14話:記憶


 人攫いの集団を捕縛し、ギルドに戻るが、俺たちの気分は晴れなかった。俺はまだいの中で何かが渦巻くような感覚が拭えなかった。今まで数多の命を奪ってきたと思う。生きるためにラビットやウォートホッグを狩ってきた。身を守るため、村を守るために畑を荒らすような獣を狩ったこともある。俺はそれと何が違うんだという言葉を口に出すことなんか出来なかった。向こうがこちらに害意を持っていたとしても、俺は殺せる武器を持って「人」を射った。


 ギルドで待ち受けていたのは、歓声と称賛だった。冒険者になりたてのひよっこが、ベテランの力添えもあったとは言え人攫いの集団を撃退、捕縛したと聞けば、わからないこともないが、俺は非常に囲碁事に悪い空間だった。


「おいおい、何の騒ぎだ?なんだ、ジークじゃないか。」


「デューターさん……俺、人を射った。」


 人混みをかき分けてやってきたデューターに顔を合わせることが出来なかった。


「そうか、まぁ、色々思うことはあるんだろう、ちょっと一緒に来てくれ。」


 デューターは周りを見て冒険者に詫びを入れると、俺の手を引いてギルドの個室へと向かった。グスタフたちも後に続いた。俺とレオンは椅子に座らされ、デューターはその正面の椅子に座った。


「まず、お前達には酷な言葉かもしれないが、よくやった、と思っている。」


 顔を伏せる俺とレオンの様子を見ながら、デューターは言葉を続けた。


「お前らの生まれた村にはいなかったかもしれないが、世の中には魔物のような混沌に与する連中がいる。山賊とか人攫い、精霊ではなく悪魔を進行する魔術師、冒険者を続けていれば何れは戦わなくてはいけなくなっただろう。」


「でも、人なんですよ……。」


 レオンは絞り出すような声を出す。


「あぁ、だからって戦わなくていい理由にはならない。ジークが射たなければ、お前もジークも、マリーも、グスタフだってここにいなかったかもしれないし死んでたかもしれない。ジーク、お前は正しいことをした。誇ってもいいと思う。」


 正しいことをしたという言葉は、俺の中の英雄願望の火に薪をくべるようなものだった。そので俺は心の霧が張れた気がした。


「だが、レオンの言ってることも間違いじゃない。敵だろうが、人は人だ。それを忘れると、人攫いみたいに人を商品にしようとしたり、山賊のように自分たちのために過度に他人から奪うようになる。」


 俺の中で膨れ上がる自己肯定意識、俺の顔のは自然と笑みが浮かび上がっているのだろうか、しかし、それを咎めるようにグスタフが口を挟む。


「だからと言って積極的にそういう奴らを狙うようになったら、ただの狂戦士バーサーカーだ。いつか目的と手段が逆転し始めるだろう。」


 狂戦士と聞いて俺は転生前むかしのことを思い出していた。なぜ忘れていたのかもわからない、忘れてはならなかったはずの記憶。


 父親と離婚した母に連れられて向かった母親の故郷のことだった。俺は正しいことをしていたと信じ、正しいことのために様々な問題を起こした。その当時俺は権力があるやつが横柄な態度をとっていることを悪だとして徹底的に対抗した。


 最初は嫌なことには嫌だという程度だった。そのうち、それがどんどん「お前の言うことは聞かない」、「お前がやっていることは全て間違っている」というふうにエスカレートして、


 


 重症を負った町長の息子に笑いながら追撃をしようとしたところを取り押さえられた。あのときのまさに狂戦士バーサーカーだった俺が、叔父にブチのめされるまで親戚をたらい回しにされるのは当然だった。俺は自分を正当化したいがために抑え込まれていた記憶、いや、自己暗示に近い改ざんされた記憶を認識していたに過ぎなかった。


「ジーク?」


 レオンに声をかけられ、俺の膝の上に涙がこぼれてできた染みが浮かび上がっていることに気がついた。明らかに様子がおかしい俺に、みんな怪訝な顔を向けていた。俺は慌てて涙を拭ってレオンに向き直った。


「大丈夫、たぶん、大丈夫。俺は狂戦士になんかなったりしないって、約束できるから。」


 キョトンとした表情のレオンだったが、なにかが可笑しかったのか小さく笑い始めた。おそらく各々の中で考えていることは噛み合っていないが、結果的にいい方向に転がったんだろうと思いたい。


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 その後、俺たちはギルドの役員に呼び出されていた。当事者であるグスタフを筆頭として俺とレオン、マリーも同席している。デューター達は別行動していたからという理由で席を外していた。淹れられたお茶を飲みながら待っていると、部屋に大柄な男性が入ってきた。かがまなければ扉をくぐれないような長身の男で、歴戦の傷が顔にも刻まれている。


「こちらから呼んでおいて住まない。私はアレクシス。ギルドで冒険者の取締をしている役員だ。」


 テーブルを挟んで向こう側に座った大柄な男性、アレクシスと名乗ったギルド役員は大きな硬化袋をテーブルの上に置いて話しだした。


「例の人攫いには懸賞金が出ていた。その報酬はギルドを通して君たちに支払われることとなる。ギルドからも依頼が出ている仕事なので全額をそのまま渡すということは出来ないことを許してほしい。」


「文句は領主様にでも言うさ。」


「助かる。それと【隠蔽ハイディング】を見破った冒険者が居ると聞いているが。」


「こいつだ。」


 俺たちを見回すアレクシスにグスタフが俺の方を強く叩いて答えた。


「ほう、まだ一つ星の駆け出しがやるじゃないか。名前を聞いてもいいかな?」


「ジークです。見破ったって言っても、俺には魔力視ヴィジョンがあるって、教えてもらいましたから。なにか特別な技術があるわけじゃないです。」


「まぁ、才能でも体質でも力は力だ。何れ役に立ててもらうかもしれん。今日はわざわざすまなかった。」


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「話は済んだみたいだな。」


「あら、けっこう大きいじゃない。私もそっちに付いていけばよかったわ。」


 先に部屋を出たアレクシスと入れ替わるようにデューター達が入ってきた。机の上の硬貨袋を見て目を見開いて思わずというふうに口笛を吹いた。


「ま、見るからに装備代の元は取れたみたいだな。コレはお前で4人で分けてくれ。」


 たとえ同じ一党だとしても同じ冒険に参加していないのならば、取り分を主張するべきではないというのが冒険者同士の暗黙の了解だ。戦ってもないものに権利を主張する意味があるのだろうか。


「じゃあ、遠慮なく、杖の新調をしたかったんです!」


「俺はを買い戻せるな。」



「あの、」

 

 それに口を挟んだのはレオンだった。


「あの、僕はなにもしてません!だから……」


「傷を負わなかったら回復役ヒーラーはいる意味がないと言えるか?。剣が通らないゴースト相手だと俺もグスタフもアンナの付与がなければ何も出来ない、逆に魔術が効かない相手だとこんどはアンナが手が出せない。薬品だってそうだ、使わなかったから買うのが無駄だったなんて言うやつがいない。」


 デューターはレオンに目線を合わせる。


「役に立ったかたたなかったかなんて結果論だ。冒険は行ったことに意味がある。お前は一緒に冒険に出た。だから報酬を得る権利がある。そして冒険者は受け取れるものは受け取るもんだ。」


「よし!それじゃあ今日も職人ギルドに行くぞ!」


「ちょっと!ジークとレオンは魔術師ギルドにいかなくちゃいけないんですよ!」


 過程はどうあれ、結果がどうあれ、俺は誰かの役に立ったのだろうか。ただ、今回の一見で思い起こした記憶は、俺がこの世界で再び狂戦士になることを防ぐための、誰かからのお告げかもしれないと思った。

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