第16話 合鍵(裕太視点)

「何でお前がここに?」


 本当に何でここに居るんだ? まさか俺、鍵を閉め忘れてたのか? いや、そんなはずはない。俺はきちんと鍵を閉めたのだ。何度か確認したのだから確実と言ってもいいだろう。なのになぜだ?


「あぁ、この合鍵で入ったのよ。」


 あぁ、なるほど…………。合鍵かぁ…………。その線があるなんて思いもしなかったなぁ…………。


「あぁ、なるほどなぁ……………………。ん?」


 俺は首をひねった。こいつの言っていることの不自然さに気が付いたのだ。どういうことだ?そもそも、なんで俺の部屋の合鍵を持ってるのだろうか? 俺がこいつに自宅の合鍵を渡すなんてありえない。


「って、いやいや、何でお前がここの合鍵持ってんだよ!」


 危なかった…………。そのまま納得してしまい、合鍵のことを忘れてしまうところだった。完全に忘れてしまう前に気が付けて良かった。それにしてもこいつ、俺が忘れることも計算のうちいれての行動だったのだろうか?もし、そうなら…………。


「裕太? 私の呼び方?」


 凍り付くような雰囲気醸し出しつつ、にこやかに笑いかけてきた。ただし、目は笑っていない。思わず俺は思考を止めてしまった。俺の生存本能がそうさせてしまったのだろう。その本能に任せ、俺は勢いよく頭を下げた。


「あっ、はい。すみません、優香さん!」

「はい、それでよろしい。」


 はぁ…………。怖かった…………。


「そういった話はおいおいするとして、ひとまずは私服に着替えよっか?」

「あぁ、そうしよう。」


 俺はそれに賛同し、自室へと引っ込んだ。少しするとドアの開閉音が聞こえてきた。おそらく優香も着替えに戻ったのだろう。はぁ…………。着替えを早めに終わらせてお茶の準備でもしておくか…………。



 ちょうど俺が着替え終わり、お茶を出しているところに優香が帰ってきた。俺は机の前に座った。さてこれからここは戦場になるな。俺はそう覚悟を決めた。


 俺が深呼吸していると優香も俺の目の前に座った。思わず彼女から目が離せなくなってしまった。それにしても本当にかわいいよな…………。それに優香の私服なんて見たのは何年ぶりだろうか?


「どうしたの? ぼ~っとして?」


 目の前の優香が首を傾げた。一つ一つの仕草が優香の可愛さを引き立てている。今現在優香に見惚れてしまっている俺だが、もちろんそんなことを言えるわけもなく…………。


「いや、何でもない。」


 誤魔化すほかなかった。はぁ…………。こんな調子でどうするのやら…………。これからどうなるかわからんが、ただ一つ確実なのは優香とこれまで以上に関わる機会が増えると言うことだ。この程度の事でうろたえていては優香のペースに飲まれかねない。気を付けなければ…………。


「さて、どれから話したらいいのやら…………。」

「まずは合鍵について教えてくれ。」


 一番気になることは合鍵の出どころだ。一体どこから俺の部屋の鍵が流出したのだろうか?


「うん! 分かった~~。」


 俺が出しておいたお茶を飲み終えた優香は気の抜けるような返事で返してきた。


 上手いこと言って誑かされるだろうと思っていただけに素直に答える気があることに対して、驚きを隠せない。でも、何とか俺の心のうちを優香に気が付かれることはなかった。まさかそんな簡単に答えてくれるとは思いもしなかったなぁ…………。


「その前にそこのソファーに座らない?」

「いいけど……。どうしてだ?」

「そっちの方が気楽に話せるかなぁと思って。」


 優香の言うことにも一理ある。床に座っていたら、変に力が入ってしまい冷静に物事が見えなくなりかねない。そんな事になれば、俺に不利な状況が産み出されるのは想像に固くない。


「あぁ、いいぞ。」


 そう答えた俺は、後ろにあるソファーに腰を掛けた。それにならって、優香も俺の隣に腰を掛けた。先程以上に物理的な距離が近づいた俺たち。優香がゆっくりと息を吸う。そして、合鍵の出どころについて話し始めた。


「これはね…………。双葉さんが渡してくれたのよ。」


 双葉さん? その名前には心当たりがある。しかも俺の身近な人に…………。それは俺の母さんだ。まさか、母さんが優香に俺の部屋の合鍵を渡したのか?


「母さんーーーー! 何してくれてんだよ!」

「はいはい、叫ばないの。よしよし。」


 そう言いつつ、俺の頭をなでてきた。あぁ、気持ちいい~~。癒される~~~。この感じ懐かしいな…………。小学校低学年頃はよく優香に撫でられていた気がする。はぁ、段々眠たくなってきたなぁ…………。もう寝ようかな…………?


「…………。」


 優香がニヤニヤしている…………。何故だろう…………。それにしても本当に眠たいな…………。昨日はよく眠れていなかったしなぁ…………。瞼がもう少しで引っ付きそうだ…………。


「…………。」

「寝ていいよ?」


 優香が天使のような微笑みを浮かべながら、俺にささやいてきた。睡魔に負けようとしたその時、俺は何か大切な事を忘れていることを思い出した。何だったのだろう…………。確か、俺の家の合鍵をなぜ優香が持っているかだったか…………。そのことを思い出したと同時に俺の意識は覚醒した。


「って、おいこら! やめろ!」


 先ほどの微笑みは天使のような微笑みではなく悪魔のような微笑みだったようだ。それに気が付かず、優香に眠らされてしまうところだった。危ない危ない…………。


「あら? いいの? 随分と幸せそうな顔してたのに? 可愛かったよ?」

「うっ…………。」


 下を向いたままの俺の顔を覗き込むように微笑みかけてきた。幸せそうな顔をしていた自覚はあるのだが、可愛いなんて言われたくはなかった。男なのに可愛いなんて言われる俺っていったい…………。それに、すごくかわいい優香に言われると嫌味に聞こえてくるな…………。


「それにしても昔のこと思い出すなぁ~~。」

「…………。」


 そんなことを考えていると、しみじみとした様子で優香がそんなことを呟いた。


「昔もよく私に頭撫でられていたよね?」

「昔は昔、今は今だ。今の俺は昔とは一味も二味も違うからな!」


 俺は意地を張るように言い返した。実際、嘘ではない。昔と比べてできることもだいぶ増えたのだから。

運動は…………。まぁ、忘れてくれ…………。


「さっきの顔は昔から全然変わってなかったのに…………。本当かなぁ…………?」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、なんでもないいよ。」


 優香が首を振った。優香が何かつぶやいたような気がしたが気のせいだったようだ。だが、それも本当か怪しい。俺からの追求から逃れるために否定した可能性も…………。


「あっ、そうだ! これ渡しておくね。」

「なんだこれ?」


 う~~ん。なんか、優香のペースに完全に飲まれているような気がする。そんなことを考えつつ俺は優香が渡してきた封筒を受け取った。これは一体何だろう? この封筒の感じ的に中身はおそらく手紙だろう。でも、誰からだろうか? 裏返してみたものの送り主の名が記されていることはなかった。


 それ以上に今、俺が気になったのは一つある。それはこの封筒を優香が何処から出してきたのかだ。全く予想が付かないと言うより考えてはいけないことだと俺の本能がけたたましく警鐘を鳴らしているので、今は気にしないでおこう。触れるな危険って言うやつだ。


「理華から渡された手紙。あっ、後私の両親からの手紙も入ってるみたいだよ。」


 俺の妹である神崎理華と優香の両親からの手紙だったらしい。理華の手紙に関しては俺の両親からの伝言も含めての手紙だろう。すごく嫌な予感しかしない。何故だ?


(読みたくねぇ…………。)


 口には出さなかった心の叫びは誰にも知られることもなく、心の奥深くに消えていくのであった。



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