28話:糾弾会


 ジーク達がチューリッヒを訪れる数日前、ルッツは町長であるホーゲンカンプに呼び出されていた。三重の城壁で守られた中央の城塞の城塞にはチューリッヒを治める主要人物が会議のために集められており、ルッツもそれに出席するために出席することになっていた。


 礼服の詰め襟を締め直したルッツは会議室に入り、自分のために用意された椅子へと座る。なんでもない風を装っているが、継がれたワインを傾けて強引に緊張を解きほぐそうとしていることは、社交の場で人間観察を怠らない貴族には見透かされているだろうことは、彼も十分にわかっているつもりだった。なぜならこの会議は十中八九、彼を糾弾するために開催されたものだと踏んでいたからだ。


 円卓の席が全て埋まったことを確認したホーゲンカンプは、そのふくよかな腹をなでながらルッツを睨みつけて口を開いた。


「さて、今回集まってもらったのは他でもない、最近湖の街で頻発している盗人騒ぎだ。」


 ルッツはバツが悪そうに配られた羊皮紙に綴られた被害を確認する。チューリッヒを治める貴族や豪商が軒並み被害に遭っており、最近中央区画の警備を増強したばかりだった。しかし、つい先日、また新たな被害が発生した。よりにもよって騎士団が警邏を行っていた区画で、だ。


「我ら騎士団は全力を持って対応中であります。」


「一月前にも同じことを聞いたが?」


 ルッツはそれに返答する言葉を持たない。一月前にすぐにでも捕まえて絞首台に立たせると豪語したのは他でもないルッツ本人だからだ。しかし、実際は捕まえるどころか被害の拡大を止めることすら出来ていなかった。ホーゲンカンプを始めとするチューリッヒの首脳陣は、もはや彼を信用してなどいない。なのにわざわざ呼び出したのは、単純にガス抜きのためだった。


 しかし、ルッツをよく知る者に、ホーゲンカンプらのこの仕打ちを咎めるものはいないだろう。ルッツを始めこの町の騎士は貴族階級の出身が八割を占める。そのためか平民に対し横暴な言動が目立ち、それが問題に発展することが多かった。そのくせ有事となるとこの体たらくであり、元々低かった騎士団の名声はこれ以上ないほどに失墜していた。元から平民の信頼はなかったが、ついに貴族からも見捨てられる寸前まで来てしまっていた。


(どうしてこうなった……!)


 ルッツは机の下で拳を握りしめていた。本当はここまでの騒ぎになるはずではなかった。ただのが、いつの間にかここまでの大事になってしまった。本来はもうとっくに捕まって処刑したという名目で金を握らせてどこかへトンズラさせるという契約だったはずなのにヤツはいつまでも逃げ回って犯行を続けている。


 このままでは予算の増額など夢のまた夢、それどころかルッツの貴族位の剥奪や騎士団の取り潰しにまで発展しかねない。ルッツは起死回生の一手をどうにかして手繰り寄せるしか無かった。最初は私腹を肥やすための予算増額計画だったが、いまは切実に予算も人員も足りていなかった。切れる手札を増やすべく、ルッツは人手をねだることにした。


「昨夜は警邏の手薄な箇所をやられました。人員が足りていないのです。」


「でしたら、冒険者を雇ってはいかがかな?」


 それに答えたのは裕福そうな老人、トレンメルだった。平民上がりの商人であるトレンメルの発案は、一見真っ当に聞こえる発言だった。しかし、トレンメルは冒険者ギルドとの太いパイプがある。円卓での発言権を強めたいという思惑があるのは誰の眼にも確かだった。


 だが、それは円卓を囲む多くの貴族の神経を逆なでさせる事となった。チューリッヒは貴族の権力が非常に強い都市で、王国内でも数少ない冒険者ギルドの建物が置かれていない町でもある。そのため幸か不幸かルッツ率いる騎士団は見捨てられずにいた。口々に貴族連中がそれに反対し始める。


「貴族が平民を頼るだと?本気で言っているのかね。」


「そうだ、冒険者などというならず者に都市の一大事を任せるわけにはいかん。」


「冒険者と言えば、ピアソン騎士長が冒険者をつれてこの町に立ち寄るとか。」


「冒険者はともかく、あのピアソン騎士長ならば信頼できよう。」


 冒険者ではなく、騎士団を頼る方向に話が切り替わったのはルッツにとって都合が良かったが、他の騎士団に実行犯を捕まえられるわけにはいかなかった。それこそ、平民の冒険者に手柄を譲ってもいいと思えるほどに。冒険者であれば最悪金を詰めばなんとでもなるだろうが、騎士だとそういう訳にもいかない。


 だが、このままではピアソンに騎士団の指揮権全てを奪われかねない。そんな事態だけは、死んでも避けたかった。もしピアソンに捕まったヤツが自分たちとの関係を露呈させると、もはや立場どころの騒ぎではなくなってしまう。


「いえ、ピアソン騎士長に任せるまでもなく、今度こそ私が捕まえてみせましょう。」


「ふん。まぁ、良い。今日まで手柄を挙げられなかったからと言って、明日挙げられないとも限らん。だが、ピアソン騎士長が来るまで手柄を挙げられんようなら、指揮権を剥奪することも考えていることは、努々忘れるな。」


「は。」


 なんとか首の皮一枚でつながったと、安堵のため息を吐いた。



 長い長い会議が終わり、城の出口へ向かうルッツは、詰まった息を吐き出すためにも、礼服の詰め襟を緩めた。


「アラベーデー、奴の捜索はまだ終わらんのか!」


「すいません、あのガキ。なかなかに逃げ足がすばしっこくて……。」


 ルッツの呼びかけに応じて足元の影から這い出るように現れたのは闇人族の小柄な男だった。アレベーデーと呼ばれた男ははルッツが雇った盗賊団から連絡係として派遣された盗賊シーフだった。アラベーデーは【偽装フェイク】の魔術を用いてルッツの副官に見えるように外見を偽装すると、なるべく堂々とした佇まいで隣を歩き出した。


「とにかく、すぐに捕まえろ。でなければ払える報酬も払えなくなる。」


「分かっていますよ。あっしらの面子にも関わりますからね。」


「ピアソンが来るまで三日あるかどうかだ、それまでに探し出せなければ貴様を犯人として突き出すからな!」


「ご勘弁を。」


「方法は問わないが、生きた状態で連れてこい。」


「可能な限り善処しますけど、保証なんてできませんよ。」


 ルッツにとっては冒険者

 その後、お互いに何も言葉を交わすことなく並び歩く二人を、物陰から除く小さな人影が見ていた。人影は誰にも感づかれることなく、その場から消えた。

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