第2話 美しすぎる転校生

 冬休みが終わり、寒い朝を迎えた。心晴れやかならぬまま、学校に向かった。彼女のことが思い浮かぶ度に白い息を吐いた。うちの学校には、あんな娘いない筈だけど、眼で追って周りを探してみた。誰もいない?

 どうせ一時間目は丸々始業式で潰れるから、わざと遅刻してきたのだ。うちの学校は現役でT大合格する様な秀才は数年に一度しか現れないが、警察沙汰起こす阿呆な奴等もいない。出席に関しては結構ルーズなのだ。わが母校の好さは自由なのだ!どうせ出席は二時間目のホームルームだか生活指導の時に取るんだろう。

 でも自分の頭にある事は、名前も知らぬ彼女の事で頭がいっぱいだった。もし彼女が目の前に現れたら、どうしたらいいのか?きっと目を向けることはできない。元々、話したことも無い。実在すらしないのだ。何も気に病むことは無いと、自分に言い聞かせた。


 教室に入ると、いつもの顔ぶれと再会した。前回の席替え以来、俺の隣は空席である。例え何も話さなくても、隣に女子がいないのは少し寂しい。寂しいは寂しいが、気楽ともいえる。そうしていると、担任が教室に入ってきた。誰か号令をかけるまでもなく、みんな着席した。

「みんな、冬休みを有意義に過ごせたかな?出席を取る前に、本日は転校生を紹介しよう。さぁ入りたまえ」

 転校生が教室に入ってくると、みんな息を呑んだ。長身で小顔で脚の長い美少女であった。さらりとした栗色の長い髪に、切れ長の目に、琥珀の瞳している。初めて出会った筈なのに、どこかで見覚えがある?

 彼女は凛とした美しい後姿を見せながら、「桃尻かをる」と黒板に書いた。あの桃色のチェックのスカートの下には桃尻があるのかっ!?俺は舐め回すように見入った。そして、花よりも美しい顔を向けて自己紹介を始めた。

 「ぼくは、ももじり・かをるです。みんな仲良して下さいね。よろしくお願いします」

 ぺこりとお辞儀をした。男子たちが心の中でガッツポーズ取っているのが伝わってくる。女子までも、そわそわとしている。

 「それでは桃尻さん、空いてる席に就いてください」

 彼女は俺の隣の空席に向かってくる。昔の人は言ったものだ。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、その通りである。桃色のチェックのスカートの裾は彼女の歩調と共にひらひら揺れる。そよ風にそよぐ花弁の様である。可憐な花弁から覗かせるのは、彼女の太腿である。

 さっきまで心の中で小躍りしてた男子たちは、嫉妬して僕を睨みつけた。それは同じ男子として解かる。なんで、女子にまで白い目で見られるんだよ?


 彼女はちらりと俺に視線を向けて着席した。近くに来ると、本当に花のような甘い香りがする。微かな花の香りは煩悩を擽る。


 担任は出席を取り終えると、長々と詰まらない話をしてをしてから教室を去った。それと入れ替わるように、講師が入ってきた。すぐに授業が始まった。

 急に彼女はぴったりと体を寄せてきた。心地よい温もりが伝わり、煩悩を刺激する。

「ねぇケンちゃん、ぼくにも教科書見せて?」

 そうだ、俺の名前は秋田堅あきたけんである。いきなり犬扱いの上に、ちゃん付けかよ?「初対面」なのに、図々しい女だ!体を寄せる彼女の温もりを感じ、甘い香りに包まれている。図々しさ、馴れ馴れしさに何ら抗えぬまま、許してしまった。後になって考えてみれば、この時、俺は見えない首輪を架けらたのかもしれない。

「・・・」

 無視する訳じゃないが、緊張して声が出ない。無言のまま、教科書を開いて俺と彼女の間に置いた。授業も上の空だ。よそ見もせずに、彼女をちらちら盗み見した。

「それでは、本日から中島敦の『李陵』を読みます。桃尻さん!読んでみてください」

 彼女は、俺の教科書を取ってスッと立ち上がった。その時、甘い匂いを漂わす栗色の髪が俺の耳や頬に触れた。俺の目の横で、彼女のスカートが甘い蜜を湛えた花のように咲いている。捲ってください、覗いてください、触ってください、と言わんばかりだ。その上、花弁の下の太腿が俺の肘にあたっている。

「カンのブテイのテンカンにねんあきくがつ、キトイ・リリョウはホソツごせんをひきい、ヘンサイシャリョウショウをはっしてきたへむかった。……中略……それほどに、かれらのいちはきけんきわまるものだったのである」

「桃尻さん、朗読上手ですね」

 みんなも彼女の方を振り向いて感嘆している。さらりと滑らかに朗読する様は、まるで声優さんの様であった。誰も拍手こそしてないが、教室の中で拍手が鳴り響いているかの様な一瞬であった。

「ところで、桃尻さん!ここはどういう場面ですか?」

 彼女は上から俺の目を除き込み、太腿を押し付けてきた。あんなに流暢に朗読したのに意味は解ってないようだ。

「えーナカジマアツシさんの名作の冒頭で……」

 助けを求められている。俺はノートに「漢の武帝の勅命で、李陵は隊長として危険な戦地に赴く場面云々」と、殴り書きをした。

「カンのブテイの命令で、隊長のリリョウさんは危ない戦地に行かされて、部下の人たちも、とても不安で気持ちで一杯なところが描かれています」

「よく出来ました。それでは次は○○さん、読んでください」


 彼女は着席すると、より一層、俺に体を密着させた。俺の腿に白魚の様な指を添える。俺の体に体重を掛けてくる。彼女は俺に流し目を送った。「ありがとう」の一言よりも、嬉しい感謝の表現である。、彼女の温もりが俺の足の指先にまで染み渡って煩悩を奮い立たせた。もはや、教科書の文字も見えなければ、講師の声も聞こえなかった。授業なんて上の空である。成績のことなど考えている余裕が無い。もう彼女の為なら、李陵よりも勇敢に戦って玉砕できる気がする。勇気を奮い立たせてみたら、彼女の真横で、俺の下着はぬるぬると湿っている。このままでは本当に玉砕しそうである。不幸せと幸せが隣り合わせのまま、何とか無事授業を終えた。始業日なので、昼前に学校も終った。

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