第53話 守りたい笑顔と託された想い

 テント等の撤営も終わり、一晩の宿となったビルのヘリポートを出発した。

 2時間程順調に目的地の基地方面に飛んでいると、我々の乗る斜め後方に上がる照明弾を発見した。


 直ぐさま、コクピットに言って、Uターンさせると、赤ん坊を抱えた、女性と2歳ぐらいの幼児、そして、必死に群がる魔物を追い払っている所だった。


「あ、ヤバい! 兄上、前田、凛太郎、先行するぞ!」

 と言って直ぐにゲートでその親子の所に出た。


「魔物は任せろ!」と言って、即座に20匹ぐらい集まったゴブリン共を殲滅した。


 赤ん坊を抱いた女性と足下に立っていた2歳ぐらいの男の子は、安心したのか、道路に座り込んでいた。


「ありがとうよ。本当に助かったぜ!」

 と小銃を肩に掛けた男性がガッツリとハグして来た。


 聞けば、この男性(まあ所謂おっちゃんだな)は、元海兵隊の退役軍人で、とあるコミュニティに居たのだが、大規模な襲撃に遭い、コミュニティが壊滅してしまったらしい。

 根こそぎ食料を奪われ、離れた場所に隠してあった、非常時用の車で、何とか生き残った者達と脱出したものの、予備のガソリンも尽き、途中から徒歩に切り替えてここまで来たらしい。

 既にバックパックの食料も尽きてしまって、道路沿いの家をくまなく調べて居る所に、ゴブリンが集まって来たらしい。


 音も無く飛ぶオスプレーに気付き、必死の思いで照明弾を上げたが、時既に遅く、機体後方に上がったので、半分諦めつつある状態だったそうな。


「そうか、それは大変だったな。

 まあ、取りあえず、オスプレーに移動しよう。」

 と言って、4人を連れてゲートで機内に戻って来た。


 初めて見るゲートに大人2人は驚いていたが、昨日から何も食べてないとの事だったので、慌ててサンドイッチと、スープを出すと、


「ありがとう。それよりも先に、誰か医者は居ないか? 赤ん坊が病気なのだが。何とかならないか?」

 と元海兵隊のおっちゃんに言われ、慌てて赤ん坊にハイ・ヒールを掛けてやると、息苦しそうにしていた赤ん坊が目を開けて、親指をチャプチャプと舐めだした。



 母乳? と一瞬思って、女性を見ると、女性は母親では無く、この赤ん坊の母親は襲撃で亡くなったと言っていた。


「拙いな。粉ミルクはあるんだが、作り方を知らない。」

 と俺が言うと、さっちゃんが、


「私らに任せて!」

 と哺乳瓶や粉ミルクを持って行った。


 オスプレーの中は、22名も居て、落ち着かないので、一旦何処かで落ち着いて休ませてやるべきと考え、パイロットにお願いし、昨日同様のビルのヘリポートを探して貰う事にした。



 相当に腹が減っていたらしく、赤ん坊はゴクゴクチュパチュパと、哺乳瓶に吸い付いていた。


「にーちゃん、もっと食べたい。」

 と辿々しい英語で、2歳ぐらいの男の子が足にしがみついて来た。


「そうか、まだまだ沢山あるから、ユックリ噛んで食べるだぞ。」

 とローストビーフサンドを出してやると、ミルクと一緒にモリモリと食べていた。


 あれ?2歳って離乳食?? と一瞬不安に思い聞いてみると、成長が遅いが3歳らしい。


 そして、1時間程飛んだ所で、適度なビルの屋上にヘリポートを発見し、着陸した。


 直ぐにテントの設営に移り、昨日より1貼り多めに貼って、そこで休んで貰う事にした。

 テントの中に案内し、みんなと同じ様に、滅茶苦茶驚いてくれたよ。

 おっちゃんなんて、放送禁止用語を連発してた。


 そして広い風呂に女性が大喜びしていた。

 3歳の男の子……名前はピート君と言うのだが、


「にーちゃん、一緒に入ろう!」

 と足にガシッとしがみつかれた。


 なんだか、やたら懐かれてしまった感がある。

「そうか、じゃあ俺と一緒に風呂に入るか?」

 と言うと、前歯4本を覗かせて、ニカッと笑った。


 おっちゃんもだが、この子、相当汚れてるんだよね。


「よし、じゃあ、俺達はこっちのテントで入るから。」

 と言って、ピートを小脇に抱え、エッホエッホと態とらしく小走りすると、キャッキャとピートがはしゃいでいた。



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 徳治郎がピートを小脇に抱え、風呂に行った後、残された女性陣3人が片隅でゴニョゴニョと話し始めた。


「何か、嬉し気に幼児抱えて行ったわね。」

「いやぁ~、意外やったわ。アッ君、子供好きなんやねぇ。」

 となっちゃんと、愛子ちゃんが、さっちゃんに語りかけると、


「アッ君、英語ペラペラだったね。惚れ直したわ。」

 とウットリとするさっちゃん。


「本当に色々とビックリよね。でも、良かったわね、さっちゃん、子煩悩なパパになりそうだし。

 ヤル事やった……と言うか、ヤリ過ぎたんだし、結婚しちゃえば?」

 となっちゃんが言うと、さっちゃんのボッと火が出そうなくらい、顔を赤くして嬉しそうにうつむいて、クネクネしていた。



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 風呂場に行き、自分の服を脱ぎ、ピートの服を脱がせてやってる時に、気付くと不覚にも涙を流してしまった。

 特に普通にしてたので、気付かなかったのだが、ピートの左手は小指が欠損していた。

 そして、体中に生々しい魔物による傷跡ががあり、頭の一部も傷があって、大きく傷跡がハゲていたのだ。

 髪の毛が油でベッタリしてたから、気付かなかった。


 俺が、ピートの指を見て泣いてるのに気付くと、ピートはしゃがんだ俺の頭を背伸びして撫でながら、

「これは、僕が赤ちゃんの頃、魔物に襲われて食われちゃったんだ。

 もう痛くないから、大丈夫だよ。」

 と。


「もう、大丈夫だからな。『エクストラ・ヒール』」

 と言って、ピートの傷跡も、指の欠損も全てを回復させた。


 ピートが目映く光り、傷跡も全て癒えたピートがキョトンとして立っていた。

 ピートは初めて見る自分の左小指に大はしゃぎし、

「にーちゃん、ありがとう!!」

 と抱きついて来た。



 その後、風呂場でゴシゴシ、ガシガシと垢まみれのピートを磨き揚げ、シャンプーも3回目でやっと泡立つ様になり、なったピートに今度は俺の背中を擦らせて、シャワーで流し、最後にワーキャーと言いながら、湯船に浸かった。

「にーちゃん、この風呂気持ち良いね。」

 とニカッと笑うピート。


「だろ?ふふふ、このテントは俺の特製品だからな。風呂に拘って作ったんだよ。気に入ったか?」


「うん、お風呂好きー。」

 とはしゃいでいた。


 風呂から上がり、身体を拭いてやったが、流石に元の服を着せるのは忍びないので、救援物資の中を探し、適当にサイズの合いそうな子供服を見つけて着せてやった。


「にーちゃん、ありがとー!!」

 と言われ、頭をポンポンと撫で、冷たいミルクを出してやり、飲ませてやった。


 満腹になり、身体も綺麗になって、安心したのか、ミルクを飲みながら、ウツラウツラと船を漕ぎ始めるピートを取りあえず、ソファーに寝かせ、タオルケットを掛けてやった。

「こいつも、小さいながらに気を張ってたんだな。安心して眠りな。」

 と頭をソッと数回撫でてやると、気持ち良さそうに微笑んで寝付いてしまった。


 そっと、テントの外に出ると、先に風呂から上がったおっちゃんが、臭い服をそのまま来てたので、着替えを出してやり、速攻で着替えさせた。強制的にな。


 女性陣に言って、救援物資の女性用の服とか下着を出して、まだ風呂に入っている女性へ渡してもらったのだった。


「なあ、おっちゃん、あの子、ピート……、赤ん坊の時に魔物に襲われて指欠損してたんだな。」

 と俺が話しかけると、おっちゃんが、ちょっと暗い顔をして、話し始めた。


「ああ、あれはあの子が1歳ぐらいの頃だったと思うんだが、ゴブリン共に襲われている所を、俺が助けたんだよ。」

 と。

 聞けば、丁度コミュニティを作っていた頃で、逃げて来た通りがかりの親子を助けたらしい。

 お母さんはピートを庇う為、自分の身を盾にし、重傷を負い、それが元で亡くなったそうな。

 ピートも小指を食いちぎられ、頭、そして腹に傷を負っていて、かなりの重傷だったのだが、奇跡的に持ち直したとの事。

 それ以来、コミュニティで面倒を見て来たのだが、今日程、食べ物や何かで周りに要求した事は一切なかったそうな。

 なので、俺は特別らしい。


「そうか。判った。あの子の事は安心しろ。この俺が一人前の魔法剣士に育ててやる。」

 と宣言すると、笑ってた。


 おっちゃんの名は、グリード・ランドと言うらしい。


「そうか、俺も自己紹介がまだだったな。俺は日本のアツシ・ササキ またの名をチーム佐野助と言う。」

 と自己紹介すると、


「え!? お前が? えーーー!? 若けーじゃねーかよ!! マジか……」

 と目を剥いて驚いていた。まあ、日本じゃ既にバレてるからな。


 さて、どうするかな。

 もう、俺の中では、ピートは連れて帰る事に決定しているんだが、問題は残り3名だよね。

 と言う事で、作戦会議を始めた。


「と言う事で、みんなの忌憚ない意見を聞きたい。」

 と言うと、

「一応は、首相に一方入れた方が良いんじゃないか?」

 と言われ、そりゃそうだな……と納得。


 早急に通信衛星経由で通信し、首相の許可を貰った。

 首相曰く、「ああ、そこら辺の匙加減は、チーム佐野助に任せるよ。」と。


 赤ん坊の事もあるから、きっとあの女性(……エバ・ラクシーンと言うらしい)が残ると言えば、グリードも残ると言うだろうな。

 おっちゃんとは、歳は離れてるっぽいが、何だかんだで気がある様に思える。

 だから最後まで守る気だろうと思っている。



 俺的には、無闇矢鱈に難民を受け入れるのは間違いだと思っている。

 国が駄目なら、その国を変えて行くのが大人の役目だしな。

 ただ、この状況で受け入れられるコミュニティが見つからないのに放り出すのは、また話が別なんだよなぁ。


 まあ、あとは2人の判断に任せよう。



 みんなを休ませている間、俺は近所のコミュニティを探してみたのだが、発見出来たのは、コミュニティがあったらしいと言う廃墟だけ。

 バリケードは銃弾の後が残っていて、酷い有様だった。


 この先米国がどうなっていくのかは判らないが、最悪このまま終わるのかも知れないなと、改めて思った。





 夕食は、米国人を喜ばせる為に、ミノタウロスのステーキにしてみた。

 冷たく冷やしたビールを一緒に出してやると、ごっついおっちゃんが、涙を流しながら一気飲みだよ。

 エバさんが、苦笑してた。

 赤ちゃんは、テントの中で寝かせてて、時々交代で女性陣が見にいってる。


「なあ、アツシ! この肉滅茶美味いんだけど。」

 と3枚目を食べたおっちゃんが、肩を叩きながら聞いて来た。


「ああ、これは、ダンジョンの奥にいる、ミノタウロスの肉なんだよ。

 滅茶滅茶高級な肉だぞ?」

 と言うと、「そうか、魔物の肉ってオーク以外も食えるだな。」と真剣に考え込んでいた。


「そうだよ。それにな、ダンジョンは宝の宝庫でもあるんだぜ!

 貴重な金属や、魔道具とか、ポーションとか、薬草や果物なんかもあるし、力さえあれば、食うには困らないね。」

 と言うと、「なるほど。」と頷いていた。



 食後のコーヒータイムに今後の事を聞いて見ると、エバ達次第だとおっちゃんは言う。


 エバは、赤ちゃんを安全に育てられる所に行きたい……まあ当然だよな。

 赤ちゃんのお母さんが息を引き取る時に、約束したんだって。

 だから、あの子が育つまでは、私がお母さんなんだよと。


「じゃあさ、おっちゃんと結婚して、一緒に育てれば良いじゃん。」

 と俺がニヤリとしながら突っ込むと、2人共顔を真っ赤にしてた。

 おっちゃん、モジモジするなよ! キモイから。


「まあ、2人が望むなら、日本に連れ帰る事も可能なんだけど、その為には、日本のルールを守り、日本に忠誠を誓って貰う事にはなると思う。

 心配しなくても、ここより遙かに日本は安全だし、変な差別とかは無いよ。まあ、言葉や生活習慣は覚えて貰う必要があるけどな。」

 と言うと、即答でお願いされた。


 ふむ。そうか。


「じゃあ、4人共、日本に連れて帰るけど、その前に、俺らの仕事があるので、暫く米国を廻る事になるんだけど、どうする?

 先に日本に送っても良いし、どっちでも良いよ。

 と言うと、エバは赤ちゃんの為に早く落ち着きたい事は落ち着きたいそうで。

 ただ、今生の別れになるかも知れない米国だけに、もう少し見て廻りたい気もあるらしい。


「もし、どうしても見に来たかったら、ゲートを使えば、一瞬だけどね。」

 と答えると、じゃあ、先に落ち着きたいとの事だった。


 俺は、母上にブレスレットで連絡し、ゲストハウス1つ用意して貰った。

 兄上が会社を興し、手狭になった事もあって、新居に移ったんだよね。

 で、過去の救出劇とかもあったので、ある程度の敷地と、ゲストハウスが3軒ぐらいある超セレブ物件を買い取って、そこが現在の我が家。


 それで、一旦4人を我が家のゲストハウスに送る事になったのだが、なっちゃんと、愛子ちゃんに急かされて、何故か、イソイソとさっちゃんも用意している。

 母上と父上に挨拶するんだって。



 2時間程で戻るとみんなに伝え、ピートを肩に担ぎ、日本へとゲートで飛んだ。

 何故か、片腕はさっちゃんにホールドされていた。

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