20話:ジャイアントキリング


 突入したジーク達に気づいてゴブリンたちは地面に置いていた粗雑な武器を拾い上げる。その一瞬の隙きは一党が一度1ターン行動する虹は十分な時間があった。まずはレオンの手番、鞄から取り出した種子が詰まった小袋をスリングを投擲する。


「土の精よ!我らの敵を絡め取る力を、これに与え給え!【蔦捕縛プラント・バインド】!」


 投擲した袋の紐が空中で紐解かれその中身が辺りに散らばる。魔力を込められたそれは土の精の加護を受けて急速に成長、大部屋に大量にのさばるゴブリンの足元を絡め取り動きを止める。


「エンチャント!」


「火の精よ、力の一端を我らの刃へ宿らせたまえ【付与術エンチャントファイア】!」


 デューターの指示ですかさずアンナが武器に炎の力を付与する。高熱を帯びたデューターの槍が蔦ごと子鬼ゴブリンを燃やし、一匹一匹丁寧に討伐していく。デューターが遊撃を行っている間にジーク達は遺跡に住まう大鬼トロルの討伐に専念する。


「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」


 グスタフは鬨の声ウォークライを上げて注意を引きながら高熱を纏った剣でトロルの足の健を切り裂いた。高い生命力を持ち、凄まじい速さで傷口を再生するトロルも傷口を焼灼されてしまっては、十分にその生命力を発揮できない。大きな悲鳴のような雄叫びを上げ、巨大な棍棒を薙ぎ払うように振り回す。足元を縛られたゴブリンが盛大に巻き込まれ、それが後衛を務める四人にも襲いかかる。


「光の精よ、悪しき者たちから我々を守る盾を与え給え【聖壁セイントウォール!】」


 しかし、その強靭な膂力を持って振るわれた棍棒も、魔力視ヴィジョンを持たなくても見える現実に存在する実態を持った輝く透明な壁に阻まれて動きを止めた。その棍棒を握る指に向けてジークは弓を引き絞る。弓に込められた【付与術】が矢に力を与え、指に突き刺さった矢の文字通り焼けただれるような痛みに耐えかねたトロルは巨木のような棍棒を取り落してしまった。


 怒り狂ったトロルは上手く動かせない左足を引きずりながらその巨大な腕をでたらめに振り回す。振り下ろされたその拳を逸らすように受け流したグスタフは反撃とばかりにトロルの小指と薬指を一撃で切り落とした。しかし、怒りで痛みを忘れたトロルには十分なダメージにはならなかったようで、振り回した腕がゴブリン相手に遊撃しているデューターに迫る。


「あっぶねぇなっ!」


 わざと中に跳んで槍の柄で腕を受け止め、その力を利用して空中に飛び上がると、腰から引き抜いた投げナイフを上空から投擲し、重力の勢いを乗せたそれはトロルの顔に突き刺さり、顔を覆うように悶える。


「炎の精よ!その力の塊で仇成すものを焼き尽くし給え!【火球ファイアボール】!」


「風の精よ、燃え盛る炎を孕み、豪炎となり空へと舞い上がり給え、【炎竜巻ファイアストーム】」


 巨大な腕の防御が疎かになったがら空きの胴体にぶつけられた炎の球が風の魔術により舞い上がり巨大な炎の竜巻となってトロルの巨体を包み込んでその巨体を焼き始める。トロルは足元のゴブリンや負った傷など関係ないかのように暴れまわり、のたうち回り、次第に動きが小さくなっていく。ゴブリンもデューターの遊撃と暴れまわるトロルによって制圧されたようで、大部屋で動くものは一党だけとなった。


「よし、これで……。」


「まだ!」


 叫んだのはジークだった。ジークは倒れたトロルの向こうに、無取りの魔力に包まれた人影を確かに見た。人攫いに襲われた時にみたものと同一なそれは【隠蔽ハイディング】で間違いないだろう。ジークはまだ【付与術】の残る矢をその人影に向かって放った。見えないものと高をくくっていたその人影はその自体に対応できず、とっさに身を躱すが、躱しきれずに肩に燃える矢を受けその魔術も解けた。


「くそがっ……。」


 その姿を表したのは黒いローブを身にまとった魔術師のようだった。褐色の肌に白銀の髪を持つその男は肩に刺さった矢を無理矢理に引き抜き、矢柄を中央から握りつぶすようにへし折った。


「ひ、光の精よ、我が身を蝕む傷を癒やし給え、【治癒ヒール】ッッッ!」


 男は自分の方を掴むと魔術を行使して大きく傷ついた体を癒やした。デューターはローブの男に槍の穂先を向け、警戒しながら少しずつ接近する。


「何者だ?」


「お前に答える必要はない!」


 ローブの男は取り出したナイフで自らを切りつけて、血に濡れたそれを投擲し、倒れたトロルの死体に突き刺した。


「ッ!【死霊術ネクロマンス】です!」


 マリーが叫ぶが速いか、ジークは呪文を唱えるのを防ごうと矢を放つが、正確に喉を狙ったことが災いして体を半身にすることで避けられてしまった。


「闇の精よ、我が血肉を与えし同胞はらからに仮初の命を与え給え!【屍人形ネクロドール】!」


 焼けただれたトロルの死体が持ち上がり、歪なそれは術者であるローブの男により操り人形になったそれは、主を守るように再び立ち上がった。


「マリー!ディスペル!」


「はい!光の精よ、このものにかけられた戒めを解き放ち給え!【解呪ディスペル】!」


「闇の精よ!我が術を妨げさせるな!【抵抗レジストレーション】!!!」


 術を解こうとするマリーとそれを妨害するローブの男の魔術がぶつかり合う。光の精と闇の精の力白と黒の帯のようになってネクロドールとなったトロルの周囲で拮抗しているのがジークの眼には見えていた。


 仮初の命を得たトロルは指がかけた手で棍棒を握り直し、手近にいたグスタフにそれを振り下ろす。


「土の精よ!我に強固な守りを与え給え!【鉄壁アイアンウォール】!」


 グスタフは【鉄壁】により文字通り鉄のような強度を得た肉体でそれを真正面から受け止めた。グスタフの体を通して突き抜けた衝撃は足元の石畳を砕き、それによりグスタフは思わず体制を崩され、砂埃の中に消えた。


「怯むな!俺は術者を仕留める!」


 いくらトロルの巨体とは言え、部屋を埋め尽くすほどではなく、大きく迂回するデューターを止めきることは出来ない。故に、トロルは術を解こうとするマリーに襲いかかる。前衛が動けず、【聖壁】を張れるマリーは敵の術に対抗している最中だった。大技をぶつけたアンナとレオンは仕留めきれるだけの魔力を残していない。


「ジーク!」


 しかし、ジークだけは魔力を残していた。今のジークがずべ手の魔力を込めて放たれる大技。矢筒から引き抜いた矢に番える手に触媒となる木彫りの人形を握りしめて魔力を増幅する。


「風の精よ!水の精よ!空より降り注ぐ稲妻の力を、この矢に乗せて届け給え!【雷電矢ライトニング・ボルト】!」


 轟音とともに放たれた光速の矢は振り下ろされようとしていた棍棒を、その腕のみならず肩ごと、いやその半身ごと吹き飛ばし、生き物の形を失ったそれは、大きく後ろに倒れた。そしてそれはデューターがローブの魔術師を捉えるには十分な隙きを与えた。


 組み伏せられたローブの魔術師は絞め落とされて気を失い、魔術を失われたトロルの巨体もまた崩れ落ち死体へ還った。しばらく大部屋を静寂が包み込み、トロルもゴブリンもなにも動かなくなったことを革新した時、一党は崩れ落ちるように力を抜いた。


「ハァ、終わった……かな。いや、勝った。だな。」


 凹んだ床からはいでてきたグスタフが漏らした「勝った」という言葉が、一党に勝利の余韻をもたらした。


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