第3話 運命の放課後

「ケンちゃん、さっきは本当に有難う。お勉強できるんだね。とっても助かったよ。ぼくにも勉強教えてね」

「あ・・・いや、予習して来たからね」

「ケンちゃん、君は部活とか入ってるの?」

「ぼ、僕は帰宅部だよ」

 何言ってるんだ俺?「僕」なんて、善い子ぶった言い方は何なんだ?小学校以来かもしれない。

「なら、午後は空いてるよね?一緒に帰らない?」

 桃尻かをる、さらりとした長い髪を靡かせる美少女である。名前は、男子の大好物であるビデオの女優さんの芸名みたいだ。名前の通り、桃の花の様なかおりがする。自分のことを「ぼく」と呼ぶ所も可愛い。俺のことを「ケンちゃん」とか「君」と馴れ馴れしく呼ぶ所も超可愛い。初めて出会って二時間ばかりで、こんな高嶺の花との親密になってしまった。ヤッター!!

 俺は彼女と一緒に教室を発った。奮い勃つ煩悩を悟られぬよう、細心の注意を払いながら、彼女と一緒に歩いた。周囲から向けられる嫉妬と憎悪を視線は、二人だけの世界の結界にはじかれている。


 俺は彼女と並んで校門へと歩んでいく。授業中、あれだけ密着してくれたんだから、手繋ぐのOKだよな?でも、自分から白魚の様な指を握る勇気が無い。

 あれ?今、出て気が付いた。こんな寒いのに彼女はコート着てないし、マフラーとかもしてない。ブレザーの下には、やや厚着のカーディガンを着ているだけだ。

「桃尻さん、コートとか教室に忘れてない?寒くない?」

 俺はブレザーの上から羽織っていたフライトジャケットを脱いで、彼女の肩に掛けようと思った。

「ケンちゃん、寒がりさんだね。そんなに着込んでるのに寒そうにしてるね。無理しなくていいよ。ぼく暑がりさんなだ。この位の寒さじゃ、コートなんて全然いらないもん」

 彼女の方から、柔らかい手で俺の手を握った。

「桃尻さんの手って、とても温かいね」

「かをるで好いよ!かをるって呼んでね。手が熱いのは、ぼくの体質なの。平熱でも三十八度くらいあるんだよ。他の人なら寝込んじゃうよね?だから、ぼくは寒さに強いし、風邪なんて全然引かないよ」

 彼女の手の温もりは、俺の体中を廻って足の指先まで温めた。授業中の彼女の温もりは、犬が体と寄せつけてくる様な感覚だった。熱いくらい温ったけど、けっして暑苦しくはなかった。そういえば、彼女は顔立ちも髪の色も狐に似ている。女狐と秋田犬のカップルはお似合いかもしれない?

 二人して手を繋いで歩いていると、ぴたりと足を止めた。そこには御稲荷様の祠があった。

「ねぇ、ケンちゃん!君、初詣した?」

「そういうば、してなかった」

「なら、一緒にお参りしようよ」

 彼女の手に引っ張られて、小さな鳥居を潜って祠の前に並んだ。俺は財布を取り出して小銭を探した。彼女の手前、いくら賽銭しよう。一円、五円、十円でいいんだろうか?そう考えていると、なけなしの万札が俺の財布から飛び出した。ひらひりらりと宙を舞いながら、賽銭箱に吸い込まれていった。

「ケンちゃん、凄い!信心深いんだね」

 彼女は琥珀色の瞳を輝かせて俺を見上げている。

「日頃、神様の御加護を思えば、このくらい当然だよ」

 俺は動揺を隠しながら、大見えを切った。しかし、初夢と出会い、そして俺の人生史上千載一遇の大チャンスを考えれば、安いものかもしれない。そういや温泉旅行で、うちの両親は二三日留守にしてるんだっけ。その間の俺の生活どうなるの?

「ケンちゃん、僕も本気の本気でお祈りするよ!」

 彼女は授業の時と同じよう、ぴったりと体を寄せてきた。俺も本気の本気で願いがかないそうな気がした。

 二人一緒に鈴を鳴らした。二人息が合ったように、二度お辞儀をして二度手を打ち、最後にまたお辞儀をした。初夢、出会い、そして今、二人きりでいる。これは偶然ではない。運命に違いない。「初夢が正夢になるよう」願を掛けた。

 すると、俺の脳裏に途轍もなく美しい女性が現れた。大人の魅力ってやつか?九筋の後光が射してるように見える。「願いを聞き届けましたよ」ってな感じで、優しく微笑んで消えていった。初夢は正夢になるかも?

 そして二人して祠の前で向かい合い、見つめ合った。

「ケンちゃん、どんなお願いしたの?」

「初夢が正夢になりますようにって」

「えー本当?ぼくも初夢が正夢になるようお願いしたんだよ。ケンちゃんは、どんな初夢だったの?」

「ちょっと恥ずかしくて言い難いかな?」

「ぼくも、恥しくて言えない。だって、ケンちゃん、あんな酷いことするんだもん。本当に酷いよ!」

 ええっー!?俺から酷いことしたのか?ってことは、

「かをるさんは、夢の中で僕と出会ったの?」

 彼女は顔も耳も真っ赤にして顔を俯けた。

「他の人だったら、嫌で嫌で泣いちゃうよ。でも、君に酷いこと色々されたけど嫌じゃなかったよ」

「御免、かをるさん。僕、そうなに傷付くようなことさせてたんだね」

「謝らないで、別に嫌じゃなかったから」

 俺の夢の中に現れた彼女と、彼女の夢の中に現れた俺、夢の内容は少し違うのかもしれない。しかし、お互い夢の中で出会ったことは事実だ!

「僕たち、出会ったのは初めてじゃないんだね。かをるさん」

「教室に入って君がいて、ぼくも驚いたわ。どんな人なのか不安だったけど、ケンちゃん、本当に善い人で本当に善かったわ」

 気が付いたら、俺と彼女は唇と唇を重ねていた。彼女の姿は甘く、彼女の匂いも甘く、彼女の唇は、もっと甘かった。俺は蜜のよりも甘い彼女に酔いしれていた。


 もはや、運命の歯車は神様でも止められない。

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