22話:冒険の終わり


「さて、正直なところ祝勝会のような雰囲気には見えないんだが?」


 ピアソンと名乗った壮年の騎士はブルホースから降りるとその場を見回すようにこちらに歩み寄ってくる。一件無防備で、剣すら抜いていないのに、万全な状態で仕掛けても全く勝てる気がしなかった。それはこの場にいる誰もが理解しているようで、騎士たちを含めてなお数が多いゴロツキが全く動けていなかった。


「おや、君たちは冒険者かね?疲れているようだな。どれ、町まで送ろうじゃないか。」


「ま、待ちやがれ!」


 あまりにも悠然とした態度に理性のタガが外れたゴロツキの頭目が大きな戦斧をピアソンに向けて振り下ろそうとする。しかし、その斧頭はいつの間にか柄から切り離されており、ドスンと地面に落ちた。


「こらこら、やんちゃはいかんよ、クィンタル。私のブルホースを頼む。」


「は。」


 クィンタルと呼ばれた副官らしき男がブルホース降りてピアソンのブルホースの手綱を引く。ピアソンはまるで長年付き添った親友のようにグスタフの肩に手を回すとそのまま町の方向へ連れ歩くようにして歩き出した。俺たちはそれに従うしかなく、ゴロツキたちはそれをただ見ているしかないようだった。



「大変な目にあったようだな!ハッハッハッハッハッハッハッ……!」


「全く、笑い事じゃありませんよ。すまないな。詫びにここの食事の代金は我々が出そう。」


「当然だ、我々の仕事を肩代わりしてくれたようなものだからな。」


 そのまま何事もなく俺たちは冒険者ギルドまでたどり着いた。何事もなくというか、俺たちも、他の誰にも手出しできない状況だったという方が正しいだろう。先程の悠然として、それでいて張り詰めたような歴戦の老騎士のような佇まいとは一転して好々爺然とした気さくな態度で俺の背中をバシバシと叩いている。


「あの、痛いです……。」


「おっと、悪かったな。ハッハッハッハッハッハッハ……!!!!」


「騎士長、飲む前から酔っ払ってどうするんです。」


「そうだな、全員分の麦酒エールを追加でよこしてくれ!」


「まだ子供ですよ岸町、すまない、蜜酒ミードを二人分!」


 何がそんなに気に入ったのか俺の肩に手を回して運ばれてきた麦酒を執拗に飲ませようとしてくるピアソンのジャッキをクィンタルが取り上げた。未成年の飲酒は特に法律で禁じられているわけではないが、暗黙の了解として、薄めてない酒やエールのような酒は未成年に飲ませないのが通例だ。戒律を重んじるような印象がある騎士とはとても思えない態度に、俺たちはどう対応していいかわからなかった。そんな中、ついにデューターが口を開いた。


「あの、助けてもらってありがとうございます。」


「いや、構わないさ。こちらも手間が省けて助かった。」


 ピアソンは急にかしこまった態度を取ると、麦酒を一息で飲み干してジャッキで机を叩いた。


「結論から言えば、私達はとある魔術師を捕まえるために派遣されていたんだ。」


「もしかして……。」


「あぁ、君たちが捕縛した死霊術師ネクロマンサーだ。」


「まさか遺跡に潜んでいて、すでに冒険者に捕縛されているとは思っても見なかったがね。」


 クィンタルは会ってから何度目かもわからないため息を吐いた。悪しき魔術師を討伐しに出向いてきたと思ったらすでにそれは終わっていたというのだから、騎士の面目は丸つぶれだが、かといって俺たちのやったことを咎めるわけにもいかないという複雑な心境なのだろう。


「まぁ、騎士団からの報酬は出す。それより今は君たちの冒険譚をぜひ聞かせてくれ。」



「つまり、その剣は君にか触れないのかい?」


「そうみたいです。」


 ピアソンは俺が背中に担いだままの剣の柄を握ろうとするが、グスタフ達のときと同じようにすり抜けた。


「なるほど、これは面白いな。伝説のカリバーンのように、選ばれたものにのみ抜ける剣というわけか。」


「はい、俺はもっぱら弓しか使えませんけど……。」


「それはもったいないな。剣を覚える気はないかね。」


「まて、剣は俺が教える。」


「私のほうが腕は上だと思うがね。」


 グスタフとピアソンは睨み合いを続ける。火花がほとばしる比喩表現が目に見えるような熾烈な睨み合いだ。


「これはもはや冒険者一党だけの問題ではないのだよ。」


「こいつは俺たちが面倒を見る。この子の死んだ親父からが預かった。」


「ならば来いッ!」


「老いぼれだからって容赦はしねぇ!」


 酔っぱらい二人が腕相撲を始めた横で、俺たちは真面目な話をすることにした。と言っても名目上の保護者であるデューターと酔っ払ってまともに話し合いができそうにない長の代わりの副官クィンタルが話の中心になるわけだが。


「一応ギルドに話を通すが、俺たちには決定権はないわけか?」


「あぁ、だからといって私達に決定権があるわけでもない。どれにしろ、君たちには一度王都へ出向いてもらうことになるだろう。」


「俺も行くぞ。」


「私にその拒否権はない。さて、君はどうしたい?」


「俺は……。」


 俺はテーブルを囲うみんなを見回す。グスタフ意外は真剣な面持ちでこちらを見つめているようだった。まだ出会って一月にも満たない間柄だが、それでも生死をかけて戦った仲間だった。特にレオンは長年連れ添った親友でもある。もし、デューターたちの都合で、離れ離れになるとしても、レオンとは離れたくなかった。


「俺は、皆と一緒がいいです。」


 俺の答えに、クィンタルただ無言で頷いた。そしておもむろに立ち上がると、顔を真赤にしてグスタフと腕相撲をまだ続けていたピアソンの頭にジョッキのエールをぶち撒けていた。



 翌朝、俺たちは騎士団の護衛を受けてヴェーツェの町を後にした。昨晩ゴロツキに囲まれたことや、俺の剣のことほ踏まえて護衛が会ったほうが良いだろうという、あのピアソンからは想像し辛い真っ当な理由からだった。

 一度拠点に立ち寄って一休みしたら、また慌ただしい日々が始まるだろう。王都に向けた長い旅路という、新しい冒険の始まりだ。

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