7話:喪失
「こんなの嘘だろ……なんでなんだよ……。」
俺は家があった場所に立っていた。潰れた瓦礫の下から、赤いものが流れ出るのが見えた。俺は瓦礫の山をどかそうとするが、全く動きそうになかった。父さんは帰ってこず、母さんは瓦礫の下、死に目に合うことすらもできなかった。両親だけでなく、愛用していた弓を始めとした思い出の品も失ってしまった。足に力が入らず、思わずへたり込む。あのときレオンを振り切って飛び出していれば、と思い返すが、死体が一つ増える以上の結末が見えてこなかった。俺はそこまで馬鹿になりきれない自分を恨んだ。
「ジーク……、辛いかもしれないが、私の責務を、果たさせてくれ。」
声をかけてきたのは壊れた柵の一部を杖にした司祭様だった。【
「闇の精よ、死せる魂を導き給え……」
呪文とは異なり魔術特有の光が現れないそれは純粋な祈りに見えた。この世界には数多の便利な魔術がある。便利な魔術があるからと言って、何でもできるわけではない。なんでもできるなら、今頃俺は村を救っているし、母さんも生き返っている。司祭様は祈りを終え一度立ち上がると、俺に向き直る。
「生き残った者は、死者に何もしてやれん。だからせめて死後の魂が安らかに眠れるように祈りを捧げる。そして生き残ったもののためにできることをせにゃならん。ジーク、森で食料を獲ってこれるかね。」
俺は、この村で唯一生き残った猟師だ。もう村としての機能は失っているが、まだそこに人がいることは変わりはない。俺ができることで、やるべきことだった。そして、やりたいことも行うために俺は冒険者一党のもとへ走った。
冒険者の一党は今日はここで夜を過ごすようで、その準備をしていた。それを見た槍術士の青年はバツが悪そうな顔をしている。無理もないだろう、救いに来たはずの村はほぼ壊滅状態、生き残った子供に言われる言葉など、非難くらいのものだと相場は決まっている。しかし、俺はそこまで子供にもなりきれなかった。
「手伝ってほしいことがあります。」
俺がそう言うと槍術士はキョトンとした表情をしていた。覚悟を決めていたために、あてが外れたというか猫騙しを食らったようだった。即座に表情を引き締めた槍術士は俺に目線を合わせる。
「俺たちにできることなら言ってくれ。」
「父さんの弓を探すのを手伝ってほしい。父さんは俺を逃がすためにあの魔物と戦ったんだ。だから森のどこかに弓があると思うんです。」
「よし、俺も行こう。坊主、あの魔物に立ち向かった勇者の話を聞かせてくれないか。」
それを聞いていたらしい戦士の男が同行を申し出る。あの魔物を真正面から受け止めた男がいるのは頼もしい。他の二人は魔術を使用して魔力を消費しているため休憩が必要なようで、結局3人で森に入ることになった。
森の中もひどい有様だった。まっすぐ村の方へ突っ込んできたのか、ほぼ直線上に木がなぎ倒されている。俺たちは魔物の作った「獣道」に沿って歩くことにした。その途中、金属が光を跳ね返すような光沢を見つけて近寄ってみると、魔物の血液が付着したヨハンの剣だった。魔物に突き刺さったままだったのが、途中で抜け落ちたのだろう。グスタフと名乗った戦士の男はその剣を鑑定するかのように眺めると、ほぅ、とため息をつく。
「軽いな、良い剣だ。軽戦士が使っていたものか?」
「はい、父さんと一緒に戦っていたヨハンさんの剣だと思います。」
「あの大きさの魔物相手に刃こぼれも歪みもないとは、惜しい人を亡くした……」
「グスタフ、それは本人が見つかるまで決めることじゃない。」
「そうだな、済まない。」
槍術士、ディーターがそれを咎める。彼は父さんたちが帰ってこないからと言って死んだと決まったわけではないと考えているようだった。死体、と言わずに本人というあたり、おそらく俺への配慮も含まれているのだろう。グスタフは嫌味の一つもこぼさずに素直に謝罪する。剣はとりあえずグスタフが運ぶことになった。更に森を進むと見覚えのある開けた場所に出た。魔物が潜んでいた洞穴があったところだ。俺は周囲を見回して叫んだ。
「父さん!ヨハンさん!」
返事はない。あのとき倒したウォートホッグの死体がまだ残っており、踏み潰されたような跡のついた盾だったものが転がっていたり草が燃えたような痕跡はあるが、二人の死体は残ってなかった。グスタフが周囲を確認する中、ディーターは倒れたウォートホッグの針山のようになっている死体を見聞しはじめる。それを転倒させた足に深く突き刺さった矢を興味深く確認しているようだった。
「あの魔物に刺さっていたのも、君のお父さんの矢なのか?」
「うん、父さんとヨハンさんの二人が残って足止めしてた。」
「たった二人であの大きさの魔物を相手取ったのか。まさに勇者だな。」
グスタフは手元のヨハンの剣を感慨深そうに眺めている。俺の中でも父さんとヨハンは巨大な驚異に立ち向かった勇者だと思った。最後に見た父さんの背中を思い出すと、自然と涙が浮かんできた。息子のために最後まで立ち向かえる父親は、かつての世界で私利私欲で身を滅ぼしたあの男よりもよっぽど追いかけたくなる背中をしていたと思った。
「俺も、父さんみたいな勇者になりたいな。」
「ジーク……」
「なれる。」
そう断言したのはグスタフだった。太い腕で俺の肩を強く叩く。なにを想像したのかはわからないが、なぜか俺以上に感極まった今にも泣き出しそうな表情をしていた。デューターは明らかに迷惑そうな顔をしている。
「悪い、グスタフはこういうやつなんだ。」
情に篤いが思い込みも激しいといったところだろうか。そんなことをしている場合でもないため、デューターがグスタフをとりなしている間、周囲を確認する。父さんならどこから狙うか、父さんならどこへ隠れるか、父さんならどう立ち回るかを必死に考え、茂みの影や木々の間などを探すが見つからない。そもそも開けた場所なので隠れる場所もそう多くはない。結局残ったのはウォートホッグがねぐらにしていた洞穴だけだった。
「危ないから俺が先行しよう。」
ちょっと泣いていたのか目が赤い
「無理させてでもマリーを連れてくるべきだったか?」
「だめだ、入った瞬間倒れる……ん?」
それでもまだ余裕があるようで軽口を交わしている二人と奥へ進んでいると、松明の明かりに何かが反射したのを見つけたようでグスタフは松明をまっすぐ向けて洞穴の奥を指し示す。その方向に目を凝らすと松明でうっすら浮かび上がる二人の人間のような輪郭が見えた。うち片方は、光を反射した金属の何かを担いでいるようだった。俺は不用心にグスタフの背後から飛び出すと、壁により掛かる人影に近寄る。全く動く気配のないそれは、俺と同じ赤橙色の髪の男だった。あのとき最期に見せてくれた、輝く金属の、赤い宝石の埋まった弓を抱えるその男は間違いなく父さんだった。
「アー……デム………さん?」
俺より先に口を開いたのはデューターだった。振り返ると彼の表情は驚愕と悲壮に満ちていた。デューターはどうやら父さんのことを知っているらしい。しかし今はどうでもいい、父さんを起こすために体を揺すろうとして父さんの肩を掴んだ。
「父さん!父さん!」
必死に揺するが、父さんは目覚めようともしなかった。きっと疲れているのだ、きっと俺の揺すり方が悪いのだ自分にそう言い聞かせる。
「ジーク!」
俺はデューターに抱きしめられるようにそれを止められる。俺は無意識に考えないようにしていた。掴んだ肩が冷たかったことを、父さんの左足がほとんど無いことを、父さんがすでに息絶えていることを。。
俺はその日、再び家族を失った。できることとやるべきことを教えてくれた母と、やりたいことを示してくれた父を。
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