26話:訓練と約束


 今の俺に必要なものは数え切れないほど多いが、まずは筋力をつけなければいけない。ピアソンから受け取った剣を振るためにも、無駄なしの弓フェイルノートを引くためにも、今の筋力では心許ない。野営地の復旧にピアソンの部下も駆り出されているため、その間稽古をつけてもらうことになった。


 忙しいピアソンに変わり、副官のクィンタルと立会稽古を行っていた。もう何度も打ち合っていて、木でできているにも関わらず練習用の木剣は疲労も合わさって重たく、構えるだけでも若干負担がかかってきている。それをむやみに振り回したところで、クィンタルは木剣で受けるでもなく姿勢を少し傾けただけで除けてしまう。


「今のはダメだ、全身で振ることを意識しろ。」


「はいっ!」


 それに従い、俺は木剣を振る。腕だけで振ってはうまく力が入らないし、何より負担が大きい。昔、少しだけ教わっていた武術の動きを思い出す。脳で覚えていても、この体では覚えていないのか、思ったより上手くは動かない。クィンタルは木剣の切っ先で受け流すように逸らされてしまうが、さっきの一振りよりは明らかにマシだ。


「そうだ、今の動きだ。力は水のように流れるということを忘れるな。」


「はいっ!」


 大地を踏みつける力がつま先から脚を伝い、腰を通り背中へ抜け、肩を経由させて腕を振る。言葉にすればなんてことはないが実行することのなんと難しいことか。常に考えながら体を動かさなければ、体は動きを覚えてくれない。体の動きを常に意識する。ピアソンの圧倒的な技量にはさすがに劣るようだが、その副官を務めるだけ会ってクィンタルの技量もかなりの代物だ。俺の付け焼き刃の剣は、ことごとくその切っ先を逸らされてしまう。


「飲み込みが早いな。教え甲斐があるというものだ。」


「まだ、まだ足りません……!」


 俺はもう一度、木剣を振りかぶって斬りかかり、逸らされる。振り下ろしたそれを即座に体に引き付けて突進の要領で突きを入れてみるが、今度は体を半身にして除けられる。


「そうだ!一度かわされても次に繋げることを意識しろ。」


「はい!」


 今度は剣を下段に構えて逆袈裟に切り上げる。クィンタルは上体をそらして回避するが、俺はもう一歩踏み込んで振り下ろす。が、剣の腹で受け流されて俺はバランスを崩すも、なんとか立ち直った。


「まだ、いけます!」


「そうだな。しかし休憩も必要だ。」


 一度剣を構えるが、クィンタルは軽く俺の剣を叩くように弾くと、俺の手は意思とは裏腹に木剣を取り落してしまった。


「……はい。」


 クィンタルは俺の様子をよく見ていた。俺はもう息も上がっていて、汗でやや服が重く感じる。いや、疲れで身体自体が重くなってきているのかもしれない。結局一太刀浴びせることも叶わず、俺はへたり込むように座り込んだ。それと入れ替わるようにグスタフがクィンタルに対し稽古を申し込みに行っていた。


「おつかれ、ジーク。」


「レオン……。」


「もう喋るのも辛そうだね。ほら、これ飲んで。」


 レオンから受け取った、よく冷えた水を飲み干す。汗を絞り出した後の火照った体に、冷たい水は驚くほど早く染み込んでいくようだ、大きなカップのはずなのに、もう空になってしまった。


「はぁ……生き返る……。」


「大げさだよ。」


「かもな。」


「ねぇ、ジーク。」


「なんだ?」


「僕たちもまだ子供なんだから、もう少しゆっくりでもいいんじゃないかな。」


 言われてみれば、急ぎすぎているのかもしれない。俺の持ち物が、あまりにも身に余るものだからかもしれない。


「それに、置いていかれるのも嫌だからね。」


 レオンの見せた笑顔は、少しだけ陰っているようだった。たぶん、こっちが本音なのかもしれない。レオンから見れば、強力な武器を手に入れて、実際に戦果も上げた俺が、随分先にいるように見えるのだろう。しかし、俺もマリーやアンナからたくさんの魔術を教わって、俺の倍以上の種類の魔術を扱えるレオンに対して焦りを覚えていたのかもしれない。


「レオンだって、俺を置いていかないでくれよ。」


 レオンは俺の答えに少々驚いたような顔を見せたが、今度は陰りのない笑顔に変わった。


「じゃあ、競争!」


「あぁ!」


「おいジーク!」


 そんな事を話していると、グスタフから声がかかった。そちらの方に目を向けると、グスタフは仰向けに倒れてぜぇぜぇと肩で息をしていた。一方でクィンタルは汗1つ書いていないようだった。


「こ、交代してくれ……。」


「私も休憩したいんだが……。」



 その日の夕食の頃、ピアソンが夕食に招いてくれた。テーブルには騎士長級のための豪華な食事が並んでいる。


「昨日の夜は助かった。これは野営地の皆からの礼でもある。食べてくれ。」



騎士長の食事


・ブルホースのステーキ

家畜用に育てられたの上質なブルホースの一枚肉を丁寧に焼いたステーキ。ミディアムレアに焼かれた肉に、果実酒とスパイス等で作ったソースがかけられている。


森人エルフ風、野菜と腸詰めのスープ

コンソメスープに似た、澄んだ琥珀色のスープに、ホッグのソーセージと大きめに切った野菜が入っている。ポトフのような味。


・パン

干した果物を生地に混ぜて焼いた甘い味わいのパン。


・果実酒

ウーヴァスと呼ばれるぶどうに似た植物の実で造られた酒。美しい赤色をしているが、俺はまだ飲ませてもらえない。


・果物の盛り合わせ。

新鮮でみずみずしい果物の盛り合わせ。甘酸っぱい。



「さて、明日の朝には出立できるだろう。今日中に荷物をまとめてくれ。」


「わかりました。」


「それと、今後は野営地によるのは補給だけにする。内部に裏切り者が居る可能性が出てきたからな。」


「裏切り者?」


「あぁ、悲しいことに、この野営地から盗賊の手引をしたものが現れた。」


「騎士が?嘘だろ?」


 俺はルビッツのことを言っているのだと確信した。状況的に、ルビッツが野盗を率いて襲撃を仕掛けたと見て間違いないだろう、そして、その目的は恐らく俺だ。


「残念ながら事実だ。騎士は忠義に厚いが、たまに忠義の先を間違えるものが居る。」


 ピアソンは果実酒の入ったグラスを傾けて中身を一口だけ飲み込む。俺はあの夜、十字架の首飾りを握りしめて何かに祈るルビッツの姿を思い出していた。ルビッツはアルペンハイム辺境伯ではなく、神に忠義を誓っていたのかもしれない。その神のお告げだと言ってたが、だとしたら、俺があの時見た紳士服の老人の意図は何なのだろうか。俺にはなんとも理解できなかった。

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