第29話 準備と偵察
大神様が予告した魔物が出て来るまでのタイムリミットは約1年。
この間に出来るだけ計画を進めないといけない。
そこで、俺は、今夜から計画を実施する事にした。
まず、現地に向かうには、海を渡る必要がある訳だが、今居る関東からだとかなり遠い。
なので、前世で行った事のある福岡へ一度移動する事にした。
ゲートを発動し、出た先は、福岡の大濠公園のちょっと木が生い茂った所。
円周が約2kmの大きな池のある公園で、隣には黒田藩の城があった場所だ。
どうやら、福岡の大空襲で焼け落ちたらしい。
何とも残念である。
久々に見る福岡の空は、夜だと言うのに、非常に明るかった。
まさか、これ程変わり果てているとは、本当に驚きである。
黒装束ではないが、カサンドラスで手に入れていた上下とも黒の衣装に、黒のスニーカーを履いた俺は、おそらく知らない人が見ると、まんま不審者か変質者だろう。
長居は無用なので、サクッとそのまま飛行魔法で空へと飛び出し、北を目指す。
満月の為、空が明るい。
飛行魔法の魔力燃費だが、これは速度にもよるが、大体時速500kmぐらいで1時間でMP70ぐらいの消費率である。
時速700kmにした場合、MP140ぐらいまで消費が増えてしまうので、クルージングする場合は、時速500kmを目処にする方が低燃費となる。
福岡から某半島の港まで、直線距離にして、約230kmぐらいなので、フライト時間は30分も掛からない。
まあ、こうして考えると、本当に悲しい程に近所である。本当に悲しい程に……。
飛び立って20分ぐらいで、遠くに陸地の灯りが見えて来た。
こうして空から見ると、それ程大きくはないな。
福岡は快晴だった夜の空だが、お誂え向きな事に、半島の空は曇っていた。
海上では潮の香りぐらいしかしなかったのだが、港のを超えると、途端に空気が不味くなる。
排気ガスや工場からの排煙?とか、何か入り交じった匂いだ。
陸地に入ったら、一旦休憩を入れようかと思っていたのだが、匂いがキツいので、そのまま北上して行く。
暫く北上していくと、大分匂いに慣れたのか、薄くなりちょっとホッとして来た。
どうやら都市部を離れると、匂いが緩和される様だ。
雑木林の様な所を発見して、一旦降下する事にした。
持って来た地図と比較し、大体の位置を把握しながら、持って来ているコーラでシュワッとする。
昔はラムネしか知らなかったが、今の時代には、コーラという強烈な炭酸飲料がある。
これを初めて飲んだ時は、驚いたものだ。
ここから、北西に向かうとこの国の首都、北北西に向かうと、いきなり国境越えになる。
この国とは1965年に国交正常化され、日本は謂われの無い因縁を付けられ、日本政府は、後顧の憂いを絶つ為、多額のお金をドルで渡した。
本来なら、この国の国民へ支払う賠償金さえも払わずに、そのお金を元手にし、この国は近代化を進めたらしい。
1990年代ぐらいから、日本からの観光客も増え、首都ではかなり賑わっているとか。
そこで、俺の当初のプランだが、その首都に一旦行って、そこで日本人を限定した『アクティブ・ソナー』を発動しようと思っていた。
これは、限定した特徴の者のみに反応する、謂わば海軍育ちの俺ならではの発想で作った魔法である。
学校の暇な授業中に俺は、この魔法を何回も練習して、かなりの広範囲にまで検索出来る様になっている。
ただ、国籍をフィルターに出来るかが微妙ではあるので、それを日本人が程々に居る外国で試したいと思って居た訳だ。
過去に同じ民族同士で戦争をしていたこの国の首都は、休戦中とは言え、驚く程近い。
だから、当初は、行き掛けの駄賃に首都で多少『アクティブ・ソナー』を試し、それから国境へと考えていた訳だ。
しかし、先程の匂いがキツかった事もあり、少々その計画に心が抵抗している状態である。
多分、予想では、都市部に近付くと臭い可能性が高い……嫌だなぁ。
「あ! そう言えば……あれがあったじゃないか!!!」
と突然思い出して、アイテムボックスの中を探り、カサンドラスのダンジョンのヘドロ階層や、腐肉の匂いの充満する、アンデット階層で使用した、空気清浄化機能のマスクを見つけ出した。
ああ、持っていて良かったよ。とマスクに頬擦りしつつ、感動の再会を果たした。
このマスク、実際顔全体を覆い、目の部分には、ちゃんと視界が確保されるグラスが着いている。
真っ黒なフルフェイスマスクだけに、今回の隠密作戦には丁度良い。
俺は、マスクを装着して飛び立ち、北西へと向かった。
首都上空に到着した俺は、隠匿を掛けたままとある雑居ビルの屋上へと降り立った。
繁華街に近い場所で、非常に騒々しいく、所々から、喧嘩の怒鳴り声や女性の悲鳴が聞こえて来ているが、今回は丸っと無視である。
幸いな事にマスクのお陰で、空気は美味しい。
日本人国籍を対象に、アクティブ・ソナーを発動した。
アクティブ・ソナーを掛けると、反応した方向と距離や人数が判る様になっている。
「お、日本人のグループを数組発見!」
試しに、日本の大使館で上空で掛けて見たが、ちゃんと反応していた。
これなら使えるかも知れないな。
ただ、現状だと、最大半径500mしか探知出来ないのが最大のネックである。
取りあえず、北東へと進路取って、首都を後にした。
◇◇◇◇
国境……通称38度線と言うらしいのだが、物々しい警備の国境を越えると、驚く程に灯りが無い。
曇っている事もあって真っ暗で予想以上に現在位置が判りづらい。
マスクのゴーグル部分の暗視強化スイッチを押し、地上が良く見える様になった。
北上しつつ、こっちの首都を目指す。
首都の方は、遠目にも薄ら灯りが漏れているので、多分方向的にも大丈夫だろう。
やっと首都上空に到着した。
しかし、不思議だよな……なんで南側はあんなに国境線近くに首都を置いたのか、全く理解出来ないな。
国って首都が墜ちるとヤバいだろうに、と考えつつ、とある建物の屋上に着地した。
取りあえず、アクティブ・ソナーを発動してみる。
人の反応はそこそこあるのだが、日本人の反応が無い。
どんな状況下で隔離されているのかが全く判らないので、難しい所だ。
取りあえず、ザックリ500m間隔で30回程アクティブ・ソナー掛けて廻ると、やっと日本人の反応が数カ所あった。
姿さえ目視出来れば、鑑定と該当者リストから本人かの確認が出来るのだがな……。
早速反応のあった、300m先の建物へと移動したのだった。
この3つの団地の様な建物からは、4人の反応があったので、おそらく監視体制のある収容施設的な物なのだろう。
1箇所からは、2人の反応があり、他の2棟からそれぞれ1人ずつの反応がある。
団地風と言えど、敷地の周りには鉄条網による侵入も脱出も排除する様な塀があって、捕虜収容所の様な監視塔が各所にある。
更に兵が30分毎に2人1組で巡回している。
尤も、兵の練度と士気は非常に低く、ヤル気は全く感じられないが、上からの命令で嫌々やってる感が漂っている。
何よりも、戦時中末期頃の食糧難にあっている日本人と同じ様に痩せこけていて、背も低かった事には驚いた。
写真等を見る限り、この国の独裁者はデップリ太っている。
しかし、兵士でさえこれなら、一般国民はもっと悲惨なのかも知れないな。
俺は、反応のあった部屋の窓に近寄り、カーテンの隙間から部屋の中を窺うと、初老?の男女2人がそこに居た。
鑑定すると、確かに拉致被害者のリストにあた人達であった。
俺は、どうするか、暫く思案しつつ、接触してみる事にした。
だが、どう接触するか? 急いでメモ帳を取り出して、
『日本から救助に来ました。日本に帰る意思はありますか?
はいは、1回、いいえは2回窓ガラスを小さく叩いて合図を。
窓は目立つので、開けないでください。』
と日本語で書き、窓の外に貼り付けて、窓ガラスをコンコンコンと小さく叩いて合図をした。
そして、ベランダの物陰に隠れた。
中で、息を飲む声なき声が漏れ聞こえ、慌てて2人が窓の傍に近づき、コソコソと会話する声をキャッチした。
「(帰りたいに決まってるじゃないか……でももしかして、これは罠なのか?)」
「(罠かも知れないわね……ああ、でも帰りたい、両親に会いたい……)」
と言う声と、押し殺した啜り泣きが聞こえて来た。
『大丈夫、罠では無いです。気持ちは十分に伝わりました。
近々に出来る限り全員を連れて帰ります。ご安心を。』
と急いで書いて、窓に貼り付けると。
部屋の中から、小さい歓声が漏れて来た。
『部屋の中は監視や盗聴はありますか?』
と更に書いて貼ると、
コンコンと2回、小さく叩かれた。
ふむ、監視と盗聴が無ければ、大丈夫かな。
『今から、そっちに入り込みます。
突然現れても、驚いて騒がないで下さい。
窓から離れ、部屋の中央へ。』
と書いて貼ると。
コンと1回音がした。
俺は、マスクを取って、ジャンプで部屋の中へと入った。
あ……靴履いたままだった……
「「(っあっ)」」
と息を飲む様な小さい驚きの声を飲み込み、2人が目を見開いていた。
「(初めまして。コードネームは佐野助と言います。こんな見かけですが、中身は大人なのでご安心を。お二人とも善くぞご無事で。)」
と小声で挨拶する。
「(さのすけさん、本当に日本に帰れるんですか?)」
と男性の方が聞いて来た。
「(ええ、勿論です。本当はお二人だけなら、今直ぐにでも連れ帰る事は可能なんですが、他にも沢山拉致被害者の方が居るので、全員を一気に連れ帰りたいのですよ。)」
と答えると、二人が静かに咽び泣き始めた。
2人は、見るからに窶れ、栄養状態も悪かった。
「(今から、少しだけ身体の状態を良くしますので、驚かないで下さいね。)」
と言うと2人とも、コクコクと頷いた。
『ヒール』
2人の身体が薄く光り、血色が良くなった。
「(日本の食べ物とかを持って来てます。少しお分けしますので、体力を付けておいて下さい。)」
と言って、すぐに食べられる、握り飯や、肉串等をお皿の上に出していく。
2人は、梅干し入りのお握りを食べて、ボロボロと涙を流していた。
そして、2人から、他の拉致被害者の情報を少しだけ入手する事が出来たのだった。
拉致被害者は、あまり一箇所に集まらない様に、少人数で分散されて収容されているらしい。
ここは、他国の拉致被害者や、軽微な政治思想的監視対象者を収容する施設で、他に2人日本人が居る事が判明した。
噂では、ここから北へ進んだ所にも数カ所の施設があり、そこは日本語や日本の習慣等を工作員に訓練する施設らしい。
そこには、通いや敷地内の宿舎に何人かが居ると言う話を聞いたと言っていた。
あと、やはり何人かは判らないが、こちらに来て、耐えきれずに亡くなった方も居るとの事だった。
しかし、情報は隠されているので、あくまで風の噂の域を超えないらしい。
こちらで結婚し、子供を設けた人も居るらしい。
日本人と日本人で結婚している場合は良いが、そうでない場合は、子供の教育が難しく、逆に産んだものの、子供を取り上げられた人も居るらしい。
思った以上の悲惨さに、目頭が熱くなる。
食料は、冷蔵庫はあっても、頻繁に停電するので、殆ど使えないとの事で、生ものは数日腐らない程度だけで良いと言われた。
なので、米や、多少は保存の利く物を中心に渡しておいた。
最後に、
「(必ず2週間以内に日本に連れ帰ります。また途中経過をお知らせに来る様にしますので、絶対に絶望しないで下さい。)」
と言い残し、ジャンプで空中へと移動したのだった。
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本作品は勿論、フィクションではありますが、拉致被害者の皆様が無事に帰還するのを心から願っております。
拉致された国民を救いにも行けない、現在の日本……悲しい限りです。
拉致被害者のご家族の方、本作品の一部に、拉致被害者の事が含まれているのをお許し下さい。
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