13話:二度目の冒険


 装備を整えてもやることは変わらない。森へ入り、薬草を集める。討伐はレオンの杖が完成してからということになった。俺は宿の部屋から出る前にすでにフードを被っていた。どこからつけられているかわからないからだ。向こうは一度失敗したから諦めただろうなんで楽観的な考えは持つべきではないと思う。


  しかし、せっかく装備を整えたのもまた事実なので、森のより深い場所まで赴くことにした。先導はパーティ唯一の近接職であるグスタフ、ではなく森の歩き方に多少詳しい俺だった。と、言っても慣れない森でできることは大きな獣道を回避したり目印をつけて迷わないようにするだけだ。


「どうだ、動物意外の痕跡はあるか?」


「今のところ見当たらない。別のところから迂回してるかもしれないけど。」


 人間という生き物は、二足歩行するため、意外にも大きい生き物だ。なので高いところに何かしらの痕跡が残っていることもあるし、何より靴を履いているので足跡も特徴的だ。今のところそういった痕跡は見つけていない。


「なら、とりあえずは安心だな。」


 俺たちはさらに森を進む、より深く潜れば魔力が濃くなり、より良質な薬草が手に入りやすくなる。今回目標はそういった効果も報酬も高い薬草だ。


「この周辺なら良さそうだ。ジークはどう思う?」


「伏せろ!」


 レオンがそう言って周囲を見渡したとき、何かに気づいたグスタフが声を上げた。実を投げ出すように姿勢を低くした瞬間、レオンの頭上を空を切るように矢が通り抜けた。


「つけられてたってわけか!マリー!」


「はい!、光の精よ、悪しき者共から我々をお守りください。【結界プリズム】」


 マリーの持つ杖から光がほとばしり、俺達の周囲を光の壁が覆った。再び飛んできた矢はその結界に弾かれて地面に落ちた。その鏃にはやはり前回のと同様毒が塗られているようで、このまえと同一の輩だと断定した。俺はとっさに弓を構えると、矢が飛んできた方向へ向けて弓を引き絞ると、グスタフから声がかかる。


「【結界プリズム】は内側から外側に向けて攻撃できる。そのまま射て!」


 俺は一つ頷くと、矢の飛んできた方向の茂みへ向けて矢を放った。矢は正確に茂みに吸い込まれ、遠くから痛みを堪えるような声が聞こえてきた。おそらく命中したのだろう、そのまま二射、三射と打ち込んでいく。


「ジークはそのまま、レオンも援護しろ。俺が前に出る。」


 グスタフは盾を構えると【結界プリズム】の中から飛び出した。コレ幸いとばかりにグスタフに集中する矢は構えた盾に阻まれる。俺たちは矢が放たれた場所にスリングでの投石や矢を射掛けて反撃する。


「ジーク!周囲の警戒を、もしかしたら回り込んできてるかも!」


 レオンはこちらが矢に気を取られている間に回り込まれて挟撃に合うことを危惧していた。前衛はグスタフ一人、その一人が前に出ようとした今は敵にとってもチャンスだ。俺は【結界プリズム】の中で可能な限り高い木に登ると周囲を見渡す。遠くで茂みが動くのを確認した俺は容赦なく矢を射ち込んだ。動きが止まり、緑のローブを纏った男が茂みから飛び出て腕に突き刺さった矢に悶えている。獣を麻痺させるための麻痺毒が塗ってあるため、しばらく動けないだろう。レオンの忠告がなければおそらく挟み撃ちされていただろう。


「一人やった!」


「警戒を怠るな!一人とは限らん!」


 俺はまた周囲を見渡すが、不自然に浮かぶ緑色の影を見つけた。昨日エレオノーラから聞いた魔力視ヴィジョンのことを思い出した。魔力で何者かが姿を消している。そう判断した俺はそこにも矢を射ち込んだ。【矢避け《ディフレクト・ミサイル》】も展開しているかとも思ったが、矢はそのまま突き刺さり、敵の魔術は解けた。


「二人、周りはもう大丈夫だと思う!」


「こっちも終わりだ!」


 グスタフの方を見ると大きな盾で殴られたのか気を失っている男たちが倒れていた。俺たちは周囲を見渡し、動くものがないことを確認すると一人ずつ丁寧に縛り上げていった。


「緊急事態だ、衛兵とギルドに報告だな。マリー、俺とレオンで個々を見張っている。ジークと応援を呼んできてくれ。」


「わかりました。いきましょうか。」


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 しばらくして、俺たちは衛兵と共にグスタフ達の場所へ戻ってきた。グスタフは目覚めた人攫いの連中の一人に尋問をしていたようで、顔が腫れ上がった人さらいの男の胸ぐらをつかんだ状態だった。


「こいつらだ。俺たちを襲撃してきたから返り討ちにしてやったんだ。」


「あぁ、この子らから話は聞いている。災難だったな。」


「多くは話さなかったが、人攫いで間違いないだろう。うちの一党のメンバーを狙いやがった。」


 そう言って俺たちは衛兵に人攫いの集団を差し出した。そのまま薬草採取を続けるわけにも行かず、一度顛末の報告にギルドへと向かうことになった。しかし一段落したものの、顔色が優れないレオンが気になった。


「どうかしたか?」


「いや、ちょっと怖かったからさ。」


 身柄を狙われるのはそれは恐ろしいことだろう。もし捕まればこのさきどんな境遇に晒されるのかなんてわかったことじゃない。もしかしたら二度と太陽を見ることすらできなくなるかもしれないのだ。でも、


「もう大丈夫、人攫いは捕まったんだ。」


 俺はそう言ってフォローしようとするが、レオンは立ち止まって俺の方を掴んだ。


「どうしたんだよジーク!」


 俺は何を言ってるのかわからなかった。人攫いも捕まったことだしこちらに被害はなかったのに。


「ジークはなんでそんなかんたんに人が射てるんだよ!ジークはできる限りみんなを助けたいって前に言ってたじゃないか!」


 何を言っているのかわからない。人攫いは悪人だ。悪人なんだから矢を向けて何がおかしいんだろう。


「落ち着けレオン。悪人をやっつけたんだからさ。」


「それでも人だよ!?ジークはもっと優しい人だと思ってたのに……。」


 それでも人だ、と言われて俺はやっと思い至った。俺は人に向けて矢を放った。なんの躊躇いもなく人に向けて。俺は生きるために森の生き物たちを狩ってきた。今回もそういう気持ちが強かった。だがレオンの言うことをはっきり理解出来てしまうほど賢く、言われなければ気づけないほど愚かだった。そして俺は今更になって胃の中のものがこみ上げてきて、それを森にぶちまけた。

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