第6話 疾走【修正済み】



 裕太は今、全力で走っている。基本的にすべての運動がすごく苦手な彼がだ。彼をよく知る人がこの事を知れば腰を抜かすかもしれない。まぁ、これは言い過ぎかもしれないが…………。ともかく、驚くことはほぼ確実であろう。


 でも、その人たちは走る理由が体を鍛えるためであればどれほどよかっただろうかと思うだろう。彼が全力で走っている理由を聞けば誰もが呆れることだろう。彼が走っている本当の理由は…………。



 入学式に遅刻しそうだからだ。



 基本的に時間に余裕をもって行動するようにしている裕太。中学生時代だって、予鈴の十分前には必ず教室に入っていた。だから、このようになったことは一度もない。


 つまり、人生で初めて学校に遅刻しそうなのだ。しかも、自分の入学式という大事な日にだ。


 そんな事になれば、クラスで浮いてしまう可能性が高くなる。まぁ、中学生時代の彼も少しだけクラスから浮いていたのだが………。


 でも、それは全て彼が悪いのではない。少しだけ優香にも責任があるのだ。彼女が一年生の頃たまたま裕太が幼馴染だということを漏らしてしまったのだ。そのお陰で俺は男子生徒の多くに敵意を持たれてしまった。


 それ以降裕太は優香と関わることはほとんどなくなり、結果的に彼女を取り巻いていた人たちから警戒されることはなくなった。でも、流れたことがすべての人間の頭から完全に消えることはない。


 中学三年生の頃、優香に近づくためだけに裕太を利用しようと彼に近づいてきたものが数人いた。そのことにすぐ気が付いた裕太は彼らと距離を取った。そして、優香と裕太の共通の知り合いのである一組のバカップルに彼らを警戒するよう伝えたそうだ。まぁ、結局何もなかったから良かったのだが…………。


 本当はただただ裕太がクラスメイトと積極的に話そうとしなかったことが一番の原因だったりする。しかし、彼がクラスで孤立することに拍車をかけた一つの要因は優香の行動であったことには違いない。


 まぁ、普通に話しかけてくれる人も居たので裕太にも親友と呼べる者が三人も出来た。こういった理由から裕太も特にこれと言って優香を責めるようなことはしてないし、するつもりもない。それほど、彼にとっては充実した生活を送れていたのだ。でも、ここで得た経験は絶対に忘れない。




 この経験から裕太は、余程のことがない限り、優香と自身のために彼女とは関わらないと心に固く誓ったのだ。そんな彼は優香が訪ねて来たとき、すごく驚いたのは致し方ないことだろう。三年間も疎遠だったこともあるが、それ以上に関わらないと誓った相手が目の前に現れたのが大きい。


 裕太がすぐに彼女を追い返したのにはそういった背景があるのだ。でも、これから自身の行く高校には優香はいないと信じ切っている裕太。だから、彼はこの誓いを思い出すことはもうないだろうと思っている。昨日のことがあって少し不安になってしまったが絶対に大丈夫と言い聞かせているのだ。


 彼がそう思う理由の一つとして挙げられるのは彼女の成績だ。彼が知る限りでは彼女の成績ではここに合格するのに必要な点数は取れない。


 だから、裕太は今安心しきっているのだ。これからの未来何が待っているのかも知らずに…………。


 間違った予想を立てているうちに自然と彼の心にはゆとりが出来ていた。これなら、リラックスして入学式に挑めることだろう。ただ、リラックスし過ぎると寝てしまう可能性があるので少しの緊張感は残しておかなければならない。まぁ、後々かなりの緊張感をもたらす出来事が起きるので心配無用だろう。



 ふと何かを忘れていることに今更気が付く裕太。


(何だったっけ…………。)


 とても大事なことだ。それは分かっているがどうしても思い出すことができない。考えていると自分は服装が目に入った。制服を着ている。その上、今自分は道路に突っ立っている。それらを見たことが引き金となり、思い出していく。








「…………………………。」












「…………………………………………………。」












「!!!!」







「入学式だ!!!」



 彼は思わず叫んでしまった。そう、大事なこととは入学式のことだったのだ。こんなところでゆっくりとしている暇なんてない。裕太はこういう大事な日には早く集合場所に着いておくことが何よりも大切だと考えているからだ。そのためにも急いで学校まで向はなければならない。


(急ぐぞ!)


 そう思い、彼は再び走り出すのであった。





















 裕太が全力で走っていると、公園の前を通りかかった。そこにあった時計が偶然、彼の目に入る。そして、時間を見た。いや、見てしまったのだ。


 時刻は八時半。


 ありえない。そう思った彼はもう一度時計を見直してしまった。やはり、八時半のままだった。近くにあった別の時計を見ても時刻は同じ。


 このままでは学校には遅刻せずつけても、入学式には遅れる可能性がある。今日は沢山の人が居て、大変込み合っていることが予想される。だから、予鈴よりも十分ほど早く学校についていいた方が安心できる。だが、予鈴の時間は八時四十分。もうすでに希望の時間は過ぎている。



「……………。」





「マジでやばい!!!!」




 裕太はまた叫んでしまった。止まろうとする足を必死に動かし続けていたことも忘れるほど、頭が真っ白になってしまった。それほどまでに彼にとってはまずい状況なのだ。だから、彼はもう一段階、速度を上げて走って行く。



 そんな中で裕太は心の中である一つの決意を固めるのであった。



"絶対に寝坊しない!" と…………。



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