第3話 26歳の新生児は意外に大変

 次に目が覚めると、産着っぽい物を着させられていて、寝かせられていた。

 外は明るいみたいなので、恐る恐る目をを開けてみるが、まず第一に眩しい。

 慌てて目を閉じ、薄目から徐々に開けていき、目を明るさに慣らして行く。


 いや、これさ、もう少し赤ちゃん目線で照明落としてくれても良いんじゃないの? こちとら、新品の慣らしからなんだぞ? と心の中で若干の抗議をする。


 そして、暫くすると、明るさには慣れたものの、視点が合わない感じでぼやける。

 しかし、1時間ぐらい自分の手や周りを見渡して、視点を合わせる訓練をしている内に、徐々にピントが合って来た。



 ふむ、手を見る限り、人間に生まれたらしいな。

 ちなみに、周りには、同じ様に生まれたばかりの赤ちゃんが寝かせられている様だな。


 ようやく、手足を伸ばして動かせる様になったし、ちょっとやってみるか。


 と寝返りを打とうとして、断念した。


 頭重いな。首が据わってないから、何かヤバかった。


 しょうが無いので、寝たままで出来そうな、手足の運動から始めてみた。


 足の調子もOK! 腕の動きもOKだ! 手は指先の動きが今一だな。


 と言うか、ちょっと腹減ったんだけど・・・


「おぎゃ、おぎゃーー! おおぎゃぎゃぎゃーおぎゃー!(すみません、何方か、何か食べ物くださーーい!)」


 すると、白衣の天使がやって来て、

「あらあら、目が覚めたのねぇ? おむつかな? あ、お腹減ったのかな? 今ママの所に連れて行ってあげるわねぇ~」

 と乳児室?からカートに乗って連れ出された。


 行く先は、どうやら飯(母親)の素へと連れて行ってくれるらしい。


 ふふふ、やっと母上とのご対面だな。

 前回はまだ目が見えなかったし、それどころではなかったからなぁ。



 病室に辿り着くと、コンコンとノックし、部屋の中へと連れて行かれた。

 出て来た母上は、若く・・・そうだな年の頃は25歳ぐらい、つまり俺の本来の歳と変わらないぐらいの美しい顔立ちの黒髪の女性だった。


 おお!別嬪さんだ! と我が母親ながら嬉しく思ったものだ。


 更に、病室には、やや年上の男性と、小さい男の子、4歳ぐらいが居た。

 ほほう、もしかして父上と、俺の新しい兄貴なのか?


 何やら看護婦さんと話をした後、母上が俺を受け取りつつ、頬ずりしながら、

「もう、心配したんだからね? 臍の緒切った辺りで、急に身体が少し光って意識失うから・・・。

 あれは何だっただろう? 私の見間違いじゃないんだよねぇ・・・」

 と後半は少し小声になりながら、自問自答していた。


 しかし、そそくさと俺を胸の前に抱きかかえると、ペロンと出して、口の側まで持って来た。

 少し照れながらも、本能と言うか、ミルクの匂いに誘われる様に吸い付き、チュパチュパと飲み始める。

 いかん・・・吸い付いたと同時に、ミルクが口の中で飛んで来て、喉奥を直撃して噎せ返ってしまった。

 慌てて、手で大きな物体を口から離し、ケホケホと咳をしながら、息を整えて、再度アタック。


 落ち着いて舌を上手に使って直撃噴射を防御しつつ飲む・・・飲む・・・飲む。

 ん?出が悪くなったぞ? 空になったのかな?


「あらあら、生まれたばかりなのに、良く飲む子ねぇ。」

 と看護婦さんも驚いている。


 いや、こちとら、魔力枯渇した直後だから、補給しないとダメなんだよね。


 取りあえず、片目を開けて、もう片方のタンクに手を伸ばしてアピールしてみる。

 満タンの方をよこせ!と。


「あら、この子ったらお替わりを要求しているのかしら。うふふ」

 と笑いながら、母上が抱き変えて、身体の向きを変えてくれた。


 早速、お替わりを頂きました。

 お腹、もうパンパンっす。おご馳走様でした。


 そして、俺は微睡みの中へと落ちていった。




「なんか、この子、本当に面白いわね。ちょっとお兄ちゃんの時とは反応が違うわね。」

 と優しい笑みを浮かべ、まだ髪の毛がピヨピヨと生えている頭を優しく撫でながら呟く母親。


 するとゴキュゴキュと貪る様にミルクを飲んでいた弟の邪魔をしない様にと、控えていた小さい兄が、


「ママ、赤ちゃんまた眠っちゃったの? 僕、挨拶出来なかったな・・・」

 とちょっと残念そうにしている。


「うん、お腹減ってたみたいね。飲むだけ飲んだら、疲れちゃったみたいね。」

 とその小さい兄の頭を撫でながら、優しく微笑む。


「なかなか、逞しい感じの子だな。ふふふ、お替わりまで要求するとは。」

 と声を殺して笑いかけるどうやら父親らしき男性。


 この3人が俺の新しい家族である。

 まあ、この時、俺は既に眠っちゃってて、正式なご対面はもう少し後なんだがな。



 あれから、目覚め、ミルクを飲み、排泄し、を何度か繰り返し、現在に至る。

 腹が減って目が覚めたのだが、病室は照明が落とされていて、横のベッドで寝ている母上は、寝息をたてて熟睡中である。


 産後で身体的な疲れもあるだろうし、せっかくスヤスヤと寝ている所を起こすのも申し訳ない。

 なので、暫く空腹を我慢して、気を紛らわす為に色々と考えているのである。


 どうやら、この幼い肉体は、燃費が悪いらしい。

 大体3時間置きに猛烈な空腹が襲って来る。


 こんかい生まれ出た世界だが、何となく元の世界・・・地球の日本に似ている気がしている。

 まあ、言葉を理解出来ているのは、召喚された時も現地の言葉を理解して喋っていたので、あまり参考にはならないが、病院と言う存在や、数は少ないが人々の仕草や配慮が、18年慣れ親しんだ日本人と同じ様に思えたのだ。

 そこで仮説を立ててみたのだが、本来であれば、カサンドラスで魔王を倒した段階で、元の地球に転送される筈が、寸前で肉体を失った為、別の条件の合う新しい肉体へと転生したのではないか?と。


 ふふふ・・・我ながら馬鹿げた仮説だなと思わず自嘲気味に笑ってしまう。


 さて、新しく得たこの身体だが、赤ん坊とはここまで思い通りに動かない物なのかと、驚く程に身体の制御がままならない。

 手足は短く、身体のサイズに対して頭が大きい。

 しかし、首はまだ筋肉が発達していないので、頭の重さを支える事すら出来ない。

 そして、声帯は、上手く言葉を発する事が出来ず、何を喋っても「おぎゃー」としか聞こえないと言う仕様・・・。


 まあ、食い物がミルクだけと言うのは、しょうが無いのだが、一番精神的に来るのは、排泄である。

 これだけは、早々に自分で何とか出来る様にしたものだ。


 ああ・・・腹減ったな・・・。

 そろそろ限界か、申し訳無いが母上に起きて頂くか。


「おぎゃぎゃ、おぎゃーおぎゃ・・・(申し訳無い、お腹がすいたのだが)」


「あら・・・目が覚めたの? お腹減ったのね?」

 と身体を起こしてミルクを飲ませてくれた。


 産後で身体もまだ本調子ではないだろうに、面倒がらずに変わらぬ優しさを向けてくれる新しい母上に心の底から感謝して、


「ああとー!(ありがとう)」

 と声を出すと、


「あら、ふふふ、お礼を言ってくれるのね? ふふふ、不思議な子ね。」

 と軽く驚きつつも、笑っていた。


 ほほー、何となく声帯の使い方が判った気がするな。

 こんな感じで、それっぽい感じに喋れそうだ。


 と思わぬ偶然にニンマリしつつ、ご飯にありつくのだった。

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