11話:魔力視と呪い、そして祝福


 俺たちはむせ返るような魔術師ギルドの上階の応接室へと招かれていた。あの惨状とは裏腹に、応接室は淡い香炉の匂いで満たされた空間だった。魔術師ギルドの代表ギルドマスターは俺たちに着席を促すと、自らも対面の椅子に座った。


「いきなりごめんなさいネ。ワタシはエレオノーラ。魔術師ギルドの代表ネ。」


「それで、おえらいさんが何のようだ?」


 襲撃があってから日を跨ぐこともなく、俺の髪をよこせと言ってきたエレオノーラに対し、グスタフはあからさまに警戒している様子だった。しかし当の本人はそんなことを意に介さずにそれに答える。


「そうネ、アナタたちに興味があるのネ、特にその子と、その子。」


 そう言って彼女が指差したのは俺とレオンだった。俺に関してはさきほど一悶着あったので特に驚くこともない。しかし、レオンは特にそういった様子もない、髪の色もよく見る茶色がかったもので、特徴的なことではないように見える。


「下手に手を出すなら黙っちゃいないが。」


「攫ったりするつもりならもうアナタに【睡眠スリープ】なりなんなり使ってるワ。ワタシもアナタみたいな男の人を抑えられるなんて思っていないもの。ネ?それに、」


 エレオノーラは胸元の冒険者ギルドと魔術師ギルドの認識票をつまんで見せつけるように揺らす。


「信用はコレが保証してくれる。そうネ?」


 エレオノーラの認識票には4つの星が刻まれている。認識票の星の数は、信頼の証と同義であるらしい。グスタフは気に食わない様子で顔をそらした。マリーはエレオノーラがそういう人間だと知っているようでグスタフを宥め始めた。


「まぁ、今は信用しておく。俺は先に金の工面をしておくから、後は頼んだぞ。」


 いつまでも重たい武器を持ち歩いてるわけには行かないと、先に応接室から出ていってしまった。それ以上にグスタフは魔術師ギルドの持つ独特の空気を嫌っているようにも見えた。マリーは残っているが、大きくため息を吐いている。


 部屋の空気が少し重くなるが、エレオーノラは仕切り直すように口を開く。


「アナタ、じゃだめよネ。自己紹介してもらえるかしら?」


「俺はジーク。昨日から冒険者になりました。」


「レオンです。同じく昨日から冒険者になりました……。」


「ジークちゃんに、レオンちゃん、ネ。まずはジークちゃんからお話しましょうか。」


 エレオノーラは再び俺の目を覗き込むように顔を近づける。すると彼女の瞳が藍色からエメラルド色のような緑へと変化した。俺は驚いてのけぞるように後ろへ下がろうとしたが、椅子の背もたれがそれを阻む。レオンは何が起こったか理解できて内容で首を傾げている。


「ジーク、どうした?」


「だって、目が!」


「目?」


 レオンは目の色の変化に気がついていないようだった。明らかに色が変化しているのに気がついていないのだろうか。


「やっぱり、『見えてる』のネ。」


「見えてる?」


 俺は再びレオンの方を伺うが、やはりよくわかっていないようで首を振ってみせた。その様子を見てかエレオノーラは妖艶に笑っている。


魔力視ヴィジョン、という力ネ。闇人族でよく見る力。でもネ、たま~…………に、闇人族じゃなくても見える人、いるの。魔術を使うときに光ったりするの、見たことあるでしょ?普通は見えないのネ。」


 俺は父さんの放った緑の光を纏った矢やオレンジ色の光をまとって魔物の突進を受け止めたグスタフを思い出した。


「でも、ずっと見えてると気持ち悪くなっちゃうときもあるのネ。魔術師ギルドココなんてひどかった、でしょ?だから訓練しないとネ。いつでも見れるけど、調節できていないノ。レオンちゃんにかけられてる【呪いカース】、見えてないでしょ?」


 呪い、という言葉を聞いて俺はレオンを見た。どんなに目を凝らしても、レオンには魔術を使っているときのような光は見えてこない。


「【呪いカース】って、お前、大丈夫なのか?」


「あ、うん。黙っててごめん……。でも痛いとか、死ぬとかそういうのじゃないから、普通に生活するぶんには問題ないんだ。」


 レオンは俺に心配かけたくないんだろうと考えているのは十分にわかっている。それでも俺を頼ってほしかった。しかし、それは俺の傲慢であるのはよく自覚していた。俺が【呪いカース】のことを聞いていたところで何もできることがなく、ただ気遣ってやることしか出来ないことも、よく自覚していた。それでも、俺はこの衝動を抑えきることが出来ない、俺は言葉を紡ぐことをやめるすべを持たなかった。


「それでも、俺にできることがあるなら言ってくれ。」


「わかった。何か会ったときには頼りにするよ。」


 レオンは予想していたように苦笑していた。 


「アラ、かっこいいじゃない。レオンちゃん、いい人が近くにいてくれるのは幸せなことヨ。それじゃレオンちゃんのほうのお話しましょうか。【呪いカース】のこともそうだけど、アナタ、【祝福ブレス】も受けているのネ。魔術師として嫉妬しちゃうワ。」


「【祝福】!?」


 マリーはなにか知っているようで非常に驚いた様子だった。レオンもなにか知っているようで。少しうつむいてから、少しづつ語りだした。


「父さんが聞かせてくれたんだけど、小さい頃、生まれてすぐに僕に【祝福】は授けられていることがわかったんだそうです。でも、あまりに強力な【祝福】で、器の僕の体は持たないかもしれないって。それで父さんは魔術師に頼んでそれを押さえつけるために【呪い】をかけてもらったんだって。」


 俺は言葉を失った。誰よりも近くにいた親友に、それだけのことを打ち明けられていなかった自分の弱さを突きつけられていたようだった。父さんが冒険者だと言うことを隠していたのも。俺が弱かったからだ。でも、今はこれからのことを考える。これから強くなって、レオンだけでも俺の手で守れるようにしたいと思った。


「エレオノーラさん。俺、強くなりたい!」


「急にどうしたノ?」


「俺は何も出来ないから、レオンに何かあっても、俺はまた指を加えてみているだけになる。だから、俺を強くしてください!」


「あら、いいわヨ、でも今日は無理ネ。また明日、お昼から開けておくわネ。」


 エレオノーラは二つ返事で快諾してくれた。明日午前中依頼を済ませたら、レオンと一緒に魔術師ギルドへ赴くとしよう。俺とレオンは顔を見合わせて笑った。すると、後ろで控えていたマリーが咳払いをひとつした。


「あの。二人共盛り上がってるとこ悪いんだけど。何しに来たか覚えてる?」


 その後俺たちはエレオノーラの紹介で魔石を用意してもらうことになった。

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