第10話 消えない腐れ縁【修正済み】




「なっ…………!」


(何で優香がここに居る!?)


 優香の登場によって裕太は驚きのあまり、椅子から転げ落ちそうになってしまった。彼は彼女が同じ高校に入学してくるなんて思いもしなかったのだから当然かもしれない。いや、正確に言えば、予想はしていた。


 昨日、優香が裕太の家を訪ねて来た。彼が彼女を追い返したのち、わざわざここまで来た理由を予想していたのだ。その中には自分と同じ学校に入学する予定の彼女が下見に来ていたと言う理由もあった。だが、その予想を彼はずっと否定し続けていた。


 よっぽど彼女と同じ学校に通うことになってしまうのが嫌だったのだろう。それによって優香の登場に対して驚愕してしまうような事態に陥ってしまったのは言うまでもない。




 裕太がふと周りを見渡すと周囲の人たちの突き刺さるような視線がこちらに向けられていた。彼は先程、驚きのあまり自分自身では気が付かぬうちに声が口から漏れてしまっていたのだ。それは小さな呟きだった。だが、周囲の人間にはしっかりと聞こえるものだった。


(しまった…………!)


 このようなことには慣れていなかった裕太は右往左往するしかなかったが、それも少しの間だけであった。


 優香が口を開いたのだ。これによって、彼に向けていた視線は全て壇上へと向けた。これには彼も救われたが、まさか優香が新入生代表だとは思いもしなかった。そもそも、裕太は彼女がこの学校に来ることすら知らなかった。それもやむを得ないことだろう。中学生時代は一度も話していなかったのだから…………。


 冷や汗がだらだらと流し続けながら、ひたすら息をひそめている。今は優香の挨拶が終わるのをただただ待ち続けることしかできない。


(優香と同じ学校になっているだなんて…………。)


 こんな大事なことを家族が知らないはずもないことは裕太にもわかっている。


(はめられた…………?)


 考えうる理由は自分が優香の家族だけでなく自身の家族にすらはめられたと言うことぐらいだ。今後もかかわることが分かっていたからこそ、昨日優香が訪ねて来たのだ。


(終わったな…………。)


 同じ学校に居る以上、いつまでも彼女と関わらずに済まされるなんて都合のいい展開にはならない。確実に昔一度だけ食らった『お仕置きと言う名の拷問』を受けることになるだろう。そのことを考えると思わず身震いをしてしまう裕太。


(これからどうしよう…………。)


 今更どうこう言って何か変わるわけではないことは分かっていても、考えてしまう。いくら逃げてもその場しのぎにしかならず、むしろ彼女の怒りを増す要因にしかなりえない。


 裕太が優香に対して後ろめたいことはそれだけではない。今回の新入生代表挨拶だ。これはもともと裕太がする予定だったが、面倒くさかったからと目立ちたくなかったからという理由で断らせてもらったのだ。これに関してはよい選択であったのは変わりない。


 新入生代表挨拶は入学式の中でも特に目立つ。裕太のような影の薄い人物よりも優香のような人目を引くような存在感を持っている者がすることで場のしまりが良くなる。そう言った理由もあって断ったものの、役回りが回ってきた優香にとってはそんな理由は関係ない。


 ただ、自分に面倒な役回りを押し付けられたと言う結果しか分からない。しかもそれが自身の幼馴染ともなれば簡単に怒りの矛先を向けることができる。これは二人が本当の家族の様に育っていたからこそ生まれたメリットであり、デメリットである。


(それにしても…………。優香はすごいな…………。)


 気配を周りに溶け込ませている裕太だが、きちんと優香の新入生代表挨拶は聞いている。


 挨拶の言葉はあらかじめ決めていただろう。だが、今の挨拶は校長の話を踏まえたものとなっている。こんなことは簡単にできることではないだろう。裕太は凄い、その一言しか思いつく言葉がなかった。


 自分だったなら、そんな難しいことはしなかったであろう。どう考えても緊張状態の中で、そのような芸当ができるとは思えない裕太は人前に出ることになれている優香に任せてよかったなと一人心の中で思う。たとえ、そのことが原因で自身が優香に締め上げられることになったとしてもだ。


「私は自分の行動に責任を持って行動するとお約束したいと思います。」


 彼女の挨拶はそんな一言で締めくくられた。彼女は一礼をしてから壇上から降りている。優香はいまだ裕太がどこにいるのか気が付いていない様子。裕太は心の中で祈った。自分に気が付きませんように、と。そう思った瞬間、彼女の視線がこちらに向いた。


(あっ、やべっ。気付かれた…………。)


 優香は少し微笑んでから自分の席に帰っていった。そのおかげで、式場は少しざわついてしまうこととなった。みんな自分に向けて微笑んだように錯覚したのだ。その印象が強すぎることと、彼女の表情がはっきりと見えなかったこともあり、大半の人があることに気が付くことはなかった。



 目が全く笑っていなかったことを…………。そして彼女が『ミ、ツ、ケ、タ…………。』と心の中で薄ら笑いを浮かべていたことに…………。


 あれは完全に俺に対して向けられたものだった。そもそも、あれは微笑んでいるわけではなかった。何故、みんな気がつかなかったのだろうか? 優香の目が全く笑っていなかったことを。


(あの顔…………。)


 自身の行く末がほぼ決まってしまったことを自覚しつつ、思考を巡らせていき、ある結論に至ることとなる。


(全部知っていたってことか…………。)


 自身と優香だけが知らずに行動していたのかもしれないとも思っていた裕太だが、そうではなかったことにようやく気が付く。優香は今回の事、全て知っていた。その上で彼女は自分が有利になるような状況を作るため、両家の家族の協力を受け計算しながら行動していたのだ。


(ははは…………。俺は優香の手のひらで踊らされていたってことか…………。)


 昨日の突然の訪問。そして、裕太が自分の頼みを聞かずに追い返すことすらも…………。


(どれだけ避けていても縁が切れることはない…………、か…………。)


「はぁ…………。」


 ため息をつく。


(本当に腐れ縁だな…………。)


 いくら切ろうとしても、切れることはない縁。その見えない何かによって二人は離れようとしても、避けようとしても、何故かできない。


 ただの幼馴染。それだけだとは考えずらいほどの縁だ。


(まぁ、仕方ないよな…………。)




「これにて入学式を終了します。起立、気を付け。礼。」


 そうして幕を閉じる入学式。


「続いては…………。」


 教頭先生はいまだ話し続けている。









 必要事項の伝達も終わり、今日は解散となった。同じ中学校出身のものに声をかける者もいれば新たな友人と共に話をするものも居る。




(今日はとりあえず逃げるか…………。)


 荷物を持った裕太は賑やかさが増していく式場から一人、いそいそと逃げるように式場から去っていく。その背中を遠巻きにじっと眺め続ける優香。そして、その二人を興味深そうに見つめている五人の人間。





 彼らはまだ知らない。これから優香と裕太を中心に巻き起こっていく波乱の数々。


 彼らの向かう先に待っているのは幸福? それとも絶望? それは誰にも分からない。




 それでも、時間は進み続ける。






 あの日、あの時、あの場所で…………。









 終わりを告げたはずの時すらも…………。

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