第2話 再会【修正済み】
裕太は何か言いたげに口をもごもごさせている。
(何故お前がここにいるんだ!?)
彼の頭の中はこの一言でいっぱいになっていた。
彼がそんな事を思ってしまったのも致し方ないことだろう。だって、中学校に入学してから私的な会話は全くしていなかった幼馴染が今、彼の目の前にいるのだから…………。
それ以上に裕太が混乱する原因となっているのは優香が自分の目の前で両手を床につきながら、四つん這いの状態で倒れていることだ。
彼女は最初、裕太の部屋のドアにもたれ掛かっていたが、裕太はそのことに全く気が付かず勢いよくドアを開けてしまった。それによって突き飛ばされてしまった優香は今の様に倒れてしまったのだ。でも、この事は裕太は知らない。
「えっと…………。」
裕太が優香に話しかけようと口を開いた瞬間、俯いていた顔を上げて彼の方を見た彼女はぷくりと頬を膨らませながら彼を睨みつけ、こう言った。
「こんな美少女を雑に扱うなんて酷いよ…………。裕太…………。」
彼女はゆっくりと立ち上がり自身の着ている白いワンピースを見て、少し汚れていることに気が付くとその汚れを手で払い落とした。
裕太はその少しの動作だけでも彼女自身の魅力を引き立たせているように感じてしまった。少しだけ見惚れてしまっていた彼はじっと彼女を見つめていると、その視線に気が付いた優香が首を傾げながら見つめ返してきた。
赤く染まった街をバックに優香は微笑む。そっと吹いてきた風によって彼女の茶系の髪と白いワンピースがゆらりゆらりと揺れ動く。こういった時、彼女を現すのは『明』の部類に入る言葉を使うのが一般的だろう。だが、彼女はそれとは真逆の『暗』の系統の言葉を使うほうがしっくりとくる。
『漆黒の闇を身に纏った魔女』と言うのがふさわしいかもしれない。あるものが見れば綺麗、あるものが見れば恐ろしいと感じる。そんな雰囲気と黒く染まったようにも見えるワンピースを身に纏いながら、彼女は微笑んでいるのだ。
(綺麗だな…………。)
そんな彼女に対して裕太はこんな感想を
そんな彼だが今、最も彼女に言いたいことが一つあった。正直に言ってそれがどうでもいいことなのは彼自身も分かってはいる。だが、言わずにはいられなかった…………。
「自分のことを美少女なんて言うなよな…………。」
頭を抱えつつ、呆れ気味の裕太が優香へのツッコみを呟いてしまう。
「あっ…………! い、今のは皆が私に言ってくる言葉をそのまま言っただけだからね!?」
それを聞いた優香は慌てた様子で自分の発言の補足説明を入れた。もし自分の発言を真に受けてしまったら、ただただウザい人間だと思われる。そのことに後から気が付いたのだ。
「はぁ……。まぁ、そんなことは分かっているから安心しろ…………。」
その言葉を聞いた優香はホッとした様子だ。彼女も本当にただ皆が言うから言っただけで基本的に自分から進んで美少女ですとは言わない。親しい間柄であった裕太だからこそ冗談で言ったのだ。裕太も彼女の真意には気が付いていたものの、どうしても言いたくなってしまったようだ。
いくら疎遠だったとしても二人が幼馴染だと言うことには変わりない。幼馴染と言う関係以前に二人は元から切っても切れない関係だったのは、今となってはあまり関係のないことかもしれない。
裕太は気を取り直して、彼女に疑問に思ったことを聞いてみた。
「それでだな…………。」
「うん…………。」
裕太は優香の目を見つめながら問うた。
「何でお前がここにいるんだ?」
その問いを聞いた優香はキョトンとしてしまった。そんなことぐらい裕太にはわかっていると思っていたようだ。
「何言ってるの? ここに来たのは裕太に会うためだけど…………。」
何のためらいもなく素で答えた優香。でも、裕太はそのまま彼女の言っていることを鵜吞みにはできなかった。何か裏があるのではないのかと思ったのだ。彼はそれを問いただそうとした試みたが…………。
「ほ…………「ねぇ、裕太…………。」ん? なんだ?」
途中で優香がしゃべりだしてしまったので、最後まで言うことはできなかった。彼女の話を無理やり切って彼自身の話の続きをすると言う方法もあったが、それは断念した。なぜなら、彼女が向けてくる視線が殺気に満ちていたからだ。そんな彼女の視線を無視できるほど、裕太の肝は座っていない。
「お前って呼ばれるとなんか嫌な感じがするから、昔みたいに優香って呼んで。」
どうやらお前という呼び方がお気に召さなかったようだ。このまま彼女の言うことを無視して会話を続けることは絶対に不可能。それがわかっていた裕太は…………。
「分かった、分かった。昔みたいに優香って呼ぶよ…………。」
肩をすくめながら優香の脅しを素直に受け入れ、昔の呼び方に戻すことにした。誰が見ても優香によって強制的に昔の呼び方に戻されたように感じるかもしれない。でも、本当は裕太自身の問題で自主的に戻したと言うのが正しい。まぁ、今の所それに触れる必要はないだろう。
「で、話を戻すが、本当の目的はなんだ?」
そして、裕太は先程入れなかった本題に入った。優香が何の目的もなく裕太に会いに来るなんてことありえないと彼は知っているからだ。何かもっと他の理由があるに違いないと考え、訊ねると優香はあっさりと答えた。
「ご飯を食べさせて!」
「はぁ? どういう意味だ?」
「言った通りだよ! だから、お願い! 今、わたしお腹が空きすぎて倒れそうなの!」
優香は裕太の襟首をつかみ、前後に振りながら必死に訴えた。裕太は頭を前後に揺さぶられながらも彼女に言い返す。
「買えばいいだろ! 買えば!」
裕太は彼女の頼みを聞くつもりは全くないようだ。
「なんでわざわざそんなことのためだけに俺のところまで来る必要があるんだよ!」
その言葉を聞いた優香は彼の襟首から手を離し、下を向いてしまった。
「いや、あの…………。それは…………。その…………。ゆ、裕太のご飯が久しぶりに食べたくなって…………。」
ぶつぶつと呟いていたおかげで本当の理由を裕太が聞き取ることはかなわなかった。自分で言っていながら、急に恥ずかしくなってしまった優香は赤くなったかをそっぽに向けながら誤魔化した。
「う~~~~! そ、そんなことどうでもいいじゃない。」
(何がいいのやら…………。全く、こいつ本当に何言ってるんだ?)
乱れてしまった首元を直しながら、優香のいまいち理解できない話を聞く裕太。誰が聞いても戸惑ってしまうだろう。疎遠だった人間が突然目の前に現れて、ご飯を要求してくるのだから…………。
「と、ともかく! こんなことを頼めるのは裕太だけなの。だから、お願いします!」
そうやって、優香は手を合わせつつ頭を下げてきた。
普通なら優香の頼みを聞くのだろう。しかし、裕太は知っている。彼女と関わればろくなことにならない。中学校ころなんて、彼女と関わっていた過去が明らかになったことで、学校中の男子のほとんどから嫉妬も対象として見られていた時期があった。
優香は校内でも三本の指に入るほどの美少女なので致し方ない面もあるだろう。このような経験のある彼が優香の頼みを聞く訳がない。だから、ドアを彼女に何も言わずに閉めた。もちろん、鍵も忘れずにきちんと閉める。
「えっ?」
外から彼女の驚く声が聞こえてくる。裕太はインスタントラーメンでも食べようと考え、リビングへと戻っていく。
『ドンドン!』
「開けてぇ~~。お願いだからぁ~~。ご飯食べさせて~~~~。」
ドアを両手で叩きながら、優香が泣きそうな声で訴えかけている。いや、もう半泣きになっている。それでも裕太は彼女を自室に招き入れるつもりはさらさらない。
裕太が優香を無視し続け、しばらく経った頃。泣く泣く諦めた彼女はある一言を言い残してから、彼の家の前から去っていった。
「よくもこんなことをしてくれたわね………。首を洗って待っていなさい………。この事は一生忘れないから……。」
(あっ、これはヤバい…………。)
裕太はドア越しながら、彼女の負のオーラを感じ取った。その上、優香は少し低めの声で話していた。そのことから裕太は優香が切れてしまったと判断した。再び会うことになれば締め上げられることはほぼ確定。そのことを想像してしまった裕太は恐ろしさのあまり身震いをした。
優香が去って少し経った頃、裕太は台所で夕飯の準備を始めた。そんな中、彼はふと、優香のことが心配になった。
(優香は無事、家に帰れただろうか?)
キッチンから窓の外を覗く。ここから帰るとなると、家に着くのは日が沈んでしまってからになるだろう。少し前に日が沈んでしまったので、もう自宅に帰宅したころかもしれない。
(はぁ…………。次会ったら絶対に締め上げられる…………。)
(やっぱり、家に上げた方が良かったのかな。)
今更ながら、彼は少し後悔していた。でも、ここでご飯を食べてからとなるとより遅くに帰宅することになっていたであろう。そう考えると、これが最善の行動だったのかもしれないと思う裕太。自分自身が締め上げられるより、優香の安全の方が大事だと思っているようだ。
(何で関わりたくないって言っておきながら、優香の事ばかり考えてるんだろうな…………。)
自分自身の行動に対して鼻で笑う裕太。誰が見ても裕太の行動は不可解だ。関わりたくない相手を心配する上に、家に上げても良かったかもしれないと考えるだなんて…………。
(はぁ…………。気にしないほうが良いか…………。)
裕太はこれ以上考えても無駄だと思い考えることをやめた。今彼が考えるべきことはこれからのことについてだ。
一つは何故優香がここにやってきたのかだ。彼女が言うにはご飯を食べるためだそうだが、そんなことのためにわざわざ遠く離れたここまでやってくるなんて考えずらい。何かほかの理由があるのかもしれないと予想をしていく。
ふと、自分と同じ高校に入学するため、その高校の下見に来ていたのかもしれないという恐ろしい考えが裕太の頭をよぎった。でも、そんなことあるわけがないとその考えを否定した。なぜなら、裕太の記憶では彼と同じ高校に行けるほどの成績は優香にはなかったはずだからだ。
でも、今まで考え付いた理由の中で一番ありえそうなのは高校の下見ぐらいだった。それも裕太は分かっているようだが、そんな恐ろしいこと考えたくないらしく途中で思考を放棄してしまうのであった。
そして、裕太は高校入学後の人間関係や勉強について考えながら晩ご飯のインスタントラーメンを食べる。勉強面に関しては心配する必要性はほとんどない。だが、人間関係については心配事だらけ。
ひたすら高校入学後の友人関係について作戦の練っていたものの、今考えても何にもならなかったので考えることを止めてしまう裕太であった…………。
その後、お風呂に入りベッドに横になったが、なかなか寝付けない裕太。優香とまた会うかもしれないと考えてしまったからだろう。結局、彼は彼女とまた会うことはないだろうから大丈夫だと結論付けた。
すると、安心したのかゆっくり眠気が増してきた。そして、明日に思いを馳せつつ裕太は重くなってきた瞼を閉じるのであった。
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