1章:番外編

番外:農奴ダミアン


 俺がこの村に来てもう15年が経つ。今の所待遇に不満はない。毎日飯が食えるし、寝床は冷えないし、屋根のあるところで寝れる。服だってもらえる。仕事は大変だが、休んでも罵られることもどつかれることもない。俺のことを農奴だからといって変に差別することもない、長閑な、長閑な村だ。


 俺はガキのころに盗みで捕まった。病気で親を失い孤児になった俺は、生きるために盗みやスリで食い扶持を稼いでた。だが所詮ガキの浅知恵、同じ店でパンを盗もうとしたところを顔を覚えられてた店主に捕まった。首をはねられるような悪さではないが、手首を切り落とされたり牢屋に閉じ込められるような罪だ。それよりは、農奴になってちょっとだけ不自由にくらすのが一番マシだった。俺は生まれて初めてみた羊皮紙に血判を押して20年間奴隷として働く契約をした。


 そんな甘っちょろいガキだった俺はひどい目に会った。前の主は本当にクソ野郎で俺のことを朝から晩まで休みなしでこき使った。飯もろくに食えねぇし寝床もなかった。「盗人のガキなんざそれで十分だ。」ってな。だが、そんなクソ野郎は頭の中までクソが詰まってたらしく。それから半年もたたずに捕まった。領主様の前でいつもどおり俺をこき使ってたのがいけなかった。


 俺はその時まで知らなかったが、主は奴隷の面倒を見る義務があるらしい。奴隷は罪に対する罰だ。そのため契約の期間の途中で死ぬような待遇にはしてはいけないという理屈らしい。俺の罰は自由を奪われてくらすことだが、死ぬことではないということらしい。


 それで次にこの村に送られた。村長は堅物だが、だからこそ俺が死ぬようなことはしなかった。村長が俺にした命令は農地の開拓だった。草を刈り、土を耕し、柵を立てる。仕事はきついが殴る蹴るよりはずっとマシだ。俺に農作業の知識なんてなかったが、村の住人は親切に教えてくれた。


 畑ができて、作物が取れるようになったころ、狩人のアーデムのところにガキが生まれた。アーデム譲りの赤い髪のガキで、歩いたり走ったりできるようになると誰かの役に立ちたいとか言って大人の足元をチョロチョロ動き回ってた。まだちいさいくせによく働くもんだと思った。俺がガキの頃は遊びたい盛りで重たいものを運ぶとか何かを探して持ってくるよりも森を探検したいとかいうそんな年頃だったのに。


 そのガキが5歳になった頃、俺の周りをうろちょろするようになった。誰かが俺のことを教えたようで、そのことについてよく聞いてきた。


「ダミアンさんはどれいってきいた。?そんちょうにいやなことされてないですか?」


 あいつが俺に初めてかけた言葉はそんな言葉だった。奴隷というものをような口ぶりだった。確かに前の主はクソ野郎だったが、村長は普通に奴隷を使っている。基本的に俺が仕事内容を断れないというだけだ。


「坊主、そんなことはない。俺はちゃんと飯も食えてるし、服も寝床ももらってる。何もひどいことじゃないさ。」


「でも、いわれたことはぜったいやらないといけないんでしょ。そんなのひどいよ。」


 俺はなんと答えようか迷った。こんな小さな子供に俺でもよくわからない法律とか待遇のことなんかをうまく説明できるような学はない。せいぜい「悪いことをしたからこうなってる」くらいのものだ。だが俺はこのガキになにか普通とは違うところを感じて、話せる限りを話すことにした。


「いいか、俺は食べ物を盗んだから、奴隷になったんだ。」


「それだけで?」


「それだけ、じゃない。食べ物を盗むのはとんでもない悪さだ。」


 それでもこのガキは納得した様子はない。猟師が3人もいて、畑も多いこの裕福な村じゃ食いっぱぐれることは殆どない。だから食べ物が盗まれるという重罪がわからないのかもしれない。


「坊主、お前はこの村を出たことはあるか?」


 黙って首を横に振った。


「この村は豊かだからな、飯を食えないってことは殆どない。でも他の村や町全部がそうってわけじゃあない。俺みたいなやつが飯を盗んだせいで、他の誰かが食べれなくて死ぬってこともある。だから飯を盗むのはとても悪いことなんだ。」


 ガキは心底驚いたような顔をしていた。まさか食いあぶれるなんてことは想像だにしていないどころか、常識が打ち砕かれたような顔だった。それも束の間で子供ながらに引き締めたような顔に戻った。


「じゃあ、おれがダミアンさんのたすけになる。」


 ガキには悪いが、思わず笑ってしまった。たかだか5歳のガキに何ができる。ムスッとした様子のガキだったが、流石に笑ったのは悪かったか。


「悪いな坊主、だったらアーデムさんの手伝いをしっかりすることだな。大物がかかると俺も肉を食える。だから、頑張って俺に肉を食わせてくれよな。」


「わかった。やくそくする!」


 そう言ってそのガキは走り去っていった。まぁあのガキの中でなにかが変わったんなら、それでいいと思った。


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 それからさらに5年がたったある日のこと、いつもどおり畑を耕している俺のところにあの坊主が訪ねてきた。どうしたか聞こうとしたら、あわてて静かにしてほしそうに人差し指を唇の前に当てた。俺は黙って目線を合わせると、坊主は俺に小さな干し肉を差し出してきた。


「本当はダメなんだろうけど、約束したから。これ、俺が仕留めたんだ。じゃあ。村長に見つからないうちに帰るよ。」


 俺は5年前のことを思い出した。俺でも忘れてたような約束を覚えてた上にしっかりと守ってみせた。思い返せば俺は人から施しというものを受け取ったことがなかった。村長にも恩があるがあくまでそれは契約に過ぎなかった。受け取った干し肉は、あの坊主、いや、ジークの無償の施しだった。


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 俺はその時、奴隷という身分から、人間に戻ったんだと思う。阿鼻叫喚に染まりつつある村で、俺は逃げることも考えていた。村長が死んだ今。もはや俺を縛る契約はない。しかし、ジークが作業していた倉庫に向かう魔物に、反射的に石を投げつけた。こちらを睨む魔物に俺は農具を武器代わりに構える。


「こっちに来い!化け物が!」


 ジーク、お前には恩がある。今までの人生で、両親以外で、お前だけが俺を人間として見てくれた。孤児でもなく、盗人でもなく、罪人でもなく、奴隷でもなく、一人の人間として、ダミアンを扱った。なんとなくだが、お前は今ここで死んじゃいけない気がする。俺はあの子供に救われたんだ。だから次は俺の番だ。


 どうか、生き残ってくれ。


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