27話:堅牢なるチューリッヒ
襲撃から三日、俺たちの心配は杞憂に終わり、何事もなく第一の目的地であるチューリッヒへとたどり着いた。元々要塞として造られた頑強な城を中心として造られたその町は、拡張されて都市になった現在でもその周囲を重厚な城壁で囲んでいた。しかし、そこから人が溢れ出しているようで、城壁の周囲には掘っ立て小屋がいくつも立っていた。
到着した時、なぜか城門の落とし格子が落ちていたが、詰め所にいた騎士が俺たちの掲げる騎士団の旗を確認したようで、近づくにつれて巨大な城門の鋼の落とし格子が持ち上がった。そのまま門を通ろうとすると、城門の詰め所から壮年の騎士が歩み寄ってきた。
「ご苦労さま。私はチューリッヒ駐屯地の騎士長を務めるルッツだ。」
「あぁご苦労、ピアソンだ。早速で悪いが、厩と寝床を使わせてほしい。」
ほとんど強行軍で最低限の休息しか取れていなかった俺たちはひどく疲れていた。特に長旅なんて慣れていない俺とレオンはもうヘトヘトで、レオンに至ってはチューリッヒへつく三〇分ほど前に俺に肩を預けて眠ってしまっていた。しかし、ルッツはいやみったらしい顔で俺たちを引き止める。
「申し訳ないが、現在チューリッヒでは盗人騒ぎが起きていてな。念の為身分を確認させてもらう。」
「ほう、町中での盗人騒ぎで外から来た我々を疑うのかね?」
「あぁ、盗人の仲間が紛れているとも限らない。」
やたらと高圧的なルッツの態度にピアソンは舌打ちで返すと、俺たちは検閲のために出てきた騎士に身分証を見せた。俺たちもそれに習って冒険者の認識票を見せる。明らかに眠そうな様子のレオンを見て検閲で回ってきた騎士はバツの悪そうな顔をして、俺たちに小さな包みを渡してくれた。
「うちの騎士長が迷惑をかけた。ちょっとは疲れが取れるだろうから、食べてくれな。」
包みを開いてみると、ナッツを蜜かなにかで固めたような菓子が入っていた。試しに1つ口に入れてみると、キャンディやキャラメルに似た味で、ちょっと固いヌガーのようだった。甘いものは疲れた体にとって嬉しいもので、寝起きのレオンの口にも1つ入れてやった。
「あまい……。」
「さっきもらったんだ。ちょっとは疲れが取れるかもってさ。」
「うん……。」
眠そうな様子を隠そうともしないで口の中でヌガー(仮)を転がすレオンを横目で見ながら全員分の検閲が終わるのを待った。ちょうど口の中に何もなくなった頃、やっと検閲が終わったようだった。
「これで分かったかね?」
「いや、そこの子供。その剣はどうした?検めさせてもらうぞ。」
「それはその子にしか抜けんのだ。」
「ほう、カリバーンでもあるまい。どこから盗んできたんだね?」
そう言ってルッツは俺の背負った剣を掴もうとするが、やはり空を掴むようにすり抜けるだけで、ルッツは周囲にもわかるように大きく舌打ちをした。それに対しピアソンはあからさまに得意げな顔をして再度同じ言葉を投げかけた。
「これで、わかったかね?」
「あぁ、わかった。おい!レーラー!案内してやれ!」
「あ、はい!どうぞこちらへ。」
レーラーと呼ばれた若い騎士の案内で俺たちは宿舎へと案内された。先程のルッツの言動には騎士団にも辟易しているようで、兵舎の雰囲気もあまりいいものとは言えない。
「申し訳ありません。ルッツ騎士長はいま機嫌がよろしくなくて……」
「それほど手こずっているのかね。」
「えぇ、この都市を治めるホーゲンカンプ様からの印象も下がる一方なので、なにか手柄を上げたいんでしょう。」
レーラーの口調からもルッツの苛立ちに感化されているのかピリピリしている様子が嫌でも感じ取れた。
「こちらの部屋を開けてあります。私は先程の曲がり角の詰め所で待機しています。」
俺たちは当てられた部屋につくと、うとうとしているレオンを背負ってベッドへと運んでから、装備を外して泥のように眠った。
◆
それからしばらくして、宿舎の中に警鐘が鳴り響いた。しつこく打ち鳴らされるそれにろくな休息も出来ないまま叩き起こされた俺たちの部屋にレーラーが駆け込んできた。
「何事だ?」
眠気を押し飛ばすように背筋を伸ばすデューターがあくび混じりにレーラーに問いかける。
「すいません。賊が出ました。我々だけで対処しますので、休憩を続けてくださ……。」
「いや、君たちも出てもらおうか?三つ星級の冒険者なんだろう?さぞかし腕が立つと見た。」
話を遮ったのはルッツだった。城門と同様にいやみったらしい口調でこちらを見下したような態度が、ピアソンがいないこともあってかより強調されたように思えた。デューター達ははその態度に反感を覚えたようで、逆に相手を見下した態度でそれに返す。
「冒険者への依頼の仕方が間違ってるぞ。」
「きちんと
「まぁ、それでも受けるとは限らないけどね。」
「そもそも騎士団は冒険者に命令する権限は有りません。」
普段は嫌味どころか人に対して悪意を見せることすらないマリーですらルッツの態度が横暴に見えたようで苦言を呈していた。俺は賊に関してはなんとかしたい思いが強かったが、デューター達の反応を鑑みて下手に口をだすべきではないと思った。まだ必要な判断材料がが十分に揃っているわけではないし、それで動いたところでろくな結末にならないことをよく知っている。
「おや、冒険者ともあろうものが、怖いのかね?」
「冒険者に頼らなきゃ、盗人一人捕まえられない騎士団が何を言うか。」
一触即発の状況に仲裁に入ったのはピアソンだった。
「貴様の管轄外だろう。口出しするな。」
「口出ししてほしくなければ私の領分に踏み込んでくれるな。」
胸ぐらをつかんで今にも殴りかからんばかりの気迫を纏ったピアソンに気圧されたルッツは無理やりその腕を振り払ってその場を立ち去った。レーラーは俺たちに1つ頭を下げてからその後を追っていった。
「騎士団の面子に泥を塗るつもりか、あの男は。」
ピアソンはそう吐き捨てると俺たちに作ったような笑顔をみせて部屋を出ていった。
「とりあえず休むか……。マリー、【
「はい。」
マリーの唱えた魔術により静かさを取り戻した部屋で俺たちはもう一度眠りについた。
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