第9話 入学式【修正済み】



 先生による指示があるまで、ただひたすら待ち続けている新入生たち。そんな彼らの中には今この暇な時間が苦痛でしかないものもいるだろう。その一人である裕太がボーっと空を見つめていると隣に座っていた一輝が話しかけてきた。


「裕太、暇だな…………。」

「あぁ…………。」


 出会ったばかりではあるが、普通に話せている二人。これは二人にとっていい出会いだったのかもしれない。


「そういえば、こんなうわさ、知ってるか?」

「?」


 ふと、何かを思い出した一輝は裕太に声をかけた。 


「今年の新入生代表挨拶は目を見張るような美少女がいるらしいぞ。」

「そうなのか?」


 裕太が美少女と言う言葉を聞いて真っ先に思い浮かべた人物は優香であった。彼の知り合いの中で一番の美少女と言えば彼女だ。彼女は裕太が今まであった人の中でも比べ物にならないほどに可愛くて、綺麗なのだ。


 余談だが、もともと新入生代表挨拶は裕太がする予定であった。だが、彼が断ったことでその美少女がそれをするはめになった。その美少女さんにとってはとんだ大迷惑だ。


 裕太も彼女には申し訳ないと同時に、やはり自分が出なくて良かったと思っている。こういった目立つような仕事は人の目を引くような人がすることが一番いいだろう。自分みたいな目立たない人間がしても絶対にしっくり来ないのは明白だと思っているようだ。


「余り興味が無さそうだな?」

「まぁな。その人と関わることはないだろうからな。」

「まぁ、確かにその通りだが…………。興味ぐらいは持つと思ったんだがな………。」


 普通なら持つかもしれないが、裕太にとってそんなことはどちらでもいいことなのだ。その人と関われるそんなものは幻想。現実を見たほうが良いと思っているのだ。ただ、優香のような美少女と彼が関わっている時点で現実身は薄れてしまっている。


 裕太と一輝はそれ以降も他愛もない話をしていく。入学式が始まるまで暇だったので、お互い話し相手が居たことは嬉しいことのようだ。


 二人の話に区切りがついたと同時に…………。


「では、新入生の皆さん入場してください。」


 先生によって指示が出された。それに従い新入生たちは式場へと入場していく。そして、席に着いた。これから多くの人にとっての憂鬱な時間の始まりだ。睡魔に耐えながら、この時間を過ごさなければいけないのかと嫌になってくる裕太。そんな彼も入学式が始まると同時に諦めた様子で、姿勢を正すのであった。






「これより今年度の入学式を始めます。一同起立。気を付け。礼。」


 教頭先生のこの一言から入学式が始まった。


「まず初めに校長先生からのご挨拶です。」


 その言葉を受け、校長先生は壇上に上がっていく。校長先生を見た裕太は彼をどこかで見かけたことがあるような気がした。


(何処で会ったんだ?)


 そんな疑問が裕太の頭の中をよぎった。


 でも、彼がそれ以上考え続けることはできなかった。校長先生は式場に居る人の心を引き込むような雰囲気を出していたからだ。壇上に全ての人の視線が向いたと同時に校長先生は口を開いた。






「まず始めに、皆さん入学おめでとう。この高校を選んだ理由は人それぞれだろう。だが、私はどんな目的であれ三年間と言う短い高校生活を楽しんでもらいたい。」

「また、高校では中学生時代とは周囲の環境が大きく変わり、今までと比べてより自由に過ごせるだろう。それと同時に自分自身の行動に責任思って行動することがこれまで以上に大切になってくる。」


 はじめは今までの校長と違う雰囲気のような気がしたが、やはりこの校長も同じような内容しか話さないのだなと愕然とした。もう半分以上は聞き流そうかなと考え始める裕太。しかし…………。


「勉強や友人との関係、そして恋愛など楽しいことは沢山あるだろう。しかし、自分の行動に責任を持つことそれだけは大人になっても絶対に忘れずにいて欲しい。」


 次の言葉は違った。


「それを忘れて行動した時、自分自身が苦労することは当然だが、周囲の人間が一番苦労する。こんなことは起きて欲しくない。」


 少しだけ彼の眼もとに光るものが見える。


「だからどうか、誰かの心に傷をつけるようなことはしないで欲しい。そして誰かの大切が消えてしまうようなことはあってはならない!」

「これは、私からの唯一つのお願いだ。」


 それは心からの叫びだった。裕太にはこの人の過去に何があったのかは知らないし分からない。でも、…………。


「最後に私は、この三年間が君たちにとって忘れられないかけがえのない思い出となることを心から祈っている。」





 校長先生の話は短く単純なものだった。でも、皆の心に突き刺さるような言葉だった。中学校の校長先生の挨拶の様に長くそして、ありふれたような言葉によるものではない。高齢者ドライバーやあおり運転による痛ましい事故、そんなことが起きている今の日本のことを踏まえた話だったからだろうかと思う裕太。


 校長先生の言っていたっことは、似たようなことであれ誰でも一度は言われたことがあることだろう。それと同時に忘れやすい言葉でもある。誰かの大切な人が消えてしまう、そんな悲劇が訪れないことを心の底から願うゆえの言葉なのだ。


 まるで、大切な人を失ったことがあるような、そんな雰囲気が彼からは出ていた。その証拠に最後、彼は誰かのことを思い出したかのように涙をこらえていた。そして、彼の言葉には裕太が今までに感じたことがないほどの強い思いがそして、確固たる意志がこもっていた。


 彼は自分の生徒が誰かの大切な人の命を奪ってしまうことや大切な人を失った悲しみを味わうこともあって欲しくないと言う思いからこの話をしたのだ。その思いが伝わることを願って…………。




 そして、彼は壇上から降りて行った。式場は静寂に包まれてる。その静寂を破ったのは教頭先生のこの一言だった。


「続いては、来賓からのご挨拶です。」


 これによって皆ははっとしたようになった。現実に引き戻されたのだろう。そうして、入学式は進んでいく。


 その後の来賓からの挨拶は校長先生の挨拶と違って、中学生時代も聞いたことがあるような事柄だった。少しずつ入学式のプログラムが進んでいく。


 でも、最後まで校長先生のような心に残るような挨拶をした人はいなかった。だから、裕太は憂鬱で仕方がなかった。でもようやく入学式も終わり。なぜなら次は、入学式を締めくくる新入生代表挨拶だからだ。


「最後は新入生代表挨拶です。宮間優香さんは壇上に上がってください。」


 彼は自身の耳を疑った。


(まさか、そんな…………。)


 動揺を隠しきれない様子の裕太。信じられなかったのだ。優香が自分と同じ学校に入学しているだなんて…………。


 呼ばれたその新入生代表は返事をした。


「はい!」


 その声は彼が昨日、耳にした声と同じものだった…………。



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