8話:再起
俺は再び家族を失った。洞窟の奥で冷たくなっている父さんを見つけてしまった。俺は必死で父さんでない証拠を探そうとするが、夕焼けのような赤橙色の髪の人間を父さん以外に知らなかったし、赤い宝石の嵌った銀色の弓もあのとき見たもの以外に知らなかった。
隣に倒れているヨハンをグスタフが診ていたが、黙って首を振る。ヨハンも受けた傷が大きく最後に剣を突き刺して怯んだ隙きに逃げたのだろうが、それでも助からなかったようだ。
俺は周囲の空気の悪さも合わさって膝から崩れ落ちる。父さんの狩猟用マントの裾を握りしめ、溢れ出そうとする涙と戦っていた。その時、父さんの指先になにか書かれているのがわかった。
「『ジーク、すまない。』」
それを代弁したのはデューターだった。それを聞いた俺の中で何かが決壊したようだった。俺は父さんのことを何も知らなかった、冒険者だったことも、文字がかけることも。きっと俺は父さんからもっと教わるべきことがあったのではないか、しかしもうそれはかなわない。俺は年甲斐もなく、あるいは年相応に父さんの亡骸にしがみついて、気を失うまで泣いた。
その時、俺自身が行ったであろう「なにか」について知ることになるのは。もっと後のことだ。
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次に目覚めたのは馬車の上だった。車輪がなにかに躓いた拍子に大きく揺れて起こされたようだった。俺はその真中に寝かされていたようで、左右の椅子から覗き込まれるように見られていたため、少し肝をつぶした。馬車の中にいたのは冒険者の一党とレオンだった。
「よかった、目が覚めた……。」
レオンは安心した様子で大きく息を吐くと目覚めたばかりの俺に大きな包みを差し出してきた。ずっしりと思い包みを開くと、そこには赤い宝石が埋め込まれた銀色の弓、父さんの弓があった。
「それはお前のものだ。アーデムさんが、お前に残したものだ。」
デューターは目を伏せながら言葉を紡ぐ。
「
デューターは一人独白するかのように言葉を続ける。
「アーデムさんはまだ俺が駆け出しだった頃に面倒を見てくれた冒険者だった。考えなしに村を飛び出して冒険者になったような無謀な俺を
一瞬どこか遠くを見るような顔で空を仰ぐと、今度は俺にまっすぐ向き直る。
「だから今度はその恩をお前に返そうと思う。せめてお前が成人するまでは俺が面倒を見る。」
俺は手元の弓を見る。今の俺にはまだ重く、大きい弓。俺は父さんみたいになりたい。誰かを守るために命を張れるような。たぶん、そういうのが英雄なんじゃないかと思う。しかし、今はまだ何もかもが足りない。それに、世話になるだけというのは性に合わない。俺だって強くなってデューターの手助けになりたい。
「だったら、俺、強くなりらい!父さんみたいな冒険者になりたい!」
「よし!いいだろう。」
誰よりも早く応えたのはグスタフだった。少し遅れてデューターもそれに同意した。
「ちょっと!この子を冒険者にするつもり!?まだ子供なのよ!?」
女魔術師アンナはそれに反対するようだった。まだろくに実戦経験もない子供を一党に入れれば足手まといということだろうか。俺だってあれに比べれば小さいが魔物だって倒した、少しはやれるとでも言い返そうとしたとき女司祭のマリーがやんわり静止した。
「アンナは優しいから、この子が心配なのね。せっかく助けた子が怪我をするのは見てられないのよね。」
アンナは図星だったようで真っ赤にした顔をそらした。デューターは思わず笑みをこぼした。それにつられて馬車を笑顔が包んだ。
「なによ!」
アンナが更に顔を赤らめなにか言い返そうとしているようだがそれを遮るようにおずおずと手が上がった。レオンだ。
「俺も、俺も冒険者になりたい!」
「よし!いいだろう!」
「あんたねぇ!」
やはり即答するグスタフ、そしてそれを咎めるアンナ、嗜めるマリー、そして彼らをまとめるデューター。和気あいあいとした良い一党パーティだ。俺たちは今できることを確認しながら。街へ向かう馬車に揺られていた。
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「おぉ、すげぇ……。」
高い丘を越えると街が見えてきた。当たり前だが俺が今まで育った村よりも、ずっと大きい。運河だろうか、船が行き交えるような広い川に面した街で、中央には空へ伸びる尖塔が特徴的な建物があり、そこから放射状に道が伸びているようだった。周囲は城壁で囲われており、所々に城門が設けられていた。
「あれがリュートの流通の要衝、交易の街、
城門に差し掛かると一旦馬車が止められる。冒険者の4人は首から下げた認識票を検問の兵士に見せることですぐに身元を証明できるが、戸籍表を村長の家ごと失った俺たちはそうも行かないだろう。そう思っていたが、グスタフと検問の兵士はどうやら顔見知りのようだ。
「どうしたグスタフ。討伐依頼の帰りか?」
「あぁ、しかしうまく行かなくてな……」
「そうか、詳しくは聞かないさ、通れ。」
もうすこし押し問答にでもなるかと思っていたのだが、それよりも数段あっけなく城門を通過することが出来た。俺たちを見る兵士の顔はどことなく悲しそうなものを見る目をしていた。門をくぐってすぐのところにある馬宿に馬車を返すと、ここからは徒歩で移動になった。
「まだ日は高いし、早速冒険者ギルドに向かおうと思う。俺たちが教導役を努めれば登録だけで済むから時間もかからない。」
大通りを道なりに歩きながら辺りを見渡す。人通りはそこそこ多く、なにかに気を取られるとすぐに置いていかれそうだ。通り沿いには露店が並び、3つの国の国境に近いからか、様々な人種の人間が行き交っているように見えた。村でも見慣れた俺たちにとって普通の人種、背が高く尖った耳の人種、逆に背が低いがどっしりした体格の人種、他にも様々な外見の人々が行き交っている。そんな中でも俺は目立つ存在だった。
「色んな人がいるのに、赤い髪の人はいないな。」
レオンの言う通り、俺のような赤い髪をした人は見当たらない。なんだか周囲の人たちから値踏みされているようで背筋がゾッとした俺は無意識にグスタフの背に隠れるように動いた。
「赤い髪はもっと北の方の国に多い特徴だ。この辺りじゃあかなり珍しい。」
答えたのはグスタフだった。
「北の方の国にある火を吹く山の街じゃ、火の精霊と密接な関係にあるから、髪が赤くなるんだそうだ。」
そういった雑談をしながら歩いていると、交差した剣と杖の看板が下がった建物が見えてきた。鎧を身にまとったり武器を担いでいたり、普通の住民とは一味違った雰囲気の人間が出入りしているそこが冒険者ギルドなのだろう。俺たちはその建物に入ると、一通り仕事が終わったのか暇そうな受付に向かって歩いていく。
「こいつらを冒険者登録したい。教導は俺たちがやる。」
「かしこまりました。文字は書けますか?」
「私が代筆しますね。」
そう言って俺たちは二枚の羊皮紙を受け取る。俺はマリーさんの質問に答える形で、レオンは読み書きができるので自分で記入していた。必要な内容は名前、性別、人種、使える
俺は狩猟で培った弓術、偵察等の技術があるため
記入を終えた羊皮紙を受付に返すと認識票が完成するまでに時間がかかるということで、先に昼食を取ることにした。冒険者ギルドに併設された食事場だ。ほとんどの冒険者はこの時間は依頼を受けて出払っているため意外と空いている。
「飯を6人ぶん。いくらだ?」
「パンとスープなら銅貨4枚でチーズもつくよ。ホッグの肉もつけるなら銅貨6枚。」
「高いな。肉付きで5枚に出来ないか?」
「あたしが破産しちまうよ!その分スープに具はたっぷりだから、払えないなら肉はなしにしときな。」
「わかった。それでいい。肉付きで頼むよ。」
「まいど。すぐ持っていくから待ってな。」
デューターが厨房を受け持っているらしいふくよかで大柄なおばさんと話している間に大テーブルと長椅子を確保する。この世界に来て初めての大きな建物なので好奇心もあって周囲を見て回ろうとしたところ、ある程度作り置きされているのか食事はすぐに出てきた。
冒険者ギルドの食事
・根菜と豆のスープ
大きめに切った根菜や芋、豆がたっぷりと入ったスープ。よく煮込まれているのか木の匙で具材が切れるほど柔らかい。地球で言うブイヨンのような出汁を使っているのか風味豊かなポトフのような味わい。
・パン
リュート麦を使った一般的なパン。固いのでスープでふやかして食べる。ジークの故郷のようにこれでスープを掬って食べるのも良い。
・ホッグ肉の香草焼き
香辛料を揉み込んだ肉を香草と一緒に表面を焼いたシンプルな料理。一切れ一切れが大きめに切られており食いでがある。
街の食事ということで、少々期待していたところがあったが、出てきたのは馴染み深いものだった。しかし、今まで食べてきた食事よりも全体的に量が多い。普段から体を動かすような冒険者ならこれくらいが普通なのだろうか。洞窟で倒れてからほぼまる1日何も食べていなかった俺は急に空腹感を覚え、思い出したかのように腹がなる。
「よし、飯にしよう。今後の話もしないとな。」
俺たちは食事をしながら、武器のことや装備のことについての相談を始めた。村の跡からかき集めてきた財産は決して多くはない。俺の弓は自分で作れるが、レオンの装備は1から揃えなければならなかった。稼ぐためには装備がいるが、装備を整えるには稼がなきゃいけない。だから最初は装備が整ってなくても遂行できる採集依頼から始めていくことにした。幸い俺もレオンも森での採集活動にはなれており、薬草、香辛料、木の実などがどういった場所で採れるかは把握していた。
基本的に俺とレオンの経験を積むためにできるだけ自分たちでやってみて出来ないことやわからないことがあったら教導役として同行するデューターの一党に頼るという形式になるらしい。
他にも細かいことを話しつつ食事を終えると、受付から真鍮色の金属で出来た認識票を受け取った。自分の名前と星が一つだけ刻印されたシンプルなものだった。端に空いた穴に紐を通すと、それを首からかける。
その瞬間から俺たちは冒険者となった。
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