16話:湖の町ヴェーツェ
【
「『北の港』から依頼を受けてきたデューターだ。正規の依頼受注手続きをしたい。」
「かしこまりました。」
デューターが受付で話をしている間、俺たちは先にテーブルを確保することになった。グスタフが給仕係のおばさんと何やら会話をしているので聞き耳を立ててみる。
「6人分だ、いくらだ?」
「どこも一緒さ。パンとスープにチーズを付けて銅貨4枚、肉も付けたら6枚。
「高くなったな。」
「麦が高騰しててね。麦粥は芋でかさ増しできるけどパンは芋を混ぜるとうまく焼けなかったし評判も悪いしで散々さ。」
「そりゃあ厳しいな。おいジーク。ちょっと来てくれ。」
何故か唐突に呼ばれたのでグスタフの方へ向かう。
「どうしたの?」
「小麦をそんなに使わないで腹をふくらませる料理思いつかないか?」
そんなことを聞かれる心当たりはある。俺が地球で暮らしていた頃の知識や常識等、こちらの世界にとっては脈絡も突拍子もない事を言い出すことがままあった。俺も地球で慣れ親しんだ様々な具術や道具等の原理はよくわかっているわけないのできちんと説明することは出来ないが、ちょっとしたことなら最低限説明することが出来る。もちろん役に立たないことも多いが役に立つこともたまにはあるので声をかけられたのだろう。
しかし、頼られることは嫌いじゃないし、料理に関しては叔父が死んでからは一人暮らしをしていたので、料理に関してはある程度知識はある。地球の食材と調理器具を使っての話なので参考にはならない可能性のほうが高いが……。そう言えば芋があるならふかし芋でもいいんじゃないだろうか。
「ふかし芋じゃダメなの?」
「悪かねぇけどさ。味気ないんだよな。」
味気がない……じゃあじゃがバターはどうだろうか。簡単に作れるし、ギルドの食事にチーズを付けられるように、バターもこの世界では手に入りやすい。今まで見てきた感じだとふかし芋にバターを組み合わせてた様子はないし、まだこのへんでは試したことがある人がいないのかもしれない。
「塩気の強いバターとか乗せると美味しそうじゃないかな。」
「あぁ、いいかもしれないね。それくらいなら安くできそうだ。他になにかないかい?」
「薄く伸ばした生地に具を包むみたいなのは?」
「あぁ、南方にそういう料理があるらしいな。どうだ?試せるか?」
「ふかし芋はともかく、それは色々試してみなきゃわかんないさね。でも参考になったよ。ありがとうね。」
タコスみたいなものを思い浮かべてみたが、グスタフの反応を見るとどうやらそういう料理もあるらしい。そんな話をしている間に料理の準備も整ったようで、一党の座る席に戻ると、デューターがちょうど依頼の受領をしてきたようで、机の上に羊皮紙を広げているところだった。俺たちは食事をしながらダンジョンの探索の段取りを始める。
「どうだ?」
「遺跡に瘴気が溜まって魔物が住み着いたらしい。それで調査に向かった一つ星の一党が帰ってこなかったと。」
「まじかよ、一つ星だけでダンジョンに向かうのは無謀にもほどがあるが、やりきれないな。」
「しっかりと弔ってあげなければいけませんね。」
一つ星はまだ駆け出しの冒険者だ。俺たちとも対して変わらない、そんなところに飛び込もうとするのだ、準備はしっかりとしておかないと。
「一応、遺跡の古い地図はあるが、どこかしら崩れてるかもしれない。地図を見るのはレオン、お前に任せた。」
「わ、わかった。」
「ジーク。お前は【
「うん、【罠探知】は大丈夫。魔法系は
この半月で出来ることが増えた。【罠探知】もそうだが、魔力視にもだいぶ慣れてきた。今では目を凝らせば魔力の痕跡も見ることが出来るようになった。ダンジョン探索にもきっと役に立つと思う。
「よし、マリーは【
「了解です。」
「まって、この遺跡結構大きいわよ。魔力足りる?最悪【
「それはマナ・ポーションを買っていこう。何が出るかわからないからアンナの魔力は恩存じておきたい。」
「わかったわ。」
「俺たちはいつもどおり前衛だな。」
一通り
「罠の検知のために先頭は
「わかった。」
「次に
「依存はない」
「それでいいわよ。」
「わかりました。」
「それじゃあ、ご飯が終わったら買い出ししましょうか!」
やることが決まったので必要な物品を話し合っていると先程の給仕さんがこちらに近づいてきた。手に持った皿の上には湯気を上げる芋が乗っており、漂ってくるのは溶けたバターの香ばしい香りだ。
「さっき言ってたやつ、試してみたんだよ。食べてくれるかい?」
「おごりなら大歓迎だな。」
「それでいいよ。」
給仕さんの差し入れ
・ジャガバター(仮)
ふかし芋に塩気の強めのバターをのせたシンプルな料理。ほくほくの芋に濃厚なバターの味と塩気のアクセントのバランスが絶妙。
「へぇ、ふかし芋にバターか。意外と思いつかないもんだな。」
「ちょっと手がベタベタになるけど、ただのふかし芋よりかはいいわね。」
「ヴルストや干し肉とも相性良さそうですね。」
流石に遺伝子組み換えで美味しく作ったじゃがいもほどじゃないけど、味気なくてあんまり人気がないらしいふかし芋よりはずっとマシだ。パンの代わりにするなら十分だろう。
「おい!酒だ!それとメシ4人分!」
俺たちがふかし芋をかじっているとなにやらガラの悪い連中が入ってきた。首から下げた認識票を見る限りは冒険者なのだろうが、『北の港』の冒険者よりもたちが悪そうに見える。あんまり気分のいい立ち振舞ではない、転生前の俺なら速攻で注意に行って問題を起こすだろうが、今はそこまで無謀でも考えなしでもない。
「おい、ダンジョンの依頼がねぇじゃねぇか!!!話が違うぞ!!!」
「今朝見たときはあったんだよ!!!誰かが受けやがったのか?おいどうなってる!!!」
受付で騒ぐ四人組を横目に見ながらデューターは人差し指を口元に当てた。わざわざ面倒事に首を突っ込んで体力を使うのも赤らしいというような顔をしていた。俺は興味本位を装って受付の方を見ると毅然とした態度で断っている。グスタフはなにやらウズウズしているがアンナが頭をひっぱたいた。
「ジーク、抑えてね。」
やっぱりレオンはおれのことをよくわかっているようでそういうことを耳打ちしてくる。昔ほど無謀でも考えなしでもないし、多分、大丈夫、だと思う……。少なくとも暴走はしない。
「騒がしくてごめんね。アイツらは他の地方から流れてきた冒険者さ。何があったか知らないけど、どうせ追放かなんか食らったんだろうよ。関わらないようにしな。」
食後の蜂蜜酒を持ってきた給仕さんが小さく耳打ちするように教えてくれた。見た目通りのろくでもない連中ということらしい。冒険者は統制されたならずものとはよく言ったもので、ああいった『血気盛ん』な手合はいないとも言い切れない。
「何見てんだお前ら!」
ついに難癖をつけられた。デューターはものすごい嫌そうな顔をしているしグスタフは心底面白そうだ。
「そりゃああんだけ騒いでたらな。」
「マリー、アンナ、ここは俺達に任せとけ。レオンとジークも座ってろ。」
グスタフが積極的に立ち上がると諦めたかのようにデューターも立ち上がり、ガラの悪い冒険者と俺たちの間を塞ぐかのように立った。
「舐めんじゃねぇよ!」
短刀を越しに携えたスキンヘッドの男がグスタフの顔めがけてに殴りかかった。前身鎧に身を包んでいるグスタフを狙うなら頭しか無いだろう。だが、逆にグスタフは拳に頭突きを合わせてぶつけた。手の骨が折れるようなえげつない音が聞こえ、スキンヘッドの男は腕を抱えて蹲る。グスタフの額には多少傷がついているが、大したダメージにはなっていない。
「指は斥候の命だってのに、もったいないな。」
「てめぇ!」
入墨の男が軽口を叩いたデューターに殴りかかるが、デューターじゃ体を半身にして軽く避けるとすれ違いざまに足を引っ掛けて盛大にすっ転ばせた。更に追撃と言わんばかりに右の脇腹に強烈なケリが突き刺さった。叔父さんから格闘技を教わってた時に食らったレバーブローの苦しさを思い出し思わず顔が青くなる。
「後二人だな。」
「煽るなグスタフ。」
「ぶっ殺す!」
髭面の男がついに武器を持ち出した。大きな斧を振りかぶるが、それは悪手と言わざるを得ないだろう。グスタフはその大柄な体躯を素早く突進させて斧を振り上げた勢いも乗せて押し倒す。背中を強く打った髭面の男に覆いかぶさるように馬乗りになったグスタフは前身鎧の重量を乗せた頭突きをお見舞いした。どうやら強烈な衝撃を受けたようで気絶してしまったようで白目をむいている。
「最後はお前だけだぞ。どうする?」
「だから煽るなグスタフ!」
「お前の透かした態度が気に食わねぇんだよ!」
「なんで俺だよ!」
リーダー格の大柄な男はグスタフを諌めていたデューターに向かって掴みかかった。またもや先ほどと同じ要領でするりと回避し、足をかけ転ばせるが、次の瞬間宙に浮いた体を更に打ち上げるかのように腹部に膝をめり込ませ、止めと言わんばかりに「同じ足」で背中に踵落としを叩き込んで床に叩きつけた。
「すげぇ……」
それまで全く気にしていなかったが、デューター達の強さは俺よりもなんかよりも遥かに高いところにいることを思い知らされた。俺たちの村を襲った魔物は、人間程度なら簡単に伸してしまうような男たちが魔法の強化を得て倒せるような相手で、父さんはそんな手合に二人で挑んで多大なダメージを与えていたことを理解した。俺の行く道は、まだまだ遠いらしい。
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