24話:夜襲
「ジーク、そろそろ寝ないと。明日も早いよ。」
「うん。これが終わったら寝るよ。」
俺たちはあてがわれたテントで休息をとっていた。俺は精霊人形を切りの良いところまで仕上げたかったので、いつもより夜ふかしをして霊木を削っていた。精霊人形は精巧に仕上げるほど効果があるようなので、できるだけ手は抜きたくなかった。正直、レオンもカンテラの明かりで魔導書かなにかを読んでいるので、人のことは言えないだろうが。
そんなとき、野営地に鐘の音が鳴り響いた。誰かが「敵襲」と叫んでいるのが聞こえる。俺は咄嗟にテントから顔を出すと、デューター達も飛び起きたようで寝癖の吐いた頭をテントから覗かせていた。
「どうした、何があった!」
「敵襲です!、野盗の類のようで、只今対応中です。」
程なくしてピアソンが鎧を整えながら駆け出してきて夜警の騎士を一人捕まえて現状の確認をしていた。しかし、夜間の襲撃とは言え、いくらなんでも混乱している様子で、あちこちで怒号が飛び交っているようだった。
「ルビッツが見えないが?」
「それが行方不明なんです。臨時ですが、指揮をお願いします。」
話を聞く限り、現場責任者であるはずのルビッツが行方不明で、そのせいで統制が取れていないようだった。だが、今いないものを頼りにするわけにも行かず、ピアソンが指揮を執るようだった。俺たちも急いで装備を整えて夜襲を迎撃するための準備を始めた。
「ピアソン騎士長!」
「あぁ、君たちか、悪いが手を貸してほしい。」
「何をすればいい?」
「とりあえず魔術師の君達は防衛網の支援をしてくれ、補助魔法を頼む。司祭の君はけが人の手当を頼む。」
「戦士と野伏はどうすればいいんだ?」
「そうだな、クィンタルの隊に合流してくれ、ジーク、君は櫓に登って上から支援をしてほしい。」
俺たちはピアソンの指示に従って配置につく。俺は櫓の一つに登って周囲を見回した。魔力の光は見えないが、所々に松明の明かりが見て取れた。【暗視】の魔術を使える魔術師はいないと見て間違いないだろう。俺はその松明を持った野盗と思しき人影に向かって矢を射掛けた。松明の明かりはぽろりと転げ落ちて草原を転がっていた。
「まず1つ……。」
向こうがこちらを殺しに来ているかもしれないが、だからといってむやみに命を奪っていい法は、今の俺の中にはない。篝火を落とせば、敵の攻撃の手も多少は止むだろう。自分の手を汚さない方便のようで卑怯かもしれないが、あとの処遇は騎士団に任せようと思った。
下では迎撃の準備が整ったようで、【付与術】の明かりが灯った武器が輝いていた。こちらは【暗視】が使えるので松明を持たずとも自由に行動できる分十分なアドバンテージを持って迎え撃つことが出来た。その上簡易的とは言え野営地という拠点がある防衛戦で、後衛には少数とは言え魔術師や司祭までも控えている。状況は圧倒的に有利だと思えた。向こうの目でもある松明は俺たち弓兵が率先して刈り取っているので、あとは夜目が聞かない相手を一方的に攻撃できる。そう思っていた。
正面の敵に注意が向いたときに横合いに強烈な魔術の光が見えた。
「西側!なにかきます!」
「何!?」
それは手薄になっている箇所のバリケードを蹴飛ばして手薄な櫓を押し倒した。燃え上がる櫓に照らされて浮かび上がったそれは、まさに土の巨人だった。
「
アースゴーレムと呼ばれたそれは、騎士団所属の司祭やマリーが解呪を行っているようだが、この前の
その時、俺の登っている櫓のそばでも、大きな地響きとともにもう一体のアースゴーレムが立ち上がった。俺の手持ちの矢や魔術では炎で燃えることもなく、痛覚もないアースゴーレムに対応できるような手段はない。弓を背負い、背中に担いだ魔法剣を抜く。切ろうと思えばたとえ鉄だろうが切り裂く事のできる理不尽を体現したようなこの剣であれば、大きなアースゴーレム相手でも有効打を与えられるはずだ。
「土の精よ!荒ぶる大地の力で仇成す敵を貫き給え!【
騎士団が行使した魔術により、地面から突き出した岩石の槍がアースゴーレムの巨大な体躯を貫いた。大きくバランスを崩したアースゴーレムに飛び移るように跳躍した俺は剣を大きく振りかぶって倒れかかったそれに思い切り剣を振り下ろした。その瞬間、剣を包み込む光がひときわ大きく輝いたかと思うと、まるで刀身を伸ばすかのようにその光が広がり、光の奔流はアースゴーレムの巨躯をまっすぐに切り裂いた。
「え?」
あまりにもあんまりな、まるで夢のような光景に騎士団どころか実際にそれを行った俺ですらもうまい言葉が出せずに唖然とするしかなかった。まさか俺も一撃でこんなことになるとは夢にも思わなかった。誰かが上げた歓声にも似た声で騎士団の士気は一気に上昇した。逆に切った札の1つがあっけなく落とされたことで敵の士気は大きく削れるだろう。
「これは、危険だ……。」
振るった力のあまりの大きさに俺はこの剣と、それを握る責任の大きさを痛感させられた気がした。だが、託された以上手放すわけにもいかない。とりあえず今は剣を背中に戻すと、もう一体のアースゴーレムの対応をしているマリーたちの元へと走る。魔力視で見た様子だと、此方側の【解呪】の力が勝っているようで、アースゴーレムはそれに抗うように暴れているものの、所々は術が解けかけて少しずつ崩れているようだった。
「マリーさん!」
「こっちは大丈夫。術者を探して!」
「分かった!」
俺はまだ崩れていない櫓に登り、周囲を見渡す。北側から襲いかかる野盗に東西から挟み込むように展開されたアースゴーレム。南側からもなにか来ると考えられるが、南側には先程水を汲みに行った川がある。渡るには骨が折れる川幅だが、アースゴーレムならそこまで大きな障害にはならないだろう。
眼を凝らすと案の定、魔力の光と共に土が盛り上がりはじめるのが見えた。俺はその付近に人影を認め、そこに向かって矢を放った。しかし、その人影は俺の放った矢を苦もせずに長剣で切り落とすと、お返しとばかりに【
「風の精よ、我が矢を届け給え!【
竜巻のような突風を纏って猛進する矢は一度見当違いの方向へ飛ぶが、すぐに方向を変えて人影へ突き進む。しかし一手遅かったようで、新たに出現したアースゴーレムが主人を庇うように身を乗り出し、矢はアースゴーレムに突き刺さった。
思わず舌打ちをひとつかまして、鞄から鉤縄を取り出し、櫓に引っ掛けてそれを伝って下まで降りる。間一髪だったようで、先程まで登っていた櫓は【火球】の巨大な炎が飲み込んでしまった。俺は目立つ赤い髪を隠すためにフードを被ると姿勢を低くして矢の残りを確かめる。矢は十分にあるが、この弓では何度射ってもアースゴーレムに阻まれてしまう。俺は荷馬車へ走ると、俺たちの持ってきた荷物からポーションの瓶を取り出して、3本のストレングス・ポーションを一気に飲み干した。体に力がみなぎってくるのがわかる、一時的なものではあるが、あのアースゴーレムを相手にするには十分だという自身があった。
最後に俺が取り出したのは、赤い魔石の嵌った白銀に輝く大弓。父さんの残した形見で、俺の知る限る最強の弓、
「行こう、父さん。」
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