らしつつだ…………。


 いやいや、どう考えても怪しさ満載だろ! 優香が俺に疑いの目を向けてきている。それだけでなく冷や汗掻いているのにも気が付かれていたし…………。ふっ、こうなったら開き直るしか…………。


「まぁいいや。裕太の可愛げな寝ぼけ眼を見られたから、今私機嫌いいし。」

「…………。」


 俺としては良かったと言えばいいのか、良くなかったと言えばいいのかすごく複雑な気持ちだ。あの寝ぼけた顔に免じて許されるなんて…………。屈辱的だ! それに二度目だが、優香が可愛いって言うと嫌味に聞こえかねないからな! まぁ、言ってもよく分からなさそうだがな…………。


 今はそんなこと置いておいて、俺の両親からの手紙を読むとするか…………。



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母より

 裕太、優香の事よろしく。そして、ガンバレ!



父より

 裕太、優香の事よろしく。そして、ガンバレ!



妹より

 お兄ちゃん、お姉ちゃんの事よろしくね。



追伸

 もし優香のことを邪険にして、毎食作らなかったときは実家に帰ってこさせるからね? その時は覚悟しなさい。一人暮らしを続けたいのなら、優香の面倒をしっかりと見ること。分かった? 優香や美涼たちと連絡を密にしておくので逃げられると思わないことね。苦労が絶えない日々になるでしょうけど頑張ってね!


 余談だけど、準備ってしておいて損なことはないからね?




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 結論。俺は逃げられません。そして、誰も俺を助けるつもりはないそうです。というより、助けてくれる人はいません。やっぱりみんな、優香の味方になっている。


「はぁ…………。」


 ため息をつくほかない。いや、ため息をついたところでこの現状を打破することはできない。もう観念して素直に優香の面倒見るかなぁ…………。正直言って優香のことを嫌いなわけではない。外の人間に俺たちの関係が知られなければいいだけの話だし、そこまで優香を避ける必要もなかったのかなぁ?


 それにしても、なんだったのだろうか? 手紙に書かれていた最後の言葉。意味深な感じがするものの、俺にとっては謎の言葉でしかない。何の準備をしておけなのかハッキリと書いておいて欲しいものだ。俺の両親って大事な言葉抜かすことあるんだよなぁ…………。電話で聞こうかな? 手紙の言葉の意味について俺が頭を悩ませていると…………。


「裕太…………。」

「ん? どうした?」


 優香が俺をしっかりと見据えつつ、俺の名前を呼んできた。何かを固く決意したような眼。一体何を決意したのだろうか? その後に続いたものそれは…………。


「好き…………。」

「はぁ?」


 彼女が少しだけ顔を紅潮させながら放ったのはこんな言葉。その言葉は俺の予想をはるかに超えるものだった。





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