王都への旅路

23話:新たなる旅の始まり


 ダンジョン攻略から一月がたった。準備自体はすぐに終わったものの。騎士団を動かすためにはいろいろと制約があるため、そのための処理にいろいろ時間がかかっていたらしい。俺たちはグスタフに剣を教わったり。エレオノーラから剣の調査をしたいと頼み込まれたりと様々な事があった。


 剣のことについても魔術師ギルドを通して文献を探ってもらったりしたが、あまり収穫は得られなかった。ただ剣の練習をしていて分かったこともある。まず、見た目の大きさの割に子供の俺でも触れるほど軽い、というか重さが殆どない。それに、俺以外が握ろうとするとすり抜けるくせして、物を切ったり攻撃を受け止めたりする際は実体を持ったかのような挙動をする。エレオノーラが言うには物質というよりも、そういった概念に近いものかもしれないと言っていたが、何分情報不足であるため断言はできないとのことだった。グスタフはただ理不尽だと言っていた。



 そんな中、今日もギルドの中庭でグスタフと剣の修練をしていると、ピアソンの副官であるクィンタルが俺たちを訪ねてきた。

 

「久しぶりだな。こちらの準備が整った。早ければ明日にでも出立できるだろう。」


「分かった。ジーク。今日はここまでにして準備するか。」


「うん。レオンを呼んでくる。」


 レオンは魔術の習得のためにエレオノーラから魔導書を借りてきたと言っていた。きっと俺たちがギルドから借りている部屋にいるだろう。


「おわぁっ!つめたい……。」


 部屋の近くまで着てみると、レオンはなにか一人で騒がしい事になっているようだった。流石に部屋の中で魔術を使うこともないだろうし、水でもこぼしたのだろうか。


「レオン、大丈夫か?騎士団の準備が整ったみたい……だ?」


「あ……。」


 特段気を使う間柄でもないので、とくにノックをするでもなく部屋の扉を開くと、水で濡れた服を着替えるために脱いだ服を抱えたレオンがいた。しかし、その体つきは同年代の男というにはあまりにも華奢で、その胸元はわずかに膨らんできているのがわかった。俺は一瞬思考が停止したが。部屋を間違えたかと思って扉を閉じる。


「あ、まってジーク!いやまだ入ってこないで!服を着るから!」


 ドタバタとなにやら忙しい音を聞きながら待つこと2分、ゆっくりと扉が開いてレオンが顔をのぞかせた。


「あの……もういいよ。」


「あ、あぁ。ノックもしないでごめん……。」


 なにやら気まずい空気が流れる。俺はレオンを直視することが出来なかった。先程見えてしまったレオンの体が脳内にちらついて、混乱しているようだった。しばらくお互い無言で目をそらし合っていると、先にレオンが口を開いた。


「あの、黙っててごめん。」


「いいよ。何か事情があるんだろ?」


 どんな理由があるにしろ、俺からは深く聞くのはよしておこうと思った。レオンにはレオンの事情があるということは【呪い】の一件でよくわかっていたつもりだった。しかし、レオンはそれを見透かしているかのように、自ら口を開いた。


「父さんがね、弟が生まれるまでは、僕が長男として村長の後を継ぐための勉強をしろって言って、そういう風に育てられたんだ。結局僕は一人っ子だったけどね。」


 俺は、その告白に返す言葉を持ち合わせていなかった。もう村長は死んだんだからその言葉にとらわれなくていい、とも言えない。俺が父さんのような冒険者になりたいという自己否定につながることを恐れたからだ。それに、レオンが数少ない村の生き残りで、同年代の俺との関係を崩したくなかったのかもしれない。


「でも、いつか言わなきゃいけないことだったから。気にしないでね。できれば今まで通り接してほしい。」


「レオン……。今はまだ、俺たちだけの秘密にしよう。」


「秘密、秘密かぁ……。いいね。あの頃みたいだ。」


 秘密の隠れ家、森の奥深く、と当時は思っていた村の近くの茂みに作った小さな小屋のようなものを俺たちは思い出していた。結局作っていた頃から村の人達にはばれていたけれど、あれは俺たちがはじめて交わした、秘密の共有だった。しかし、笑うレオンの表情は、昔から変わってないはずなのに、昨日よりもずっと可愛らしく見えた気がした。



「それじゃあ、行ってらっしゃいネ。」


「王都でも達者でな。」


 俺たちは翌朝、二人のギルドマスターに見送られ、騎士団に護衛されるという駆け出しの冒険者としては破格の待遇で『北の港』を出立した。国境に近い辺境の地では、商隊を襲って成り代わる密入国者や難民に襲われるかもしれないということで、騎士団は緊張した面持ちだった。


「道中、大きな都市を3つほど経由する。ブルホースも適度に休ませなければならないし、なによりこの人数の食料を運ぶのも大変だからな。」


 馬車に揺られながら、無理やり職務を部下に押し付けてついてきたというピアソンは地図を広げてそこに描かれた都市を指差して、道をなぞる。


「まずは『北の港』からこの街道を通ってチューリッヒへと向かう。4日はかかるが、それでも最短の道のりだ。途中、騎士団の野営地があるから、そこで夜を過ごすことになる。しかし、憂慮すべき事態として最近野盗が多いとの報告が上がっている。騎士団の野営地を襲う間抜けはいないと思うが、気は抜けないだろう。」


「盗賊は間抜けだから襲ってくるってことか。」


 グスタフの軽口にピアソンは違いないと大きく笑った。


「だが、騎士団を襲わざるを得ないくらいに追い詰められた盗賊は厄介だ。何が何でも奪い去ろうとするだろう。博打に勝てば騎士団が持っていた鎧に武器にブルホースに食料。一攫千金を得られるんだからな。」


「ハイリスク・ハイリターンってやつか。」


「まぁ、リターンを取らせるつもりはないさ。」


 しばらく街道を走っていると、護衛と思しき冒険者を連れた商人の馬車とすれ違った。こちらを警戒しているようだったが、こちらが騎士団の紋章を掲げたのを見た瞬間、彼らは安心したような表情を浮かべていた。その様子からも、この街道に盗賊が出没するということは間違いないだろう。向こうの馬車の御者とこちらの騎士の一人が少し会話を交わして分かれると、こちらに向かって駆け寄ってきた。


「ここから三刻ほどの道のりは安全らしいとのことです。」


「そうか、盗賊がわざわざ馬車にブルホースまで用意して欺瞞を働くとは思えん。信用していいだろう。だが、警戒は怠るな。盗賊が彼らを見逃しただけかもしれないからな。」


 用心も杞憂に終わり、俺達は無事、1日目の野営地にたどり着いた。野営地は簡易的に築かれた砦のようで、丸太を組んだ粗製の櫓と杭を斜めに打ち付けたバリケードで囲われていた。


「お疲れさまです。ここの野営地の騎士長の副官を務めています。ルビッツです。」


 俺たちを出迎えたのはまだ若い騎士だった。どうやら今日は騎士長は不在のようで、副官である彼が一時的に野営地の取りまとめをしているようだった。人手不足で忙しいのか、彼は俺たちをテントへと案内すると挨拶も半ばにどこかへ行ってしまった。


「何事もなくてよかったな。」


「全くだ。」


「私、何かお手伝いをしてきますね。」


「そうね、一晩とは言えお世話になるんだから何かしらお手伝いしないと。」


 働かざるもの食うべからず、というわけでもないが、何もしないというのも居心地が悪いので、俺達は野営地の手伝いをすることにした。食事場の手伝いへ向かおうとするマリーをなんとか救護班の手伝いへ誘導することに成功したあと、俺はトレーニングを兼ねて水くみへと向かっていた。


「あんまり無理するなよ。」


「はい、でも、これくらいなら大丈夫です。」


 野営地の近場の川から水をくんでいると、茂みの向こうにルビッツがいるのを見かけた、彼は胸元から十字架のネックレスを取り出すと、それを握りしめてなにかに祈りを捧げているようだった。邪魔するのも悪いと思った俺は、特に声をかけることもせずにその場をあとにした。

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