探索、古代遺跡

15話:野営


 人攫いの撃退から半月ほど経った頃、俺たちはダンジョンの探索を行うことになった。俺もレオンもいくつか魔術やそれを組み合わせた技術スキルを獲得し、戦力的に増強されたことで6人編成の通称。最大一党フル・パーティを組むことができるようになったという理由もあった。


「そういえばなんで6人で最大フルなんですか?」


「ジンクスだな。ダンジョンに潜ったり遺跡を探索するときに7人以上居ると必ず不幸が起こるっていう言い伝えがある。もちろん飛竜ワイバーンみたいな強敵と戦ったり子鬼ゴブリンの集団と平原で戦するようなときは別だがな。それでも冒険者は6人以下で纏まって活動することが多い。」


 荷馬車に揺られながら御者台に座るレオンとグスタフの話を聞き流す。馬車といっても引いているのは馬ではなく、この世界特有の馬と牛の特徴を併せ持ったブルホースという生き物だったが。空はきれいに晴れ、遠くの山並みを眺めていると、大きく揺れる荷馬車の上でも不思議と眠くなってくるもので、おれは虚ろな意識をなんとか保とうとしていた。


「眠いなら寝ても大丈夫よ。デューターが見張ってくれるから。」


 マリーの柔らかい声が耳に心地良く、眠りそうだったが、車輪が石かなにかを踏んだようで今まで以上に大きく揺れ、一旦浮いた尻を強く打った。デューターはそんな俺を見ながら笑いをこらえていたので精一杯睨み返してみた。


 といっても魔物の多く出る森から離れたこの街道は、定期的に山賊を追い払っていることもあってか平和の一言に尽きる。しばらくすればまた尻の痛みも忘れて眠気が襲ってくることだろうが、そういう時になってまた馬車廃止を踏みつける気がする。


 そして案の定うつらうつらしてきたところで石を踏みつけて尻を打つ羽目になった。



 太陽が空の頂点を過ぎたころ、丘を登って峠を超えると、大きな湖の向こうに町が見えた。


「見えてきたな。あれが依頼があった町だ。湖を渡る船なんかないから、到着するのは明日の昼頃だな。」


「日が沈むだいぶ前に野営の準備しないとね。ウチも大所帯になったわけだし。」


「森が近いから、俺がなにか狩ってきたほうがいいかな。」


「僕も手伝うよ。」


「おぉ、やっぱ野伏レンジャーがいると飯が豪華になっていいな!」


「じゃあ、私が美味しいスープ作りますね!」


 その時唐突に和やかな空気が凍りつく音がしたと思った。グスタフの手綱を握る手がぎこちなくなり、デューターとアンナの顔も引きつっているようだ。俺とレオンはよくわからず顔を見合わせる。


「あぁそうだジーク!レオン!俺ラビットの香草焼きが食いたいな!この辺りで獲れそうか?」


「う、うん。大丈夫……。」


「香草も取れるはずだよ。」


「よし!決まりだな!デューターのわがままもしょうがないが、俺もそういう気分だ!」


「マリーは私と一緒に野営の設営と竈作りましょうね!ね!?」


「は、はぁ……。じゃあ、お願いしますね。」


 今の会話でなんとなく察するものがあった。そう言えばこの一党に入って遠出するのは初めてで野営なんかしたことなかった。マリー、この中で一番料理できそうなのに……。俺とレオンは今度は顔を見合わせて苦笑するしかなかった。



 日がだいぶ傾いてきた頃、俺は野営地近くの小さな林と森の中間くらいの木々が生い茂る場所で久方ぶりに狩りをしていた。俺はエレオノーラに教わった魔術を試してみることにした。


「森に住まう風の精よ、我らに生きる糧を与え給え。【狩人の眼ハンターズ・アイ】」


 【透視クレアボヤンス】の下位互換の魔術で森の中でしか効果がない魔術だが、もともと狩人見習いとして生きてきた俺にとっても、今の状況にとっても都合のいい魔術だった。森の茂みを透けるように大きく育ったらビットをたやすく見つけることが出来た。1射でも当たると効果は切れてしまうが非常に便利だと言っていいだろう。できるだけ大きなもので単独で行動しているメスが好ましい。子を生んでないメスは柔らかくて味もいいからだ。俺は【狩人の眼】を二度使用して丁度いいメスを二匹ほど仕留めた。


「レオン、こっちは仕留めた。」


「こっちも大丈夫。日が暮れる前に戻ろう。」


◆。


「光の精よ。闇の帳の中、我らに近づくものを報せ給え【警報アラーム】」


 野営をするには【警報】の魔術は必要不可欠、小さいけれど森が近いこの野営地は特に。一晩中見張りを立ててもいいけど、それよりも【警報】をしかけてみんなで休むほうが理にかなってる。休むと言えばマリーが料理を作るとかいい出したときには肝を冷やしたけどデューターが機転を利かせてくれたおかげでなんとかなったわ。マリーが一党に入って初めて一緒に野営した時は本当に大変だったわ。料理を任せて、見た目だけは素敵なソレを食べて、マリー意外の全員が寝込んだ。幸い彼女は【解毒デトックス】を覚えていたからなんとかなったけど……。というか【解毒】で治るものが入ったスープって何よ本当に。


 野営地に戻ったらグスタフとマリーが石と土を積んでた。竈かしら。結構本格的ね。というかデューターが見当たらないわね。どうしたのかしら?


「【警報】、仕掛けて来たわよ。もちろん一晩は持つわ。」


「あぁ、助かる。ついでに火をおこしてくれると嬉しいんだが。」


「魔術じゃなくても火は熾せるでしょ。魔術じゃないと出来ないことに使うべきよ。それよりもデューターは?」


「水くみです。水場が近いのにわざわざ【水源ウォーター】を使うのはもったいないって。」


「わかったわ。薪は?」


「レオンがついでに拾ってくるとさ。」


「やっぱり人が多いと便利ね。」


「そうだな。アンナ。竈が出来たから【乾燥ドライ】かけてもらえるか?」


「それなら仕方ないわね。あら、ジークたちも終わったみたいね。薪にも一緒にやっちゃいましょうか。」


 ふと森の方を見るとこちらに向かって歩いてくる小柄な2つの人影があった。



「ただいま、これだけあれば6人でも足りると思う。」


 俺たちは獲ってきた獲物を下ろす。ラビットが二匹と十分な量の香草と木の実、豪華な夕食になりそうだ。


「ラビットは毛皮が売れるかもしれないから俺が解体バラすよ。血抜きはちょっと時間がかかるかな。」


「いや、血抜きには【風化ウェザリング】を使うと速く済む。マリー、一応水を浄化しておいてくれ。」


「わかりました。」


 ちょうど水くみを終えたデューターが帰ってきた。それにしても【風化】で血抜きの時間を短縮できるのか。魔術には便利なものが多いと改めて感じる。文化も文明もかなり進んでるようなのに機械技術の進歩が少ないのはそのせいかもしれない。ろ過装置なんか使わなくても司祭がいれば水を綺麗にするのも素早く済む。


「よし、料理は俺たちに任せてくれ、みんなは休憩してくれよな。」


 そう言ってグスタフとデューターで調理を始めた。俺もラビットの解体は手伝ったが、あとは任せろと言われたので武器の手入れをすることにした。

 ラビットから回収した鏃は再利用する。布で血と油を拭ってカバンに仕舞う。ついでに切り取ってきた矢柄に良さそうな真っ直ぐな枝をナイフで削ってより真っ直ぐに仕上げる。先端は尖らせて火で炙ると先端が炭化して固くなるので粗雑では在るが使える矢が出来上がる。


「へぇ、ジークって矢も作れるのね。案外器用じゃない。」


「うん。村には職人ギルドなんて無かったし、自分で作らなきゃいけなかったから。父さんに教えてもらったんだ。」


 興味深そうに見ていたアンナは腰のポーチから小さな木彫りの人形を取り出して俺に見せてきた。簡単な人型で枝から削り出したような作りだ。


「魔術の触媒なんだけど、こういうの作れそう?」


「これくらいの作りなら、たぶん出来る。」


「じゃあお願いできる?ダンジョン今略する時に役に立つと思うの。」


「わかった。作ってみる。」


 役に立つんだったらいくらでもやる。俺は余った薪から手頃な大きさのものを選んで適当に彫り込んでみる。思ったよりも結構楽しい。今度から暇なときは彫刻でもしてみようか。



「よし、飯だぞー!」


 黙々と木像を掘っているとグスタフから声がかかった、いつの間にか日も沈み、月明かりで作業をしていたようだった。


「ジーク、ご飯だよ。」


「あぁ、わかったよ。」


「あ、スープ作ってるじゃないですか!私が作るって言ったのに……」


「悪いな、俺もたまにはやってみたくてな。」


野営の夕食


・ラビットの香草焼き

グスタフ謹製。ラビットを香草と一緒に包み焼きにしたシンプルな料理。出産前のメスのラビットは柔らかくて食いでがある。炭水化物が欲しくなる味。


・野菜と干し肉のスープ

デューター謹製。刻んだ干し肉と野菜を煮込んだスープ。細かく刻んだ野菜が溶け出していてドロっとしている。干し肉に染み込んだ香辛料と塩の味が強い男らしい豪快な料理。


・保存用のパン

硬めに焼いた保存用のパン。そのままだと硬いのでスープでふやかして食べると美味しい。


 野営の食事は好評だった。と言っても作ったのは俺じゃないが、やっぱり狩猟が出来る野伏がいるのといないのとでは食事の質に差が出るらしい。新鮮な肉を供給できる人材はどこにでも必要なようだった。


 それよりも料理をさせてもらえなかったマリーが終始不機嫌そうだったことが気になった。そんなに自身があったんだろうか……。

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